職場で私物のスマホを充電してもいいのだろうか。社会保険労務士の桐生由紀さんは「無断で他人の電気を使う行為は窃盗罪になる。特に禁止されているのに充電をやめない場合は、懲戒処分は避けられない」という――。
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■「外出先でのスマホ充電」の法的解釈

外出先でスマホやパソコンを利用する姿は当たり前になってきています。

最近では、充電できるカフェなども街中に増えてきました。

同じように会社でも会社のコンセントを使って私用のスマホを充電している人も多いのではないでしょうか。

会社でのスマホ充電は「会社の電気を勝手に使うのは電気泥棒だ」という反対派の意見もありますが「スマホの充電くらい許容してほしい」「電気代は少額だし問題ない」という肯定派の意見も多く、会社での充電に関しての「当たり前」は人それぞれです。

ただ、電気窃盗は近年問題視され身近な問題になっています。

カフェ、レストラン、トイレ、いたるところにコンセントはありますが、これらのコンセントを利用してスマホやパソコンを充電した人が逮捕されたケースもあります。

これは会社の中においても同じことがいえるでしょう。

普段何気なく行ってしまっている会社でのスマホ充電は、法律的に問題はないのでしょうか。

今回は、雇用の専門家である社労士の立場から、会社でのスマホ充電に関わる問題やその対策ついて法的な論点から考えたいと思います。

■電気であっても「財物」であり窃盗が成立

会社で私用のスマホを充電したら、罪になるのでしょうか。

法律では、他人の財物を窃取した者は窃盗罪(刑法第235条)とされると定められています。窃盗は他人のものを盗む行為です。

そして、ここでいう「財物」とは、お金や財布、店舗の商品、自動車など財産的に価値があるものとされており、電気もその対象となります。

電気は目に見えないため、盗むという言葉が不思議に感じられるかもしれません。

しかし、刑法第245条で電気は「財物」として扱うべきと法律で定められているので、他人の電気を勝手に使用すると窃盗罪の対象になってしまうのです。

■「電気泥棒」で検挙されたケース

電気は会社の財物ですので、会社のコンセントを使って勝手にスマホを充電することは電気を盗んでいるのと同じになり窃盗罪に問われる可能性があるのです。これは、スマホに限ったことではなく、私用の電子機器を会社の電源を使って充電している場合も同様です。

とはいえ、スマホの充電に使う電気代は微々たるものですよね。大した電気代じゃないからそれくらいいいだろうと思う人も多いと思います。

ただ、電気の無断使用はたかが1円でも犯罪になってしまいます。1円の電気窃盗で実際に書類送検された事例は複数あります。

2004年2月、出張中の男性会社員がJR名古屋駅構内の公衆電話の中にあった清掃用の電源コンセントでノートパソコンを使用し、窃盗の疑いで書類送検されました。

2003年9月、男性会社員がドーナツショップの電光看板の電源コンセントを使って携帯電話を充電し、窃盗の疑いで書類送検されました。

被害額はいずれも電気代約1円でした。

また、実際に逮捕され裁判になったケースもあります。

電気料金の滞納で電気を止められた男性が、アパートの共用コンセントから電気を使ってテレビを見ていたという事件です。この時の電気代は約2円50銭でした。この男性には懲役1年(執行猶予3年)の刑が言い渡されました(大阪地判平22・4・13)。

写真=iStock.com/kuppa_rock
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このように盗んだ電気代の多寡に関係なく、電気窃盗は裁判まで進むケースもあるのです。

これは街中でのことですが、会社においても同じことがいえるでしょう。

■禁止にもかかわらず充電した場合は窃盗罪が成立

では、会社で私用のスマホを充電した従業員にペナルティーを与えることはできるのでしょうか。

前述したとおり、無断で他人の電気を使用する行為は窃盗罪にあたります。

会社が電源の私的利用を禁止していたにもかかわらず、勝手に私用スマホを充電した場合は、窃盗罪が成立することになります。

たとえば、会社の規定などで「私用の充電は禁止」と明示されていたり、普段から「私用の充電は禁止」と会社から繰り返し周知されているにもかかわらず、私用のスマホやタブレットを充電した場合です。

■会社が黙認していた場合は懲戒処分には問われない

窃盗罪が成立すると会社は従業員を懲戒処分にできるのでしょうか。

多くの場合、会社の就業規則の懲戒事由には「刑法その他刑罰法規の各規程に違反する行為を行った場合」という定めが入っています。窃盗罪はこれに該当するため、懲戒処分の対象になる可能性があります。

また、就業規則の服務規律にも「許可なく私用の電気機器を充電してはならない」と記載されている場合があります。服務規律違反は、懲戒事由の1つになっている会社が多いため、注意されたにもかかわらず、繰り返し充電行為を行えば懲戒処分の対象になり得るということになります。

ただ、会社での充電の多くは黙認されているケースが多いのではないでしょうか。

普段から黙認されているにもかかわらず、急に懲戒処分を言い渡されては納得がいかないですよね。

私用スマホを充電する行為を会社がその事実を知りながら注意もせず黙認していたような場合は、会社による黙示の同意があるといえ、窃盗罪は成立しないといえます。そのため懲戒処分もできません。

また、会社によっては私用のスマホを業務に使用している場合があります。取引先への連絡に使用している場合や会社から個人のスマホに業務上の連絡を行っている場合などです。

こういった場合は会社側も充電を黙認していると言え、充電を禁止したり充電したことを理由に懲戒処分したりすることは問題があると言えます。

■スマホの充電についてルール化すべき

懲戒処分の対象になるか否かは、会社が「私用スマホの充電禁止」を明確に禁止しているかどうかや、私用スマホを業務に利用することがあるかどうかなどによっても変わってきます。

まずは私用スマホの充電禁止を規定に盛り込むなどしてルール化しきちんと周知しましょう。その上でルールを破り、繰り返しの注意に応じない従業員がいれば懲戒処分の対象にすることができます。

懲戒処分を検討する前に、まずは会社の管理体制を見直すことが先です。

■ウイルス感染や情報流失のリスクもある

前述したとおり、会社で私用のスマホを充電する行為は、窃盗罪になり得る行為です。

たかがスマホの充電と黙認していると、私用のタブレットやゲーム機などまったく仕事とは関係ない電子機器を充電する従業員も出てくるかもしれません。

また、パソコンのUSBポートを利用して充電する行為は、電気窃盗以上にウイルス感染や情報流出などセキュリティー面での重大な損害を会社に与える可能性があります。

写真=iStock.com/Hailshadow
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何気なくスマホを充電している人は、こういったリスクを認識していない可能性もあります。

ただ、今やスマホは従業員の生活に必要不可欠なものです。安易にスマホの充電を全面的に禁止してしまうと、私用スマホを仕事で利用していた場合は取引先と連絡が取れなくなったり、緊急の連絡が受け取れなくなったり、災害時の充電切れなどの問題が発生するかもしれません。

■会社の実態に合ったルール作りを

それよりも皆が守れるルールを作って徹底する方が現実的でしょう。

・専用の充電場所を設ける
・コンセントからの充電は許可する
・充電できる電子機器を制限する
・USBポートを利用しての充電は禁止する

こういったルールを作り、私用充電を限定的に許可するのも一案です。

私用充電の業務上の必要性を改めて検討し「全面禁止」「限定的許可」など、会社の実態に合わせたルールを作りましょう。

その上で、作ったルールを従業員に周知徹底するのが大事なポイントです。

あわせて、ルールを守らない従業員には注意指導を行い、そのルールを徹底運用する責任が会社にはあります。ルールを守らない従業員への処分はそのような管理をしっかり行った上で行うようにしましょう。

■小さな公私混同が職場環境を悪くする

スマホの充電に使う電気は微々たるものです。

「これくらいはいいだろう」と安易に考えて充電する人は多いと思います。

しかし、厳密には許可なく会社の電気を私的に利用することは窃盗です。

写真=iStock.com/Supakit Kaewyoo
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これは会社の備品を私的に使うことや経費を不正に利用することと同じ罪ということになります。こういった小さな公私混同を安易に見逃してしまうといつしかそれが当たり前になり、やがて大きな公私混同につながる恐れがあります。私用スマホの充電はそんな典型例になりかねません。大切なことは小さな公私混同を放置しないことです。

たかがスマホの充電くらいで厳しすぎるという意見もあると思いますが、スマホの充電が黙認されるなら、タブレット、ゲーム機、加湿器とどんどん数を増やしていく従業員がいてもおかしくありません。小さな私的行為も社内ルールでしっかり対策することに大きな意味があるのです。

■「ルール作り」は会社も従業員も守ることにつながる

また、公私混同は会社側としても気を付けなければならないことです。

業務用のスマホを用意せず、個人のスマホを業務に利用させていたり、上司が個人のLINEに業務指示を出しているような場合です。個人のスマホを業務で利用すれば通話料などの自己負担が増えます。一方的に充電禁止と考える前に、個人スマホの業務利用の実態を会社としてきちんと把握すべきです。

そして、私用のスマホを仕事で利用させるなら、それを前提として従業員が安心して仕事に使える制度やルールを整備することも会社の責務です。会社として「見て見ぬふり」は、従業員の不満を呼び職場環境が悪化につながる一番やってはいけないことです。

ルールは会社だけでなく、そこで働く従業員も守るという視点も忘れずにルールを整備し、職場環境を改善しましょう。

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桐生 由紀(きりゅう・ゆき)
社会保険労務士
成蹊大学文学部英米文学科卒。Authense社会保険労務士法人 代表社会保険労務士。第一子出産後、7年の専業主婦期間を経てAuthense法律事務所に参画。創業間もないベンチャー企業だった法律事務所と弁護士ドットコムの管理部門の構築を牽引。その後、Authense社会保険労務士法人を設立し代表に就任。企業人事としての長年の経験と社会保険労務士としての知見両方を合わせ持つ事が強み。創業まもないベンチャー企業から上場企業まで、企業の成長フェーズに合わせた支援を行っている。プライベートでは男子3人の母。
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(社会保険労務士 桐生 由紀)