映画『カラオケ行こ!』より齋藤潤演じる岡聡実
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 和山やまの累計発行部数60万部を突破する漫画を綾野剛主演で実写映画化する『カラオケ行こ!』(公開中)で、ダブル主演に近いポジションの中学校合唱部部長・岡聡実役に抜擢された16歳の新星・齋藤潤。オーディションで選出されたという彼の起用の理由を、山下敦弘監督が語った(※一部ネタバレあり)。

 本作は、マンガ大賞2021の3位をはじめ、数々の漫画賞にランクインした同名漫画に基づき、変声期に差し掛かり悩んでいた合唱部部長の中学3年生・岡聡実が、突然ヤクザの祭林組若頭補佐・成田狂児(綾野剛)にカラオケに誘われ、彼に懇願されて歌の指導をするハメになる……というストーリー。狂児によると、組長(北村一輝)が審査員を務める恒例のカラオケ大会があり、最下位になった者は組長が趣味で嗜んでいるタトゥーを彫られてしまうため、何が何でも“モルモット”になる運命を回避したいという。初めは適当にあしらっていた聡実だったが、次第に狂児の真摯な姿勢に心を動かされていく。

 中学校生活最後の大会を前にしながら、変声期という避けられない試練に直面した聡実役に抜擢された齋藤は、2019年にデビューし、2023年にテレビドラマ「トリリオンゲーム」「猫カレ -少年を飼う-」、映画『正欲』(公開中)など出演が相次ぐ注目株。本作では山下監督や脚本の野木亜紀子らが審査員を務めたオーディションで役を勝ち取った。当時、齋藤は15歳で役柄とほぼ同年齢だったというが、何が決め手だったのか?

 「オーディションをしながら本当にいろんな子に会いました。 芝居の経験がない子からプロを含め、歌を聞いたり、芝居を観たりしていたんですけど“そう都合よく、聡実くんみたいな子はいないよね”と気づいたんです。歌がうまくて、15歳で、声が安定しない時期で、関西弁を話せる。全ての条件がそろう子はいないだろうと。潤くんに関しては声変わりはほぼ終わっていた時期だったけど15歳という年齢には合っていた。実は、最初は“絶対彼だ”っていう感じではなかったんですけど、2回、3回とオーディションを重ねるたびに変化が見えて、どんどん芝居が良くなっていったんですよね。“あれ彼、こんな子だったっけ?”と見え方が変わってきて。最終的には抜群に歌がうまい子や芝居がうまい子がいるなかで、潤くんは全体的にまだ未完成なんだけど、そのふわふわした感じが聡実に重なる気がして。最終審査は野木さんや綾野くんにも来てもらいましたが、彼しかいないという話になりました」

 そうして見事役を射止めた齋藤だが、ベテランの綾野を相手にするプレッシャーに加え、関西弁や歌のレッスンと課題は山積み。撮影に入るまでの道のりは果てしなく遠かったという。しかし、山下監督は優しい言葉をかけて安心させるのではなく、あえてプレッシャーを与えることでメインキャストを担うことの責任を自覚させ、鼓舞していった。

 「やることがたくさんあったから相当大変だったと思います。綾野くんを相手に芝居しなければいけないし、ほぼ主演だし。僕と綾野くんが潤くんを意識しながらリハーサルやったり、話をしたりするなかで、ちょっとずつプレッシャーも与えていたと思います。途中、あまりに不安そうだったので“僕がオッケーと言ったら大丈夫だよ”とも言ったけど、直接でないにしても“これは君の映画だよ”ということは伝えていったつもりです。結果的に、彼はそのプレッシャーに負けず、結構最後までやりきったのですごいなと」

〜以下、映画のネタバレを含みます〜

 本来、決して人生が交わることはないであろうヤクザの狂児に「歌を教えてほしい」とまとわりつかれるうちに、聡実は困惑しながらもいつしか彼の“本気”に応えることに。そんな聡実のクライマックスとなるのが、終盤にヤクザたちのカラオケ大会に乗り込んで狂児の歌うはずだった X JAPAN の「紅」を熱唱するシーンだ。山下監督はそのシーンの撮影を齋藤のゴールに決め、歌はスタジオで別録り、シーンの撮影は終盤に行ったという。

 「聡実の歌声自体は、クランクイン前にスタジオで録った音源なんです。出演が決まってから2か月ぐらいずっと練習してもらいました。最終的には声がちょっとかすれてきたりとかして、その良いテイクをベースにしながら、撮影では5、6回ぐらいテイクを重ねました。歌と芝居を別々にしたのは、狂児との関係を把握してからでないと歌う表情は撮れないと思ったからです。僕が言ったわけではないけど、チーフ助監督の安達(耕平)さんが撮影後半にスケジュールを組んでくれました」

 クライマックスのカラオケ大会のシーンは、普段は感情を表に出さない聡実がほとばしる思いを「紅」に込める見せ場だが、演じる齋藤もかなりの熱の入れようで、その熱意に橋本じゅん、やべきょうすけ、吉永秀平、チャンス大城、RED RICE(湘南乃風)らヤクザ役の俳優陣も応援ムードに。「ちょっと酸素が薄く感じる」ほど濃密な空間だったと山下監督は撮影を振り返る。

 「潤くん自身が“もう1回やっていいですか?”と言ってくることが何回もあって、本人が納得するまでやりたい感じだった。例えば、本来は歌の途中から撮りなおせばいいところを、彼が“頭からやらせてください”と言って、結構テイクが増えていった記憶があって。あのシーンはじっくり撮りました。僕らも、彼がこのシーンに向けてずっと頑張ってきたのをわかっているから、その気持ちに応えたいという思いもあったかもしれない。それに対して、ヤクザ役の俳優さんたちもみな“よし、頭からやろう”みたいな感じで付き合ってくれて。そういう応援ムードもあったし、やべさんをはじめみなさんが本当に感動していたので、あ、ちゃんと歌えているんだなと」

 変声期を迎え“ソプラノを出せなくなったから終わりだ”と悲観していた聡実が、狂児から得たことは何だったのか。15歳の新星の戦いが結実した本シーンは、多くの心を揺さぶるはずだ。(取材・文 編集部・石井百合子)