「生誕祭に客1人→卒業」アイドルの天国と地獄
X(旧Twitter)で万バズした「お客さん1人の生誕祭」の風景(写真:うしおゆりなさん提供)
SNSの投稿一つが人生を良いほうにも悪いほうにも動かしてしまう。
うしおゆりなは「お客さん1人の生誕祭」という動画をX(旧Twitter)に投稿し、わずか数日間の間にその天国と地獄を味わった。
SNSへの動画や写真でチャンスをつかむ人もいれば炎上し、人生をダメにする人もいる。これは何もタレントやアーティストだけでなくSNSを利用する誰しもに言えることだろう。
今回は、そんな天と地を味わったアイドル(現シンガー)うしおゆりなに投稿の裏でいったい何が起きていたのか話を伺った。
*この記事の続き:「生誕祭に客1人」アイドル支える"ヲタク"の正体
「お客さんが1人しか来なかった」で大バズり
2023年7月30日、X(旧Twitter、以下X)に動画付きの投稿がなされる。
「【悲報】生誕祭開いたけどお客さんが1人しか来なかったアイドル」
この投稿は瞬く間に拡散され、インプレッション1059万、いいね2.8万、リポスト3400以上、リプ300以上(2023年9月29日時点)という反響をみせた。
「36歳アイドル、生誕祭にファン一人しか来ず そのまま卒業」といったタイトルなどでWEBニュースにも配信され大きな話題となった。
「ほんと驚きました。普段はいいね50あるだけで『やったー』ってファンとも話している自分がですよ。いきなりこんなことになるなんて……。ほんと何気ないツイート(ポスト)だったんですよ」
投稿したのはうしおゆりな(設定36歳/当時・アイドル)。セルフプロデュースの現シンガーだ。
この日、拠点とする名古屋のライブハウスで自身の主催ライブを開催。
生誕祭ライブ、限定ファンライブ、アイドルとしての卒業ライブを主催として1日3部制で行ったときのものだった。
その中の限定でのファン向けの特典会ライブの様子が、この動画となる。
X(旧Twitter)で一気にバズったお客さん一人の生誕祭冒頭からオチを話すようで恐縮だが、結果的にこのツイートは「ネタ投稿」であり、ある意味、真実であり、決して間違えてはいないものだった。
けれども、それが本人の意図とは別にあっという間に広がってしまったのだ。
そう、ライブアイドルにありがちな「内輪ネタ」。わかっているファンに喜んでもらえればいいという、いつもの「ネタ投稿」がとんでもない事態となったというのが実情だ。
細かく言えば「1人しか来なかった」という表現が、大勢来るであろう生誕祭で本当に1人しか呼べなかったアイドルという誤解を与えたということだろう。その意味では間違いでありミスリードである。
ただ、こういったことはしばしばWEBメディアでもミスリード的なタイトルが付けられ行われる。
実際、読んでみたらニュアンスが違っていた、ということは多々ある。ゆえに書き手である私自身も気をつけねばならない立場にいるのは理解している。
「まさか自分のツイートが」と本当に驚いた様子で語った(写真:うしおゆりなさん提供)
世間が抱く地下アイドルのイメージ
「もともとは主催でライブハウスを借りていたので、生誕祭と卒業ワンマンの間に『ファン向けの特典として開催したライブ』なんです。それもたわいのない話で、ライブを見る権利を物販で一番チェキ撮った人ってことでやったんです」
うしおが行ったこの特典ライブ、何も特別なものではなく、たとえば「君だけライブ」といったネーミングで行われるなど、ライブアイドルの世界では多々見受けられるものだ。
VIPチケット購入者のためにやったり、本格的なライブでなくとも「ワンマンのリハーサルから入れます」など、さまざまな形で行われる。うしおのこの動画のライブも、そういった特典の一環だった。
「この動画のファンの方も私が撮っているのを知ってたので『これ投稿したら面白いよね〜』って感じでやった、ほんと何気ないツイートだったんです」
動画はこうだ。代表曲『Re:start!!』を歌ううしおに合わせてファンが常に推し前に移動しながらペンライトを振っているというもの。
それにも増してこの動画が拡散されたのには我々が考えるライブアイドル、あえて地下アイドルと言わせてもらったほうがわかりやすいだろう、その地下アイドルのイメージをそのまま再現したかのような動画であったことだろう。
今回の取材を通して改めてこの動画に関して検証すると、以下の点が「地下アイドルらしさ」を強調していることに気がつく。
・生誕祭であることが一目でわかる風船などの手作り感ある飾りつけのステージ
・設定年齢36歳という若くない年齢に地下アイドル的なパフォーマンス
・TO(トップオタク)とおぼしきファンの推しへの愛情と哀愁を醸し出す背中
・ちょうどいい感じのライブハウスのステージの大きさ
・ライティングによる光と影のコントラスト
ファンから花束を受け取る感動の場面(写真:うしおゆりなさん提供)
なお、この分析は、ファンを含めた当人たちには取材時に伝え、了承を得て書かせていただいている。
ちなみに「TO」とは「トップオタク」の略で、そのアイドルの一番のファンであることを意味する用語だ。
はっきり言って、こんな動画は撮ろうと思って撮れるものではないだろう。
何より、うしおの「絶妙なまでの地下アイドル感」。これこそがXでこの投稿を見た人たちの心をくすぐったのだ。
「思っていたのと違った」反応
そして見た人の多くは、うしおを「応援する気持ち」となっていた。その証拠にコメントでは客がひとりということをバカにするものではなく、励ますものが目立っていた。
「このファンひとりってことがバカにされてるのかなと思ったら、みんな『最高じゃん』『歌がいい』『お誕生日おめでとう』ってすごく好意的で。だからこそ余計に焦りました。自分のファンや周りはわかってる内輪ネタのつもりだったのに、どんどん伸びて、最初はすぐに消そうかと思いました」
そう。突如としてバズったポストがさらに予想外だったのは、みんなに好意的に受け入れられたことだった。
バカにされるならまだいい。うしおは名古屋でこのコロナ禍、対バンライブでも本当にファン1人の現場を体験してライブ活動を続けてきた。そんなことをいまさら言われても、なんともない。
けれども、どうだろう。応援のメッセージがうしおの心には逆に刺さった。
「騙しているわけではないけど、なんだか悪いことをしているようなそんな気持ちになって、どうしようかと思って家族には相談しました。人づてにファンも心配していると聞いていたので……」
後日、すぐにうしおはこの動画に関し、「特典としての生誕ライブ」であることを公表し、世間を驚かせたことを謝罪している。
だが、見方を変えれば、この事実はファンだけが知っており、それだけでいいことなので弁明する必要性はなかったとも考えられる。
「本当にもっとバズりたければ、そのまま放置して、積極的にリツイートしたり宣伝すればよかったんです。けど、ファンの方にはしっかりお礼をしたかったので、(動画に関する説明の)ツイートをしました」
そのうえで、これ以上広がらないように、あえて触れないこととした。当然、その事実を公表したあとからは、心無い誹謗中傷が多くなった。
アイドル卒業ライブは大勢のファンが駆け付け行われた(写真:うしおゆりなさん提供)
「悪意が感じられる写真や記事が(ネット上に)あがったり、ほとんど知らない人から急に連絡がきていろいろ言われたり、ほんと怖かったですね」
SNS社会ではバズり、有名になるのも一瞬だが、地に落とされるのも一瞬なのだ。
うしおは自らのツイートでバズり、自らのネタばらしで誹謗中傷を受けるということを、わずか2日間程度の間に経験したわけである。
この投稿に騙されたと思った人々も多くいたであろう。しかし、だからといって、うしおを非難して誹謗中傷するというのは違うのではないだろうか。
今、うしおはそういった誹謗中傷に心を痛めつつ戦っている。
垣間見た周囲の人たちの「良い部分」と「嫌な部分」
ただ悪いことばかりではない。学びもあった。
「今回の件で心配してくれる人、便乗する人、叩く人とかいろんな人の人間性が見えて、なんというか勉強になったしいい機会になったなと思います」
奇しくもバズったことによって見えた周りの人たちの人間性。見たくないものも見えてしまったが、これもいい勉強になったと話す。
「もう、私はお客さんひとりでも全力で歌いますよ。むしろそのほうがパフォーマンスがよかったりして、それはそれで課題ですし、自身の足りない部分だと思います」
知名度を上げるだけなら、今回のバズった効果をうまく利用したのだろう。
ただ、うしおはそれをしなかった。いや、できなかったと言っていいだろう。
自身の予想を超えた反響と垣間見えた周囲の人々の人間性。
勉強になったとはいえ、精神的なショックは受けている。だがこれを糧に今度はシンガーとして新たな一面を見せてくれるだろう。
「今回、あの動画に載せた『Re:start!!』って曲が良いと言ってくださった方も多くて、今度はシンガーとして大切に歌っていきたいと思います」
たったひとつのツイートに翻弄されたアイドル・うしおゆりな(設定36歳)。これからはアイドルを卒業し、シンガーとして文字通り「リスタート」を切ることになる。
次は「ワンマン大成功」といった嬉しいニュースでのバズりを期待したい。
*この記事の続き:「生誕祭に客1人」アイドル支える"ヲタク"の正体
(松原 大輔 : 編集者・ライター)