政府による監視施策が採られようとするとき、人によっては「隠すことは何もない」と答え、政府による監視をそのまま受け入れて「違法行為が発見されない限りは、プライバシーを脅かすものは存在しない」と考える人もいます。こうした考えにどのような問題があるのかについて、ジョージ・ワシントン大学法科大学院のダニエル・ソロヴ氏が考察しています。

'I've Got Nothing to Hide' and Other Misunderstandings of Privacy by Daniel J. Solove :: SSRN

https://ssrn.com/abstract=998565



ソロヴ氏がこの考察を発表したのは2007年のことで、アメリカ同時多発テロ事件の影響で政府が大規模な監視とデータマイニングを開始した時期でした。監視に関しては、2005年12月、ニューヨーク・タイムズが「9月11日以降、ブッシュ政権が国家安全保障局(NSA)に対し、アメリカ市民の電話を令状なしで盗聴する権限を密かに与えていた」と報じており、データマイニングについては国防総省が「トータル・インフォメーション・アウェアネス(TIA)」と呼ばれるデータマイニングプロジェクトを構築していたことが、2002年の報道により明らかになっています。

TIAが明るみに出た後、世論の反発が起こったため上院はこのプログラムの資金提供を拒否するか否かの票決を行っています。しかし、その後もTIAの多くの構成要素はさまざまな政府機関で存続しているとソロヴ氏は指摘。例えばUSAトゥデイは「NSAが複数の大手電話会社から顧客記録を入手し、潜在的なテロリストを特定するためにそれを分析している」というニュースを報じたほか、ニューヨーク・タイムズは「政府が世界貿易協会の銀行記録にアクセスしていた」とする記事を掲載しました。



多くの人々がこの発表に憤慨しましたが、ソロヴ氏は「さほど問題を感じていなかった」と考える人も多くいたと指摘。こうした人々は「隠すことは何もない」と考えているのではと推察しており、プライバシー問題においてこのように考える人はかなり広く見られると指摘しています。

上記のような主張を極端に解釈すると、「政府がテロ抑止や犯罪防止に使用する情報は知られても構わない」という一文に落ち着きます。上記主張を行う人々は、自分自身がテロや犯罪を企てることはないため、こうした情報に限っては知られても何の問題もないと考えるわけです。



ソロヴ氏は「こうした人々は、『プライバシー』は『悪いこと』を意味すると考えており、『プライバシーの保護』とはつまり『悪いことを隠すことである』と考えているのです」と指摘。一方で「隠すことは何もない」理論に反対する人々の多くは「プライバシー」とは「個人にまつわる情報すべて」だと解釈しているため、両者の間に食い違いが生じるとソロヴ氏は指摘しています。

このことから、ソロヴ氏は「プライバシーの問題を議論するとき、私たちはしばしば互いの解釈を取り違えて話していることがあります。隠すものは何もないという主張は、ある問題には有効ですが、他の問題には有効ではありません。この主張は政府の監視やデータマイニングプロジェクトの弊害を無視していますが、極端な解釈で主張すると反対派は言い返すことができません。監視や情報公開以外にも、政府のデータ収集や利用が内包する複数のプライバシー問題に直面したときのことを考える必要があります」と述べました。