NATOの東京連絡事務所の開設に反対していると報じられたマクロン大統領(写真:Bloomberg)

北大西洋条約機構(NATO)は7月11日〜12日に予定されるリトアニアでの首脳会談の議題として、東京にNATO連絡事務所を開設するかどうかを協議する予定だ。

発端は5月初旬、NATOのストルテンベルグ事務総長がアメリカのCNNのインタビューに答え、連絡事務所の開設について日本政府と協議していると明らかにしたこと。2024年中に設置する方向で検討しており、NATOが東京に連絡事務所を設置すればアジアで初めてとなる。

日本はNATOのパートナー国

NATOは1949年、旧ソ連の脅威を前提に大西洋を挟んだアメリカとヨーロッパの防衛のために創設された。「集団防衛」「危機管理」「協調的安全保障」の3つを中核的任務としており、集団防衛の地理的範囲は北米とヨーロッパの加盟国領土などとしている。日本は加盟国ではないが、パートナー国という位置づけだ。

NATOは昨今の地政学的制約を受けないサイバー攻撃も考慮に入れ、日本に加え、韓国、オーストラリア、ニュージーランドとの連携も検討していると伝えられる。

一方、イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は6月5日、フランスのマクロン大統領が東京連絡事務所の開設に反対したと報じた。

フランスがNATO東京連絡事務所の開設に反対する理由について、フランスの時事週刊誌『マリアンヌ』は6月9日付で、国連フランス軍事使節団の元代表ドミニク・トランカン将軍の分析を紹介。

その中でトランカン氏は、「日本はNATOの対象地域からはるかかなたにある」「アメリカがアジア太平洋地域で台頭する中国との緊張を高めている問題にNATOとして関わるべきではない」と指摘している。

フランスでは、ストルテンベルグ事務総長が同盟国と協議する前にメディアに明らかにしたことについて、フランス側が遺憾に思っていると伝えられている。フランスはこの件を日本政府の独自判断とは思っておらず、アメリカからの要請か、日本がアメリカに忖度した可能性を感じている。

トランカン氏は「バイデン大統領率いるアメリカは、長い間、NATOをアジアに誘致しようとしてきた。バイデン氏にとって、日本人のとくに価値観、正確に言えば民主主義の観点から見て、NATO連絡事務所の開設は安全保障にかなった選択肢だ」と分析。

そのうえで、トランカン氏は「中国との競争や対立に関する立場で、ヨーロッパとアメリカが同じではないことを思い出してもらいたい。ヨーロッパ人は、中国は制限を設けてでも協力しなければならないパートナーだと考えている。現時点では敵ではないが、西側同盟が舞台を北大西洋からアジアに移すことで、中国にわれわれを潜在的な敵と思わせる可能性がある」と説明する。

世界を分断する対立に組み込まれる懸念

ヨーロッパはロシアと長年、緊張関係を続けてきた。NATOがロシアと国境を接するポーランドやバルト三国にミサイル防衛システムを設置する計画を進めていることで、西側同盟から敵視されているとロシアが受け止めたことがウクライナ侵攻の大義名分にある。同じことがロシアの東側の極東で起きれば、ロシアだけでなく中国も敵に回しかねない。

マクロン氏の懸念は、NATOが連絡事務所を東京へ設置する段階に入れば、次の段階として、NATOの中心が徐々にアジア太平洋にシフトし、世界を分断する大きな対立に組み込まれていくと考えていることだ。

そもそもフランスは、異なる考え、異なる統治システムを持つ国同士が互いに尊重して共存する多国間主義を外交政策として掲げている。さらに大国間協調主義により、中国、ロシアとも協調する考えを持つ。

ブレグジットでアメリカに寄り添うイギリスが離脱し、ウクライナ紛争でドイツの東方政策が挫折する中、マクロン氏はフランスがEU外交でも、NATOの政策でも影響力を高めたいと考えている。

しかし、マクロン氏はこれまでのところ、挫折を繰り返している。

今年4月初旬、EU欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長を伴って中国を訪問したマクロン氏は、中国をロシア・ウクライナ紛争の和平調停者にしようと試みたが、フランスメディアは「手ぶらで中国から帰国した」、つまり失敗したと報じた。

マクロン氏は昨年プーチン氏と会談したが、戦争終結の役に立てなかった。ロシア制裁に西側同盟国として加わりながら、習近平氏を和平実現の立役者に仕立てる試みも失敗し、外交で得点は稼げていない。

フランス国内で低迷するマクロン氏の支持率

前出の『マリアンヌ』誌は、マクロン氏がプーチン氏との会見で成果を上げられなかったことに「フランスの国際的信頼はさらに損なわれた」と評した。中国訪問はリベンジになるはずだったが、フォンデアライエン委員長は中国訪問時に宥和的な姿勢で中国外交に臨むマクロン氏とは逆に、バイデン氏に近い対中強硬姿勢を見せた。

フランス国際関係研究所(IFRI)のティエリー・ド・モンブリアル所長は「EUは連邦国家でないために本当の意味でのEU外交政策は存在しない。マクロン氏はEUを代表している印象を与えているが、何の権限もない」とし、マクロン氏の言動がEUでは複雑に受け止められていると指摘する。

マクロン氏の姿勢は、国内の支持率低迷とも関係している。フランスでは大統領は国家の威信を示し、首相は内政を司るという暗黙の慣例があるが、今年、強引に成立させた年金改革法案の批判の矛先は、ボルヌ首相よりマクロン氏に向けられている。成立した年金改正法の廃止のためにいまだに大規模な抗議デモが続いている。

フランスのニュース専門テレビ、BEMTVは6月12日、マクロン氏は「全能の大統領でなくなったことを理解するのに1年かかった」と皮肉った。2017年に大統領に就任したマクロン氏は足元の中道・共和国前進党(現ルネサンス党)が議会で圧倒的多数を占めたことから、議会審議を無視して次々に改革を断行した。「決めるのは私だ」が口癖だった。

ところが2018年に始まった反マクロン政権の黄色いベスト運動は長期化し、昨年、再選された直後の下院選ではルネサンス党は過半数割れした。それにもかかわらず、全能ぶりを続けて痛い思いをした。

対ロシア、対中外交で成果を上げられない焦り

大統領本来の責務は外交で成果を上げ、国家の威信を示すことだが、その後も対ロシア、対中国外交で成果を上げられず、焦りがあることは否定できない。

そこに浮上したNATO東京連絡事務所の開設の話に対し、マクロン氏はフランスの外交の実力を示すチャンスとばかりに「ノン」を主張している。

もちろんマクロン氏なりの理屈あっての反対だが、次のNATOのリトアニアでの首脳会談で存在感を示せるのか、そして東京連絡事務所の開設についてどういう判断を下すのかは、今後の日本とフランスの関係にも影響を与えそうだ。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))