自民党きっての外交・安全保障通と評される石破茂氏に塩田潮氏が問う(撮影:尾形文繁)

中国の軍拡や北朝鮮のミサイル問題など、北東アジア、インド・太平洋地域の軍事バランスが崩れつつある今、安全保障に対する国民の意識が急速に高まっている。今後、日本の安全保障はどうあるべきか。岸田政権の取り組みは評価できるのか。

前回に続き、自民党きっての外交・安全保障通と評される石破茂氏に、防衛力整備の財源や憲法問題について、ジャーナリストでノンフィクション作家の塩田潮氏が話を聞いた。(このインタビューは2023年5月17日に行ないました)

塩田潮(以下、塩田):岸田さんが最もこだわっているのは、防衛予算の拡充のように見えます。

石破茂(以下、石破):防衛予算について、陸と海と空が欲しいものをばらばらに要求し、それをホチキスで留めてこれが要求額ですというやり方は、あってはならないと私は思っています。

でも従来はほぼそうだったんです。漫画みたいな話で、国産輸送機のC-2は優秀な飛行機ですが、50トンもある陸上自衛隊の戦車は重くて運べない。航空自衛隊が輸送機を造るときに陸自のニーズを聞いていないから、こんなことが起こる。海上自衛隊の輸送艦も、今は改善されたけど、前は陸自で一番大きなCH-47というヘリコプターは運べなかった。

有事の際、陸、海、空にはそれぞれの任務があり、「統合運用」といって、作戦は陸、海、空がばらばらにやるのではなく、統合的に行われなければ、戦闘に勝利することは難しくなります。そうであれば防衛力整備も統合で、という理念に反対する人はいません。

統合的な防衛力整備の発想は不十分

だけど、今のところ統合幕僚監部に防衛力整備の部門はないんです。陸は陸、海は海、空は空でやるからという話です。それは改めようというので、福田康夫内閣で防衛相を拝命したとき、防衛省改革の提言をまとめていただき、その中に防衛力整備の統合についても入れていただいたのですが、いまだに実現をみていません。

イージス・アショアも、本来は統合的な防衛力整備に関わる問題なのです。海自のミサイル防衛イージス艦を、北朝鮮のミサイル警戒のために日本海に24時間・365日配備するのは、海自の負担が重く、多用途に使えるイージス艦を単一任務で使うのも過剰なので、イージスシステムを陸上配備し、陸自の管理にしようという話になった。揺れもないし、安定的にミサイル防衛ができる。画期的なことだったと私は思います。

だけど、破片が降ってくるとか、説明会のときに職員が寝ていたとか、いろいろな問題があって、秋田も山口も、計画はキャンセルになった。その結果、なぜかミサイル防衛専門の艦船を造るという話になった。海自の負担を軽減するのがそもそもの流れだったのに、結果的に海自の負担を増やすことになった。これはいったい、何なんでしょうというようなことが起こった。

この事例を見ても、やっぱり統合的な防衛力整備の発想がまだ十分ではない、と私は思っています。


石破茂(いしば・しげる)/1957年鳥取県出身。慶應義塾大学卒。1986年衆議院議員初当選。防衛大臣、農林水産大臣、地方創生・国家戦略特区担当大臣、自民党政務調査会長、幹事長などを歴任。著書に『国防』『日本列島創生論』『政策至上主義』などがある(撮影:尾形文繁)

塩田:防衛予算の対GDP比1%ですが、1.5%とか2%という話が出ています。実際の数字を調べたら、1%どころか、2020年度までは0.9%も超えていなくて、2020年度予算は0.889%、2022年度が0.917%、2023年度は急に1.187%です。確かに安全保障環境は悪化していますが、なぜいきなり1.5%とか2%という数字が独り歩きするのですか。

石破:「もう一声」みたいな(笑)。それはドナルド・トランプ大統領の時代、NATO諸国に対して2%を要求した。だから、日本も2%、ということだとすると、議論としてはかなり粗略ですね。

NATOよりも日本の安全保障環境が厳しいなら、2%どころか、3%という議論だって、あるでしょう。その精査なしに、NATOが2%なら日本も2%というのは、論理的にぶっ飛んだ話だと思っています。

防衛装備の適正価格を議論すべき

塩田:実際に必要な防衛費を積み上げていったら、とても1%では収まらず、2%に、というような方式で出てきた予算ではないのですか。

石破:そういうふうには見えません。防衛に関することだから、全部オープンにできるはずはないのですが、戦車が1両10億円、戦闘機1機100億円、潜水艦1隻800億円、イージス艦1隻1700億円と言われても、納税者には、高いのか安いのか、わからないですよね。たぶん、アメリカの戦車と比べて2倍、ドイツの戦車の3倍だと思うんです。1年に10両しか造らない少量限定生産で、工業製品ではなくて工芸品だから、高いんですよ。

納税者の負担に値するものかどうか、誰にもわからない。でも、それは納税者の代表であるわれわれ国会議員がきちんと国会で聞かなければならない。実際に艦船、航空機、車両を操って命を懸けて国を守る自衛官たちが、国会における質問に対して答える義務があると私は思いますが、国会で制服自衛官を見た人は1人もいない。

「自衛官が国会に来るのは、文民統制に対する冒涜」みたいな話がいまだにあるわけですが、私は自衛官が国会に来ないほうがよほど文民統制の冒涜だと思っています。それで、納税者の負担にふさわしいかどうか、本当のところがわかるまでやるべきです。秘密会でもいいですから、実際のユーザーである自衛官も交えて議論し、その結果として2%に、というプロセスが民主主義国として必要です。

塩田:防衛費増額の財源について、増税問題が議論されています。

石破:受益者は誰であり、負担する能力は誰が持っているか、この一致点をどこに見出すかでしょう。戦車でも戦闘機でも護衛艦でも、耐用年数はせいぜい30〜40年だから、国債で賄うと、当の装備品の価値は滅失しているのに、借金だけ残る、ということになりかねない。いま、国債60年ルールも取っ払えという話がありますが、これは相当に危ない話だと思います。

国の独立と平和の受益者は国民すべてです。であれば、財源は消費税という議論も成り立ちますが、これだけ格差が開いてきて、消費税で少子化対策も、というところへ、さらに防衛費もお願いできるレベルだとは思えません。消費税には逆進性もあるし、痛税感も強い。そこで応能負担、つまり税の負担力があるところに負担してもらうという考え方を入れるとどうなるでしょう。

防衛費増額の財源は法人税で

防衛産業を担うような国内の大企業には、担税力があるし、日本の独立と平和が維持されて裨益する面も大きい。ですから私は、防衛費は基本的に法人税によって賄うのが国民の理解を得やすいのではないかと思っています。ただし、国内の防衛産業が受注し、そこで雇用と労働者の所得が確保されるのか、そこまで考えなければならない。みんなアメリカの軍需産業に流れていきましたとなったらだめです。

塩田:その方針で、国民の支持と自民党内の賛成を獲得できますか。

石破:それはできると思いますね。借金で、という議論をする人も一部、いますけど、それは応益負担と応能負担の調和点として正しい解答とは思っていません。

塩田:将来的に消費税増税の実現が目標で、防衛費増額を認めることによって、結局、消費税増税が不可避という流れを作るという「財務省の深謀遠慮の増税戦略」が隠されていて、岸田政権はそれに乗せられているのでは、という分析も耳にします。

石破:財務省の防衛予算の担当者とも議論しますが、彼らは「なにがなんでも消費税増税」などとはまったく思っていませんよ。実情をよく知っていますし、それぞれの装備や兵器の性能、コスト、運用についての知識も持っていて、何が日本の防衛に必要かを真剣に考えて議論していると思います。

塩田:もう1点、憲法について、日本の安全保障に役立てるために最も重要だと思う憲法問題はどの点だとお考えですか。

石破:それは文民統制をきちんと確保することではないんでしょうか。

塩田:憲法には第66条第2項に「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」という規定がありますが、文民に関する条項はそれだけですね。

多重の文民統制の構造が必要

石破:軍隊はその国における比類ない実力を持った組織で、同時に使命感や正義感が強い人たちが大勢いるところです。今の政治は間違っている、苦しい国民の暮らしを省みていないのでは、といった正義感に駆られた大実力集団が、もしその気になれば、政府なんて、あっという間に倒れてしまう。古今東西、あまたあることです。だから、多重の文民統制の構造が必要なのです。それは人類の知恵と言ってもいい。

それでは、現行憲法下で自衛隊に対する司法・立法・行政によるコントロールがちゃんとできているかどうかというと、自衛官が国会で何も答弁しない現状では、文民統制の立法によるコントロールができるとは、私はまったく思いません。

司法によるコントロールも、自衛官の人権を守るためにも必要です。普通の社会で人を殺せば殺人罪、でも有事では国家の任務です。いわゆる戦闘の現場で起こるいろいろな現実を何も知らない裁判官、検事、弁護士によって自衛官が裁かれるとしたら、それは怖くて行動できない。

逆に戦前の軍法会議のように、非公開で、弁護人も付かず、一審だけというのも憲法違反になります。最高裁判所を終審とする仕組みを維持しながら、自衛隊審判所というものをつくらないと、自衛官の人権は守れない。憲法の議論は行われていますが、この問題も取り上げなければなりません。

塩田:2012年に自民党が起草した「日本国憲法改正草案」の新しい「第9条の2」の第5項には、「法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない」という規定があります。

石破:だから私はこの自民党の草案に立ち返るべきだと思っているのです。安倍総理の第9条案の「第1項、第2項はそのままにして、新しい『第3項』に自衛隊を書く」という案を起点にしてしまうと、他の問題が議論できなくなってしまうんです。

塩田:国会の中で、安全保障や憲法の問題で同じ考え方、同じ方向を目指す人たちが、与野党の枠を超えて新しい大きな固まりを作るというような動きが起こる可能性は。

石破:時流に合わせたほうが自分の身は安泰だと思う人たちが多い限り、それは難しいでしょう。今はむしろ、野党の側にも安全保障や憲法について突き詰めて考える人たちがそれなりにいることのほうが大切かもしれません。

(塩田 潮 : ノンフィクション作家、ジャーナリスト)