6月13日に開いた記者会見で、解散に言及する際に見せた「ニヤリ顔」に強い反発が起こった(写真:Bloomberg)

永田町に吹き荒れた解散風は、大詰めになって岸田文雄首相が「今国会での解散は考えていない」と発言し、一気にやんだ。

この間、自民党からは早期解散に期待する声が相次ぎ、メディアも大きく伝えた。風を止めなかった岸田首相には「解散権をもてあそんでいる」との批判が高まり、世論調査の内閣支持率は急落。解散の空回りで政権は一転、深刻な危機に直面している。

長男の秘書官更迭、公明党との対立

5月のG7広島サミット(主要7カ国首脳会議)は、ウクライナのゼレンスキー大統領が出席するなど岸田首相は外交成果を上げた。内閣支持率も上昇し、岸田氏にとって、6月21日までの通常国会中の衆院解散・総選挙に向けたチャンス到来と見えた。

しかし、その勢いは長続きしなかった。首席秘書官を務める長男・翔太郎氏が首相公邸で悪ふざけをしていた写真が週刊誌に暴露され、岸田首相は首席秘書官更迭を余儀なくされた。

追い打ちをかけるように、衆院の選挙区をめぐる公明党との公認調整がこじれる。定数是正に伴い東京で新設される選挙区で、公明党が公認候補の擁立をめざしたのに対して自民党が拒否。

公明党は態度を硬化させ、東京都では自民党の衆院選候補を推薦しない方針を打ち出した。公明党とその支持母体の創価学会の支援が得られなければ、自民党の苦戦は必至。自民党内に動揺が広がった。

一方で、公明党が公認調整で抵抗した本音には「早期解散阻止」の狙いもあった。公明党・創価学会は4月の統一地方選で選挙運動を全国で展開。巨大組織の創価学会の態勢を衆院選モードに切り替えるには時間がかかるため、6〜7月の解散・総選挙は好ましくないのだ。

安倍晋三政権では、当時の菅義偉官房長官が創価学会の佐藤浩副会長らと連携。解散の時期などについても創価学会側の意向を尊重してきた。岸田政権では松野博一官房長官や茂木敏充自民党幹事長が創価学会とのパイプ役を担うことはなく、解散時期をめぐる意思疎通も進んでいないという。

マイナンバーをめぐる混乱も加わった。健康保険証との統合や金融機関の口座のひもづけで、他人の保険証や口座につながるなどのトラブルが相次ぎ、利用者の不安が広がった。政府は今秋までに総点検を進めることを約束せざるをえない事態となった。

広島サミットの勢いで早期解散の可能性を探っていた岸田首相も、6月初旬には解散見送りに傾いていた。

「解散近し」次々と伝えられた自民党議員の発言

だが、多くの自民党衆院議員の心理は違った。

野党の立憲民主党は支持率も低迷し、候補擁立も遅れている。日本維新の会は統一地方選では勢力を増やしたものの、衆院の準備はほとんどできていない。「今がチャンス」「解散近し」といった自民党議員の発言が次々とテレビなどで伝えられた。

メディアは解散をめぐる政治家の発言を垂れ流した。本来、衆院の解散は、憲法によって内閣不信任案が可決された場合、内閣は総辞職か解散を選択することが規定されていて、そこで解散を選ぶ場合に行われる。

憲法の「天皇の国事行為」としての衆院解散を行う場合は、与野党が政策をめぐって決定的に対立した場合や政権が重要な政策変更を行う場合に限定されている。首相が「勝てそうだから」という理由で恣意的に解散できるというわけではない。そうした解散をめぐる原則論は考慮されず、「解散はいつか」というニュースばかりが流された。

メディアが解散に前のめりになるのは理由がある。例えば、テレビにとって解散・総選挙は大ニュースである。解散となれば特別番組を編成し、公示日や投票日には特別番組を組まなくてはならない。選挙取材には多くの記者やディレクターを投入する。スポンサーとの関係もある。そのため、解散の時期には敏感になる。

政治担当の記者や管理職たちは、早期解散の可能性もありうると「保険をかける」傾向が出てくる。その結果、解散発言が次々と流され、それがさらに解散風を強めるという循環を生む。

解散風の広がりを岸田首相はどう見ていたか。解散近しとなれば、野党側は防衛費の財源確保法案などの対決法案でも、審議拒否といった徹底抗戦はやりにくくなる。そのため、法案審議は進み、会期中に可決、成立する見通しとなった。

衆院選に向けた自民党の公認調整も、解散をにらんで順調に行われた。岸田首相はそもそも、衆院議員の任期(4年)のうち1年8カ月しか経っていないことから、世論は早期解散に批判的だと受け止めていた。

加えて、公明党との摩擦などで解散に踏み切るのは難しいと考えていた岸田首相だが、解散風が強まるのは好都合だと判断し、あえて止めることはなかった。

ニヤリ顔が「解散に前向き」と受け止められた

そして6月13日。少子化対策を説明するために開かれた記者会見で、岸田首相は衆院の解散について問われ、内外の政策を遂行すると述べる一方で、解散は「諸般の情勢を見極めて判断する」と答えた。それまでは「今は解散を考えていない」と述べていたのに対して含みを持たせたと報じられ、解散風はいっそう強まる結果となった。

さらに、解散に言及した際に岸田氏が一瞬、ニヤリとしたことが、「解散に前向き」と受け止められた。

しかし、この「ニヤリ顔」には反発が強かった。野党が「解散権をもてあそんでいる」(泉健太立憲民主党代表)と批判。自民党内にも反発の声が出た。予想外の反応に戸惑った岸田首相は15日、記者団の前で「今国会での解散は考えていない」と表明。首相がこうした形で解散断念を明確にするのは極めて異例である。自民党のベテラン議員はこう振り返る。

「岸田さんはもっと早い段階で、この国会では解散は考えずに、政策遂行に邁進するという覚悟を決めるべきだった。首相本人が表明しなくとも、官房長官ら側近が関係者に伝えて、政局を落ち着かせる必要があったが、そうしなかった。解散をもてあそんだといわれてもしょうがない」

空回りに終わった解散騒動がもたらしたのは、世論調査の内閣支持率急落だった。毎日新聞の調査(6月17、18日)では内閣支持率が前月の45%から33%に急落。不支持は46%から58%に急増した。同時期の朝日新聞の調査でも、支持率は42%で、前月の46%から低下。不支持は42%から46%に増え、支持を上回った。

支持率の急落は、自民党に衝撃を与えている。「マイナンバーカードをめぐるトラブルが影響している」という見方に加えて、「解散権をもてあそんだツケだ」という反応も出ている。

岸田氏は、安倍元首相や菅前首相のような「強権体質」とは違う「聞く力」をアピールしてきた。解散権をテコにして政局ににらみを利かすという手法とは無縁ともみられてきた。

それだけに、解散をめぐる発言での「ニヤリ顔」は岸田氏のイメージを崩し、不信感を募らせていることは確かだ。自民党内からは「支持率が3割台では解散・総選挙は難しい」という意見が出始めた。

有権者の不信を増幅する可能性も

岸田首相は今国会での解散を見送ったのを受けて、夏には自民党役員人事・内閣改造を断行、秋の臨時国会で景気対策のための大型補正予算を成立させたうえで衆院の解散・総選挙のタイミングをうかがう。

その段階では、防衛費増額に必要な財源の内容も固まり、3兆円半ばとしている少子化対策の財源の柱も明示したい方針だ。年内の解散・総選挙を勝ち抜き、来年9月の自民党総裁選で再選を果たし、長期政権につなげるというのが基本戦略だ。

しかし、今回の解散見送りの中で見えた岸田氏の「資質」は、有権者の不信を増幅する可能性がある。解散という大権を政局運営のテコとして使おうとした岸田氏だが、国民の信頼あってこその大権であるという「重み」をかみしめるべきだ。

(星 浩 : 政治ジャーナリスト)