日本ボクシング界の中量級を面白くする男が帰ってきた。2023年2月16日、東京・後楽園ホールでのスーパーライト級8回戦で、井上浩樹(大橋)がパコーン・アイエムヨッド(タイ)を2ラウンド38秒TKOで下し、2年7カ月ぶりの復帰戦を勝利で飾った。

" モンスター"井上尚弥のいとこで、2019年にはWBOアジアパシフィックスーパーライト級王座を獲得。しかし、翌2020年7月に同級の日本王座防衛に失敗し、一度は引退を発表した。そこから休養期間を経て再びリングに戻った井上に、復帰戦から3ヶ月経った今、試合の手応えや今後の夢などを聞いた。


一度は引退を発表も復帰を決め、2月の試合でTKO勝利を飾った井上浩樹

【倒したパンチは手応えがなかった】

――休養する前の最後の試合は無観客試合。お客さんが入った状態での復帰戦はいかがでしたか?

「あらためて、お客さんの声援はすごく力になると感じました。あと、一度休んでいる間に出会った中で応援に来てくださった方々は、そもそもボクシングを観たことがない方も多かったので、普段の僕とのギャップに驚いていましたね。『面白かった。すごかった』と言ってもらえると、『戻ってきてよかったな』と思います」

――試合は一方的な内容でしたね。バックステップや、サイドに回るスピードもキレキレに見えました。

「準備期間も長かったので、引退前よりいい動きができていたと思います。仕上がりは今までで一番よかったかもしれない。休んでいた時に、栄養面や減量の方法などを学んだので、そういった知識が活きたのかもしれません」

――休む直前はケガもあって、満身創痍な状態だったと聞きます。

「本当にキツかったです。でも、引退を発表したあとに『ケガを治せるかもしれない』という方と知り合って、2週間に1回くらいのペースで整体施術していただいて。結果、体の痛みが消えました。今は全力で練習することができています」

――2ラウンドでTKOした場面、ロープ際で放った左のカウンターの手ごたえはいかがでしたか?

「当たったのはわかったんですけど、感触はほぼなかったです。逆に、それまで当てていたパンチは相手が心配になるくらいの衝撃が手に残っていたので、『こんなに強く当たっても、ボクサーって倒れないんだっけ?』という感じでした。実戦から離れていたこともあるんでしょうけど、やっぱり相手を倒せるのは"力みがないパンチ"なんですね。

 倒すまでも上下に打ち分けられていたし、自分的にはよかった。準備も徹底的にやったので、その甲斐があったなと思います」

――復帰を後押してくれた、井上尚弥選手は喜んでいましたか?

「特別に何かを言われたわけではないんですけど......『とりあえず、おめでとう』って感じでサラっとしていましたよ(笑)」

【相手を「倒せる」パンチとは?】

――以前にインタビューした際には、「復帰戦はウェルター級も視野に入っている」とも話していました。そんな中で、スーパーライト級を選んだ理由は?

「復帰するならば、やはり『世界チャンピオンになりたい』と思ったので、まずは戦い慣れたスーパーライト級でチャンピオンになり、その後、ウェルター級に上げたほうがいいと考えたんです。僕の残りの現役生活は、おそらく5、6年くらいだと思うので、その間に果たしたいです」

――4月8日の東京・有明アリーナでは、井上拓真選手(大橋)がリボリオ・ソリス(ベネズエラ)選手に3−0で判定勝ちし、WBA世界バンタム級で新王者となりました。ご覧になっていかがでしたか?

「試合前から、ベルトにかける強い思いは感じていましたし、練習に打ち込む姿を近くで見ていたので、『当然の結果だな』とも思います」

――近くで見ているからこそ感じる、拓真選手の強みはどこにありますか?

「『相手のいいところを消す、何もさせなくする』ところでしょうか。自分が相手より先に動いて打ちにいっても、返しのパンチをもらわないところもそうですね」

――ここまでは18勝のうち4KOで「負けないボクサー」のイメージもありますが、倒して勝つことへのこだわりも感じますか?

「あると思います。KO数が少ないのは彼の課題でもありますし、モヤモヤしている部分が試合でも出ているのかなと。倒すことを気にしすぎて、歯車が噛み合わないような時もある。僕たちはプロで、お客さんあっての競技をしているので、『楽しませる』という意味ではKOも見せなきゃいけない側面もあります。拓真に直接聞いたことはないんですけど、練習を見ていても葛藤が見えますね」

――さまざまな要素があると思いますが、相手を倒すために大事なのは?

「"力の伝え方"でしょうか。どれだけ力を拳に乗せて、相手に衝撃をうまく伝えるか。上体だけで打ったり、力んで打ったりするとインパクトは弱かったりします。

 あとは、打つタイミング。バックステップなどで、相手のパンチが絶対に当たらないところまで大きく避けてしまうと、反撃するまでの時間は長くなってしまう。そのロスをいかに小さくするかが重要です。その分、自分にもリスクはあるんですが、パンチを避けた刹那、相手が反応できないタイミングで打てれば確実に倒せます」

――KOするにはパンチ力、パワーが重要と思われがちですが、タイミングによるところが大きいということですか?

「そう思いますね。ゴリゴリの筋肉質な選手じゃなくて、一見細くてヒョロッとした選手でも、タイミングで倒す人もいますから。もちろん、一発の重さ、パワーがあるに越したことはないけど、力一辺倒になっても倒せない。パワーとタイミングのバランスが大事だと思います」

【一階級上のウェルター級にもライバル】

――4月8日の有明アリーナ大会では、WBOアジアパシフィック・ウェルター級タイトルマッチで、チャンピオンの佐々木尽選手が挑戦者で元王者の小原佳太選手に衝撃の逆転KO勝利。浩樹選手も意識する階級で、すごい試合が行なわれました。

「佐々木選手は強かったですね。まだ21歳と若いですし、カリスマ性というか、スターの要素を感じました。気持ちが強く、ダウンしても効いてない素振りをしたり。相手からしたらあれは嫌ですよ。僕も学ばなきゃいけない部分です」

――佐々木選手は、普通に歩いて距離を詰めて殴り合いにいくような、豪快なファイトスタイルですね。

「それでいて技術があるんですよ。ディフェンスもよくなっていていましたね。1回目のダウンを奪ったのはボディですし、しっかり上下に打ち分けることができて、最後は上で決める。顔一辺倒ではない、技巧派な部分も見えました。おそらく、かなりスパーリングを重ねて身体に染み付けた技術だと思います」

――将来的に、佐々木選手と闘う可能性も?

「やれたら面白いな、と思います。僕がスーパーライト級で世界のベルトを獲り、佐々木選手もウェルター級のベルトを巻いて、その上で闘えたらいいですね」

【"オタクボクサー"が目指す夢】

――浩樹選手は自身のSNSで、ラーメンの写真をよく載せていますね。減量には"天敵"のような気がしますが......。

「それは、けっこう周りからも言われますね。試合の1カ月半くらい前からは食べないんですけど、それまでは月4、5回くらい食べています。必ず食べた時には投稿してるので多く感じるのかもしれませんが......ただ、週1は食べていることになるので、多いは多いのかも(笑)」

――復帰戦後の計量クリア後は、お粥の写真をアップしていましたが、どんな気持ちで食べるんですか?

「僕は8.5〜10キロくらい落とすんですが、とにかく計量をパスすることに全力を注いでいるので、本当にホッとして食べています。減量がキツい時はくじけてしまいそうにもなるけど、そこはプロなので絶対にクリアしなきゃいけない。

 ご飯を食べる前に、計量後にまずは水をゆっくり体に入れて、胃や腸を回復させないといけないんですけどね。それを経て、やっと口に運ぶお粥は、本当に美味しくて感動します。塩分などは全部カットされているんですけど、味わい深いんですよ」

――浩樹選手は、自身でも認める"オタクボクサー"。今ハマっているマンガやアニメはありますか?

「『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(MBS/TBS系)や、映画化もしたマンガ『BLUE GIANT』も追いかけています。マンガでは、『ONE PIECE』や『呪術廻戦』も、今は目が離せない!僕は『少年ジャンプ+』でマンガを買う派なので、いつも深夜12時に更新された瞬間に買ってます(笑)」

――たくさんの作品を見ていると思いますが、入場曲は今後も、復帰を決めるきっかけになった『バンドリ!』(『BanG Dream!』)でいきますか?

「そうですね。実は、ちょっとした夢がありまして。ラスベガスで『バンドリ!』の曲を流して、アメリカの方たちにも聴かせたいんです。同時に、僕が着ている素晴らしい『バンドリ!』のハッピも見せて、『なんだ、この"ジャパニーズオタク"は!』と驚かせたいんです」

――ラスベガスの会場に響き渡る『バンドリ!』の曲、楽しみにしています。

「ありがとうございます。期待してください!」

【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)

1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが2022年2月に復帰を表明した。17戦16勝(13KO)1敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。