ダービージョッキー
大西直宏が読む「3連単のヒモ穴」

――いよいよ今週はGI日本ダービー(5月28日/東京・芝2400m)が行なわれます。大西さんにとっても、特別な思いがある大一番ではないでしょうか。

大西直宏(以下、大西)毎年のことですが、ダービーの独特の雰囲気は現役を引退した今でも鮮明に蘇ってきます。やっぱり、このレースだけは特別なものがありますよね。

 僕は幸運にもこの最高峰の舞台で2度の連対経験(1987年=サニースワロー2着、1997年=サニーブライアン1着)をさせてもらいましたが、その好走が僕の騎手人生を大きく変えました。特にサニーブライアンで二冠を達成したことは、今でも掛け替えのない宝物となっています。

――ジョッキーにとって"ダービージョッキー"になるということは、海外での評価も違うと聞きます。

大西 それは、間違いないと思います。近年は国際交流が盛んになっていますが、騎手であれば"ダービージョッキー"の称号は誰もが欲するものではないでしょうか。乗り役として、最もわかりやすい技量の証明になりますから。

 特に若い騎手にとっては、早い時期にそれを手にすることができれば、その後の騎手人生は大きく拓けることでしょう。

――そういう意味では今年、GI皐月賞(4月16日/中山・芝2000m)を快勝し、1番人気が予想されるソールオリエンス(牡3歳)に騎乗する横山武史騎手にとって、大きなチャンスとなりそうですね。

大西 今年のダービーは、彼が勝てるかどうか、というのが最大の注目点と言えるかもしれません。事前の記者会見でも「勝ちたい」と繰り返していましたが、2年前にも皐月賞を圧勝したエフフォーリアに騎乗して、わかずハナ差で勝ち損ねていますからね。

 ともあれ、エフフォーリアでチャンスを逃しながら、すぐにこれほどの絶好機が訪れるのですから、恵まれています。その分、本人にとっても「今度こそ」という思いはかなり強いはず。おそらくこの1週間は、勝つためにどう乗るか、そのことしか考えていないと思います。

――ところで、ダービーでは「テン乗りは勝てない」と言われます。今年は皐月賞の2着、3着馬が乗り替わりとなって、タスティエーラ(牡3歳)にダミアン・レーン騎手が、ファントムシーフ(牡3歳)に武豊騎手が騎乗。これらの馬をどう見ますか。

大西(ダービーにおいて)テン乗りで勝てないのは、このレースは人馬の信頼感が最も大切だからだと思います。

 ダービーは、今まで人馬がどんな経験を積んできたのかが問われ、(レースでは)その対応力が試されます。人馬の信頼関係が強ければ、想定外の展開や位置取りになった時にも慌てずに対応することができますからね。その点、テン乗りだと馬との呼吸が合わずに力を発揮できないことがあります。

 ただ、気楽に乗れる立場の馬に上位騎手が乗り替わった場合は、マイナスではなく、プラスの面があるかもしれません。今回のタスティエーラとファントムシーフは受けて立つ立場ではなく、皐月賞馬を負かしに動ける立場なので、上位騎手への乗り替わりは好意的に受け取れます。

 レーン騎手はかつて、2019年のダービーで皐月賞馬のサートゥルナーリア(1番人気4着)に騎乗して苦い経験を味わいました。それを経て、今回はもっと冷静に騎乗できるのではないでしょうか。

 武豊騎手に関しては、何と言っても前人未踏の"ダービー6勝"ジョッキー。その実績からして、不安のほうが少ないです。

 この2人の乗り替わりについては、ともに大きなプレッシャーを受けることはなさそう。逆に、相手を負かすことに集中できるのは強みになると思います。

――もう1頭、人気が予想される馬がいます。クリストフ・ルメール騎手が騎乗するスキルヴィング(牡3歳)です。トライアルのGII青葉賞(4月29日/東京・芝2400m)を快勝してきた同馬については、どう見ていますか。

大西 今年のダービー出走馬でデビューからずっと同じ騎手が乗り続けているのは、そのスキルヴィングと、松山弘平騎手騎乗のハーツコンチェルト(牡3歳)だけ。人馬の信頼関係という点で、他の馬より上をいきます。

 とりわけスキルヴィングは、これまでの4戦すべてが東京コース。しかも、直近2戦はダービーと同じ芝2400mを経験してきています。脚の使いどころや使える脚の長さなど、鞍上のルメール騎手はすべて把握しているはず。今回も間違いなく、自信を持って乗ってくると思います。


京都新聞杯を勝ってダービーに挑むサトノグランツ

――では最後に、ここまで名前を挙げた有力馬以外で、大西さんが気になっている馬がいたら教えてください。

大西 川田将雅騎手が騎乗するサトノグランツ(牡3歳)です。この世代には川田騎手のお手馬が数多くいましたが、トップジョッキーならではの悩みによって、この春は1頭に絞り込むのが難しかったように感じます。結局、ダービーでは前哨戦のGII京都新聞杯(5月6日/京都・芝2200m)を勝ったこの馬に決まりました。

 お手馬が被りすぎて騎乗馬が決定したのは最後になりましたが、それでも一番魅力のある馬を選んだのではないかと思っています。3連勝中と勢いがあり、皐月賞組とはまったく未対戦だけに怖さを感じます。

 この馬の武器は長く脚が使えるところ。2400m戦にも勝ち鞍があって、距離の心配もありません。

 川田騎手は、先週のGIオークスではリバティアイランドで完勝。同じ舞台であれだけ強い勝ち方を演じたばかりですので、騎乗の感覚としても、いいリズムで騎乗することができるでしょう。

 異常なまでの熱気に包まれて、人馬が舞い上がりやすい舞台だからこそ、彼のクールな姿勢と冷静な判断力は頼もしい限りです。よって、この馬を今回の「ヒモ穴」に指名したいと思います。