驚異の8試合20盗塁で首位打者も獲得…白鷗大・福島圭音は快足を武器に「全国での勝利」と「プロ」を目指す
8試合出場、20盗塁──。
その数字を見れば、誰もが度肝を抜かれるに違いない。これは今春の関甲新学生リーグで白鷗大・福島圭音(けいん)が、リーグ最終戦までに積み上げた数字である。
1試合平均2.5盗塁。もちろん、連盟新記録(従来の歴代最多記録は17盗塁)だ。
関甲新学生リーグ新記録となる20盗塁を記録した白鴎大・福島圭音
福島は埼玉県秩父市で生まれ育ったスピードスター。身長170センチと小柄ながら、50メートルを5秒8(手動ストップウォッチでの計測)で駆け抜ける。その快足のルーツを尋ねると、福島はこう答えた。
「田舎育ちなんで、野ウサギとか動物を追いかけていたら足が速くなりました」
圭音という特徴的な名前の由来は、タレントの「ケイン・コスギ」から。母の真由美さんがケイン・コスギのファンで、本人も「なかなかいない名前なので気に入ってるっすよ」と笑う。
聖望学園を経て、白鷗大に進学。4年生になった今年は進路を「プロ一本」に絞り、2番・中堅手として打線を牽引している。
驚異的な盗塁数の背後にあるのは、「何がなんでもスカウトに注目してもらいたい」という福島の並々ならぬ執念なのだろう。筆者はそう想像していた。
昨年5月、こんなシーンを見たことがある。リーグ優勝がかかった上武大との大事な一戦で、福島は空振り三振を喫した。だが、バットにボールが当たる感触を得ていた福島は判定に納得がいかず、「絶対、当たってますって!」と球審に食ってかかった。このシーンに福島のガムシャラさが集約されているように感じた。
関甲新学生リーグは全国制覇の実績もある上武大が突出しており、白鷗大は「シルバーホルダー」といえる2番手格である。10チームの総当たりで戦うリーグ戦は実力差も目立ち、大差がつく試合も珍しくない。福島の20盗塁には、点差が離れたシチュエーションで記録されたものもある。
だが、5月20日のリーグ最終戦は、福島の真価が問われる試合だった。上武大の捕手・進藤勇也(しんとう・ゆうや)は大学ナンバーワン捕手の呼び声が高い、ドラフト上位候補。進藤から盗塁を決められたら、福島の記録の価値はますます高まる。筆者は試合会場である群馬県伊勢崎市の上武大学野球場に足を運んだ。
この直接対決の時点で、上武大も白鷗大も8戦全勝で並んでいた。勝ったほうがリーグ優勝を決め、6月からの大学選手権に出場できる。バックネット裏には複数球団のスカウトの姿もあった。
【大一番でまさかの一発】そんな大一番で、福島は意外な形で輝きを放つ。1回表の第1打席でライトスタンドに飛び込むホームランを打ったのだ。
先頭打者の杉谷慧(3年)が上武大の先発左腕・井出海翔(2年)の巧みな牽制球に誘い出され、上昇機運がしぼみかけた矢先での一弾。右投左打のアベレージヒッタータイプの福島にとって、これが今季リーグ戦初本塁打だった。
「なんなんすかね、神様が打たせてくれたようなもんですよね。得意なコースに得意な球(スライダー)がきて、いい形でしっかり打てました」
流れをつかんだ白鴎大は、序盤から優位に試合を進めていく。4回表には1点を追加し、2対0とリードを広げた。
進藤対福島の対決が実現したのは、5回表だった。二死無走者から福島が巧みなバットコントロールでレフト前に運び、出塁する。二死一塁、おあつらえ向きの盗塁シチュエーションである。
マウンド上の井出は明らかに福島を警戒し、一度、二度と牽制を繰り返す。視線を変え、リズムを変えて一塁に投げる井出の牽制は、帰塁するだけで困難に見えた。1球目はスタートを切れず、福島は一塁にとどまっている。
それでも2球目、福島は果敢にスタートを切る。井出が投じたストレートが右打者の外角高めに浮き、結果的にウエストしたような形になった。進藤が力感なく、機敏に二塁送球すると、正確なコントロールで二塁ベースの真上に伸びていく。タッチアウト。福島の快足をもってしても、徹底マークから逃れることはできなかった。
一塁側の上武大の応援席からは、メンバー外部員の大歓声が響いた。大黒柱が実力を発揮し、いよいよ常勝軍団が反撃を開始する。そんな気配が漂った。
だが、直後の6回裏。今度は福島が守備で見せ場をつくる。二死から上武大の左打者・河崎竣(4年)が放った打球は、左中間後方への大飛球になった。長打性の打球を追って、福島が背走する。「最初からフェンスまでの距離を計っていた」という福島は、フェンス手前でグラブを伸ばしながらジャンプ。フェンスに激突しながら、打球をキャッチする大ファインプレーをやってのけた。
白鴎大は松永大輝(2年)、山田怜卓(4年)のリレーで上武大の怒涛の反撃をしのぎ、0点に抑える。9回裏の無死一、二塁のピンチも無失点に切り抜けた瞬間、白鷗大の選手たちはマウンドに集まり喜びを爆発させた。
【打率5割で首位打者も獲得】福島は人目もはばからず、顔をしわくちゃにして号泣した。表彰式や藤田慎二監督の胴上げを終えると、福島は笑顔で取材に応じてくれた。
「あんまり覚えてないんです。自分たちの代で優勝できたので、こんなにうれしいことはないです。今まで何回も上武が優勝しているところを見てきて、悔しい思いをしてきましたから。伊勢崎から小山に帰る時、いつも仲間たちに申し訳ないと思っていました」
進藤に盗塁を刺されたシーンについて尋ねると、福島はこちらを真っすぐに見つめてこう答えた。
「秋にリベンジできるのはうれしいです。チームは勝てましたけど、進藤には負けたんで。次は決めますよ」
その言葉にショックは感じられなかった。それ以上に、チームが勝てた喜びが勝っているようだった。
シーズン20盗塁という大記録について尋ねると、福島はこう答えた。
「プロへのアピールとか、新記録を目指してきたというよりは、チームを必死で勝たせようとしていたら、記録がついてきたという感じです。監督からも『思いきっていってくれ』と言われていました。タイトルを獲っても、チームが勝たなければ意味がないですから」
点差が離れた場面での盗塁もあったことを聞くと、福島は「1点でも多くとりたかったので」と意図を説明した。
「点差があるからといって気の抜いたプレーをするのは相手に失礼だし、常に0対0のつもりで『絶対に抜かないぞ』と思いながらプレーしていました」
福島の驚異的な盗塁記録は、自らの進路を切り拓くアピールの材料ではなかった。全国大会から遠ざかるチームを勝利に導くため、ひとつでも先の塁に進んでホームベースに還るための手段だった。そして、20盗塁ばかりに目が向いてしまうが、打率.500で首位打者を獲得している点も見逃せない。
6月6日には大学選手権の初戦に臨む。福島は晴れやかな表情でこう語った。
「全国大会は中学で1回出たことがありますけど、大学では初めてなのでうれしいです。足の速さと打撃の確実性を見せたいですね」
視線はバックネット裏のスカウトではなく、ホームベースに注がれている。勝利に近づくために、福島圭音は誰よりも速くダイヤモンドを駆け回る。