開幕から2カ月近くが過ぎても、ボストン・レッドソックスの吉田正尚はハイレベルな打撃を継続している。4月20日以降の打率.365はメジャー2位、35安打は同2位タイ、OPS1.030は同5位(成績は現地時間5月22日のゲーム前の時点。以下同)。これだけの数字を残せば、MLB屈指の名門チームの主力に定着するのも当然だろう。

「ここまでの吉田は、私たちが望んでいたことをすべてやってくれている」


4月下旬から好調を維持する、レッドソックス1年目の吉田

 先日、レッドソックスのチーム編成責任者であるハイム・ブルーム氏がそう述べたとおり、より細かく数字を見ていっても成績は上質だ。

 OPSは対右腕が.891、対左腕が.815とどちらも.800以上で、左投手も苦にしない。得点圏打率は.317(41打数13安打)、三振が3のみというのも、吉田獲得のためのスカウティングに長時間を費やした、チーム上層部の期待どおりなのではないか。

 オリックス時代の打棒を覚えている日本のファンは、吉田の活躍にもそれほど驚いていないのかもしれない。春季キャンプ、WBCを通じて打撃技術レベルの高さに舌を巻いた筆者にとっても、それは同じだ。

 それでも、ボストンのファンや関係者は日本のルーキーにまだ馴染みがなかっただけに、往々にしてせっかちなアメリカ東海岸の人々の前で、いきなり結果を出したことの意味は大きい。

 ただ、吉田にも危機と呼べる期間がなかったわけではない。開幕直後はなかなか当たりが出ず、特に4月11日のレイズ戦からは4試合連続無安打で、打率は.167まで降下。当時は、高めの速球の上っ面を叩いての内野ゴロが目立った。

 レッドソックスのアレックス・コーラ監督も当時を振り返り、「みんながパニックを起こしていた」と認めていた。

 そこで吉田が、打撃コーチ陣とともに必要なアジャストメントを行ない、復調につなげたことはさまざまな形で伝えられている。

 具体的には、打撃の際に身体を内側にねじりすぎてインサイドの球が見えづらくなっていたため、アシスタント打撃コーチのルイス・オルティスからの進言で、軽いオープンスタンスに変更。これによって、ボールを両目で見ることが可能になり、インサイドのボールがより見えやすくなった。速球をしっかりと懐近くまで待てるようになって、フィールドの全方向に強い打球が飛ばせるようになった。

 4月19日に1日の休養日を挟み、適切な修正をした吉田は好調期間に突入する。なかでも23日のミルウォーキー ・ブリュワーズ戦では、1イニング2本塁打と大爆発。その後も、5月9日まで16試合連続安打と打ちまくり、メジャー全体に名前を知らしめた。

「小さな調整で、いいフィードバックを得ることができた。引っ張る力に加え、逆方向にも強くボールを打てれば打撃方向の範囲が広がる。それは彼にとっても、私たちにとってもとても重要なことだ」

 レッドソックスのピーター・ファッシ打撃コーチはそう振り返ったが、実際に吉田とコーチ陣がやり遂げたのは、一見するとシンプルなことに見える。ただ、世界最高レベルのMLBで、しかも日本で実績を積み重ねてきた選手が打法を変えるのは、それほど簡単なことではないはずだ。

 松井秀喜をはじめ、多くの日本人打者が経験してきたのと同じように、吉田も速球やメジャー特有の動くボールに苦戦することは予想されていた。しかしサプライズだったのは、これほど早く適応の術を見つけ、結果を出したこと。その過程で、吉田は多くのことを証明したように思える。

「スランプに陥っていた時も、吉田の姿勢、態度、表情はこれまでとまったく変わらなかった。彼はアジャストメントのために何かを変えることを嫌がらず、恐れないことを示してくれた」

 チーム編成責任者であるブルーム氏の言葉どおり、取材する側から見ても、吉田のゲームに臨む態度は好不調を問わずほとんど変わらなかった。そして、新しい環境で貪欲に向上を求める姿勢も、キャンプ中から同様である。

 2月のフロリダでのキャンプ中、吉田はレッドソックスのGM特別補佐を務める殿堂入りの大投手、ペドロ・マルチネスと対面し、決め球だったチェンジアップの投げ方を教えてもらったことがあった。 外野手が投手に教えを授かっても......と思うかもしれないが、吉田はそういう考え方はしなかった。

「ペドロ(・マルチネス)が現役の頃、松井さん(秀喜)さん、イチローさんとの対戦を見ていました。ポジションに関係なく、いろんな人の話を聞いてみたいんです。ただやっているだけではなく、(成功する選手の背後には)何かがあるはずじゃないですか」

 この件に限らず、吉田は自分が知らない何かを知っている人、持っている人には素直に教えを乞おうとする。アメリカ生活では"先輩"となる筆者も、クラブハウスでのやりとりのなかで、何度かニューヨークやボストンでの日々について問われたことがあった。

 そんな選手なのだから、打撃のアジャストメントを素直に聞き入れ、実行したのも当然のことだったのだろう。もちろん、コーチ陣のアドバイスに納得したがゆえだろうが、この柔軟性と向上心を好意的に捉えたチーム関係者は多いに違いない。

 メジャーでのキャリアは、アジャストメントの連続である。吉田にも、また苦しむ時期はくるだろう。ただ、スランプは不可避でも、確かな技術を持ち、同時に適応能力を備えた吉田ならその期間をできる限り短くできる。これまでの軌跡を振り返えれば、チーム関係者、首脳陣、そしてレッドソックスのファンはそう信じるだろう。