「最初の10分はよかったと思います。ミスのオンパレードでしたが......。そのなかで、やりながら、何が京都に対していいのか、もがきながらスペースを見つけ出せた。自分たちの判断、というのがよかった。この1勝は大きいです」

 4月23日、サガン鳥栖を率いる川井健太監督は、敵地で京都サンガを2−3で下したあとに語っている。「選手の判断」。これがどれだけ大きな収穫と言えるか。

 京都のハードなプレスに対し、鳥栖の選手たちは"着地点"を見つけていった。相手の裏をかくように、戦術眼に長ける朴一圭や河原創が長いパスを狙う。縦への強度がジャブになった。失点直後も前への姿勢が出た格好で、原田亘のアーリークロスを小野裕二がうまく頭で合わせ、すぐに同点にした。

「(4月19日の)ルヴァン(杯)の(北海道コンサドーレ)札幌戦から感覚はよくなっていた。今日もトップに張るだけじゃなく、割と早めに中盤に落ちたり、サイドに流れたり、ボールに触る感じで、相手がこうしてくるはず、という裏をかけたというか......。1点目も、相手が"鳥栖ならつなげて、ニアゾーンを崩してくる"という予測を外し、アーリーであげてくれたのがよかった」(鳥栖/小野)


前節の京都サンガ戦で同点ゴールを決めた小野裕二(中央、サガン鳥栖)

 同点後は相手を押し込み、セカンドボールを次々に回収。鍛えられたポジショニングのよさが出ると、CKからオウンゴールを誘発し、逆転に成功した。また、早めのロングスローから小野がゴールライン近くまで迫り、折り返しを本田風智が空いたスペースに走り込んで突き刺している。一連の攻撃は、阿吽の呼吸だった。

 今シーズン、鳥栖は3勝2分け4敗と負け越している。昨シーズン、川井監督が率いて華々しい台頭を見せただけに、「つまらなくなった」「もっと走れ」「金髪が見苦しい」などと、否定的な意見も噴出した。

 しかし選手が「判断」を持ちつつあるチームは、確実に目覚めつつある。川井・鳥栖の現在地とは?

「"2年目のジンクス"とか、言うじゃないですか。ないですよね、そんなの。今シーズンは選手だけでなく、やり方も変わっているし、ほとんど一から始めているので」

【川井健太監督からのドキリとするアドバイス】

 そう語ったのは、昨年末に鳥栖のスポーツダイレクターに就任した小林祐三である。降格の最有力候補だった昨シーズン、川井監督に白羽の矢を立てた功績は大きかった。今シーズンの新戦力である河原、山崎浩介などの獲得にも先んじて食指を動かしていた。

「周囲の反応は予想していました。期待値が変わったんだな、と。ただ正直、ケガ人の続出(開幕直前にもファン・ソッコが離脱するなど)もあって、開幕5連敗もあるかな、と思っていました。大差で負けた試合で打ちひしがれていないし、むしろ勝利した試合に納得していないところもある。"上積み"と言いますけど、違うものを作っている感覚です。新たなチームで、選手個人を駆動させるのは簡単ではありません」

 1年目の川井監督はプレーモデルを植えつけた。その仕組みは今もある。しかし、選手が変れば、それ自体も変化するし、適応が必要になる。選手がプレーモデルを起動させられなかったら、仕組みは仕組みでしかない。

 そして川井監督の真の力は、仕組みや戦術の先にある。他のJリーグの監督と比較しても、選手からの信望が飛び抜けて厚い。ディテールを見抜く眼力が並外れ、力を引き出させる。

「川井さんは癖を見抜くんです」

 今シーズン入団したFW富樫敬真は、ドキリとするアドバイスを受けたという。

「自分は力んだ時に右足をゴールに向かって大きく回す癖があって、それをすぐに指摘され、『シャープに振ればいいから』と言われました。あまり喋る監督ではないだけに、納得感が半端ない。あと、自分はトラップをでかくしないようにしすぎて、置きどころが詰まっていたらしく、『敬真のエンジンだったら、前へ止めても十分に間に合う』と具体的に言ってもらった」

 こうしたやりとりの積み重ねが信頼につながるのだろう。信頼関係のなかでこそ、選手は能動的にプレーできる。

 何より川井監督自身が、選手に「個人の判断」を求め、促してきた。チームはひとつの枠組みに収まった途端、凡庸になり下がる。究極的に言えば、サッカーはピッチに立つ選手の決断がすべて。選手が覚悟を持って監督の教えを超えられるか、そこにサッカーの創造性の極みはあるのだ。

 その点で京都戦はひとつのターニングポイントになるかもしれない。監督の与えたプレーモデルを下敷きに、選手たちがそれぞれ判断し、相手にダメージを与えるプレーを選択。その結果、鳥栖は勝ち点3を得た。

「相手が10人になってからの戦い方とか、課題は出ました。でも、ポジティブに捉えられる勝利でしたね。自分としては(失点は)止められたはずなので、今日はみんなに『ありがとう』という気持ちです」

 鳥栖の戦術とも言えるGK朴は、そう振り返った。この日は華々しいシュートストップよりも、リベロプレーがひとつの指標になっていた。

「チームとして、"足もとでボールをつないで相手ゴール前へ"というのは原則としてあるんです。でも、監督が与えてくれている"余白"はあるはずで、今日(京都戦)であれば、相手の左裏は狙いどころだったし、長いボールへの対応に相手が苦しんでいるのもわかったので、狙って蹴りました。弱いところを突くというのは勝負の定石なので」

 川井監督は、プレーヤーが勇躍する構造を作った。しかし、チームとして開花するには、ピッチに立つ選手が判断できるかどうか。そこに革新は生まれる。

 5月3日、鳥栖は本拠地に横浜F・マリノスを迎える。どこまで王者に肉薄できるか?思いきってぶつかるだけだ。