「RÉGAL DE CHIHIRO」の定番商品、「シュクレ」4995円(写真:カフェタナカ)

筆者(50代)が子どもの頃、お土産やお中元、お歳暮の定番だったクッキー缶。蓋を開けたときの甘い香りといかにも美味しそうなビジュアルに心を踊らせたことを今でも覚えている。その後、あまり見かけなくなったものの、ここ数年の間でじわじわと人気を集め、今やブームとなっているのをご存じだろうか。

限定缶はものの数分で完売

その先駆けとなったのが名古屋市北区にある「カフェタナカ」が手がけるクッキー缶のブランド「RÉGAL DE CHIHIRO(レガル・ド・チヒロ)」だ。RÉGALとはフランス語で「美味しいご馳走」という意味。「カフェタナカ」のシェフパティシエ、田中千尋さんこだわりのクッキーもさることながら、ゴールドのロゴと文字が浮き上がるレリーフ缶は、クッキーを食べ終わった後も大切なものをしまっておくのに使いたくなる。


「RÉGAL DE CHIHIRO」のクッキー缶。缶の色もシェフパティシエの田中さんが決めている(筆者撮影)

ちなみに定番商品、「シュクレ」の価格は4995円。かなり高価であるにもかかわらず、その人気は凄まじく、本店とジェイアール名古屋タカシマヤ店、阪急うめだ本店では、午前中に売り切れてしまうほど。

ハロウィンやクリスマスなどの限定缶となると、ものの数分で完売することも珍しくはない。また、「カフェタナカ」のオンラインショップでも、熾烈な争奪戦が繰り広げられ、IDやパスワードを入力しているうちに在庫切れとなり、泣く泣く諦めたという声も聞く。


「カフェタナカ」のシェフパティシエ、田中千尋さん(筆者撮影)

田中さんが「RÉGAL DE CHIHIRO」を立ち上げたのは、2010年。時代とともに店を訪れる客から日持ちのするお菓子を求められている中でのことだった。

「たまたま、かっぱ橋の道具街で可愛らしい缶を見つけたんです。手作りで温かみがあって、これに私の大好きなクッキーを詰めてみたいと思ったのがきっかけです。量産するつもりはなかったので、月に400缶をネット限定で販売しました」と、田中さん。

2010年には「エモい」、「映える」というフレーズもなかった。今、「RÉGAL DE CHIHIRO」のクッキー缶を眺めてみると、エモくて、映える。田中さんに先見性があったとか、周到なマーケティングによって生まれたわけではない。「RÉGAL DE CHIHIRO」の人気の背景には、母体である「カフェタナカ」の歴史と、田中さんのパティシエ人生があったのだ。

タナカコーヒーからカフェタナカへ

「カフェタナカ」の創業は1963年。父親である田中寿夫氏が当時はまだ珍しかった自家焙煎コーヒーの専門店としてオープンさせた「タナカコーヒー」が前身である。現在の店とは違い、客は男性が中心で相席は当たり前。客たちが吸うタバコの煙で店の奥が見えないこともあったという。


1963年、「タナカコーヒー」開店時の様子(写真:カフェタナカ提供)

「幼い頃からコーヒーは身近にありました。まだコーヒーが飲めなかったから、バタートーストをコーヒーに浸して食べていました。

学生になると、朝学校へ行く前に店を手伝っていました。当時はコーヒーのおつまみにピーナツを付けていたんですね。子ども心にピーナツではないなって思っていました。それが原点かもしれません」(田中さん)

田中さんの高校時代、名古屋・栄の三越に「ポン・デザール」というフランス菓子店がオープンする。従来の洋菓子とは一線を画した味と見た目の美しさに惹かれて、いつまでもショーケースに並ぶお菓子を眺めていたという。そして、自分の将来について「父のコーヒーに合うフランス菓子を作りたい」と考えるようになった。

短大卒業後、20歳のときに渡仏し、名門パリ製菓学校「Ritz Escoffier PARIS(リッツ・エスコフィエ・パリ)」、「Ecole Bellouet Conseil(エコール・ベルエ・コンセイユ)などでフランス菓子を学んだ。卒業後は三つ星レストランやパティスリーで修業し、フランス洋菓子の歴史や技、エスプリを習得した。

「父は半年くらいで帰ってくると思っていたようですが、2年間フランスで暮らしました。パリジャンたちも名古屋の人々のようにティータイムを大事にしていて、カフェを日常的に利用していました。パリのカフェ文化と名古屋の喫茶文化は共通する部分があると思い、ますますフランス菓子でティータイムを豊かにしたいという気持ちが芽生えてきました」(田中さん)

お菓子作りは引き算である

1995年、田中さんが帰国したのを機にパリのカフェのようなテラススタイルに店舗をリニューアルし、「タナカコーヒー」から「カフェタナカ」に店名も変更した。店内の片隅に最小サイズのものをさらに小さくカットしたショーケースを設置し、そこに田中さんが作ったお菓子を並べて販売した。


「カフェタナカ」外観。2021年9月に店内をリニューアルした(写真:カフェタナカ)

当時は今のようにパティシエが脚光を浴びることは少なかったが、パリ仕込みのお菓子の数々は評判を呼んだ。2003年にはジェイアール名古屋タカシマヤに、2007年には三重県桑名市の三井アウトレットパークジャズドリーム長島に出店し(現在、ジャズ店は契約期間満了のため閉店)、名古屋屈指の人気スイーツ店として知られるようになった。

田中さんが作るお菓子の特徴は、口の中に入れたときに感じる圧倒的な素材感。とくに青森や岩手、長野の契約農家から取り寄せたリンゴを使ったアップルパイや、仏・オーブナー産の栗から、昔ながらの伝統製法で作られたマロンペーストを使用したモンブランは田中さんのスペシャリテとして定評がある。


栗そのものの風味が味わえる「モンブラン」621円(写真:カフェタナカ)

「これまで約30年間、生菓子や焼き菓子、ショコラ、ジェラートなどいろいろなものをフランス菓子の技法を守りながら忠実に作ってきました。その結果、お菓子作りは足し算や掛け算ではなくて引き算だと思うようになりました。

農家さんが大切に育てたリンゴを生かしきるには、どんどん無駄を削ぎ落としていくことが大事なんです。6年ほど前に私が大きな病気をしたことにも影響を受けているかもしれません」(田中さん)

闘病生活は1年半も続き、半年間は何とか仕事をこなしていたものの、1年間は完全に仕事を休んで治療に専念した。パティシエとして厨房に立つことができないことへの苛立ちや悔しさは想像に難しくない。

とはいえ、病を乗り越えたおかげで身体も心もリセットすることができた。とくに食べたものが栄養分となり、身体へ吸収されていくことを実感した。以前にも増して食材にこだわるようになった。ただ単によいものを選ぶだけではなく、現地で生産者の収穫を手伝ったりする中で彼らがどのような思いで育てているのかなど食材の背景にあるストーリーも受け止めながら、お菓子作りに取り組んだ。

個包装では味わえない喜びがクッキー缶にはある

ここでクッキー缶に話を戻そう。缶を開けると、甘い香りが鼻孔をくすぐる。そして、缶の中に整然と並ぶクッキーを見ているだけで幸せな気分になる。個包装では味わえない喜びがクッキー缶にはあるのだ。しかも、クッキーの1枚1枚に田中さんのこだわりがギュッと詰まっている。

「子どもの頃、生まれてはじめて作ったお菓子がクッキーという方も多いと思います。材料を混ぜればできる、みたいなイメージもありますが、粉とバターと砂糖のシンプルな素材をいかに空気を纏わせながら混ぜ合わせていくかなんです。その温度やタイミングも気を配りますし、しっかりと火入れをして美味しさを凝縮させるのも重要です。この1枚の中にいろんな世界観を表現することができるのです」(田中さん)


趣向を凝らした7種類のクッキーが詰められた定番商品「シュクレ」(カフェタナカ提供)

定番商品「シュクレ」には、アーモンドとハチミツを黄金色にじっくりと焼き上げたフロランタンと、エクアドル産チョコレートの味と香りが楽しめるざっくり食感のディアマン・ショコラ、ココナッツとアーモンドの生地を焼き上げたサブレ・ココなど全7種類のクッキーが詰められている。

どれも過度な甘さはなく、素朴な味わい。やはりバターや小麦粉、アーモンドなどの素材感が際立っていて、ひと口食べるごとに丁寧に作られていることが伝わってくる。

「クッキー缶はフランス菓子の伝統と日本の贈りもの文化の融合だと思うのです。季節ごとのクッキーのイメージや缶の色を考えたりするのが私にとって、とても楽しくて幸せな時間なんです」(田中さん)

「RÉGAL DE CHIHIRO」のクッキー缶は、本店やジェイアール名古屋タカシマヤ店、阪急うめだ本店限定缶や、クリスマスやバレンタインなどのイベント限定缶もある。さらにクッキーにとどまることなく、クッキー缶に詰め込んだジェラートやショコラも用意している。それらをコーヒーや紅茶に添えるだけでティータイムが豊かなものになるだろう。もうすぐ迎えるホワイトデーに大切な人へ贈ってみてはいかがだろうか。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)