イギリスがウクライナへの供与を発表した主力戦車「チャレンジャ−2」は、戦況を一変させるゲームチェンジャーとなりうるのでしょうか。先代「チャレンジャー1」からの戦歴やその特徴、懸念される課題などを解説します。

西側主力戦車として初のウクライナへの供与

 2023年1月14日、イギリスが「チャレンジャー2」主力戦車を14両、ウクライナに供与すると発表しました。これはウクライナに対する、西側主力戦車の最初の供与表明となります。


イギリスがウクライナへ1個中隊分14両の供与を表明した「チャレンジャー2」主力戦車(画像:イギリス国防省)。

 ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアによるウクライナ侵攻の開始当初から、西側諸国に対しその戦車の提供を要望していましたが、戦火拡大の懸念やロシアとの関係も考慮して、西側各国は主力戦車の提供をためらってきました。

 ただ、ポーランドやチェコなど周辺国からはT-72戦車がすでに300両以上、送られていて、ポーランドには供出したT-72の穴埋めとして2022年7月からイギリス陸軍クイーンズ・ロイヤル・ハッサーズ連隊の「チャレンジャー2」1個戦車中隊14両が駐留しており、6か月の訓練ののちポーランド軍の指揮下に入ることになっているなど、ウクライナへの戦車援助は行われています。

 ともあれ、ここに来て初めて西側主力戦車「チャレンジャー2」がウクライナへ送られることになりました。同戦車は、戦局に影響を与えるゲームチェンジャーになるのでしょうか。


偽装し、待ち伏せ爆薬対策など防御力の補強改造を行った「チャレンジャー2」(画像:月刊PANZER編集部)。

 イギリスは実用戦車を発明しましたが、「チャレンジャー2」は事実上、イギリス最後の戦車です。2009(平成21)年初めに同国戦車メーカーのBAEシステムズ社が、戦車は冷戦後の非対称戦には不向きで、新規受注は得られないとの経営判断により、戦車生産部門を閉鎖したのです。既存車の改良はできても、新車の開発製造はできなくなりました。

「チャレンジャー2」は先代「チャレンジャー1」の改良型になります。この「チャレンジャー1」は、配備された当初は失敗作とさえささやかれていました。

 1987(昭和62)年に実施されたNATOの戦車競技会「カナダ陸軍杯」に、「チャレンジャー1」は同期にあたるアメリカのM1「エイブラムス」や西ドイツ(当時)の「レオパルト2」とともに参加します。主砲命中率では「M1」が94%、「レオパルト2」が92%だったのに対して「チャレンジャー1」は75%、平均射撃速度では「M1」が9.10秒、「レオパルト2」が9.60秒に対して「チャレンジャー1」は12.61秒と、惨敗する結果となりました。イギリスの落胆は大きく、議会で問題になったほどです。

湾岸戦争で実戦投入 「チャレンジャー」の真価は競技会にあらず

 1990(平成2)年に勃発した湾岸戦争にイギリス軍も派兵を決定し、その中に「チャレンジャー1」も含まれます。これを心配した当時のサッチャー首相は、何度も陸軍のレクチャーを受け、チェックを重ねてようやく承認したといいます。


1991年湾岸戦争に参加した「チャレンジャー1」(画像:PHC HOLMES、Public domain、via Wikimedia Commons)。

 ロシアのウクライナ侵攻と偶然にも同じ日付の1991(平成3)年2月24日、本格的な機甲戦となる「砂漠の剣」作戦が開始されました。果たして「チャレンジャー1」は、イラク軍のT-72など戦車300両以上を撃破し、損害無しというワンサイドゲームを見せたのです。「チャレンジャーは競技会のために造られた戦車ではない。戦争をするために造られた戦車だ」と、イギリス第7装甲旅団を率いたパトリック・コーティングリー准将が戦闘後に語っています。

 イギリス陸軍は、「チャレンジャー1」の次の戦車にはM1や「レオパルト2」を輸入することも検討していましたが、この戦果を受けて「チャレンジャー1」の評価は大逆転し、1991(平成3)年6月には「チャレンジャー2」の採用が決定します。


世界最強とも言われるアメリカのM1「エイブラムス」主力戦車(画像:アメリカ陸軍)。

「チャレンジャー」戦車の特徴は?

「チャレンジャー」の特徴は防御力の強さにあります。「第3世代」と呼ばれる現代の戦車の多くには、車体や砲塔の前面に鋼鈑とセラミック素材を組み合わせた複合装甲が使用されており、そして「チャレンジャー」は複合装甲の代名詞ともなった「チョバム・アーマー」を早くから実装しました。

 イギリスのチョバムにある王立装備研究開発機関が開発したことからこの名前が付き、実装を公表しているのはM1と「チャレンジャー」だけで、その組成など詳細は極秘となっています。「チャレンジャー2」は2003(平成15)年に勃発したイラク戦争でも、実戦で乗員に負傷者は出たものの戦死者は出しておらす、乗員から大きな信頼を寄せられています。

 また第3世代戦車が砲身に施条(ライフリング)のない滑腔砲を使用しているのに対して、「チャレンジャー」は施条のあるライフル砲を装備していることも特徴です。NATO標準の120mm砲弾が使えないというデメリットがあるものの、命中率が良く、安価な粘着榴弾(HASH)を使えるメリットがある、とイギリスは主張しています。もっとも「チャレンジャー2」の改良型となる「チャレンジャー3」では、滑腔砲が採用されるとのことです。

「チャレンジャー2」はウクライナでゲームチェンジャーたりうるか?

 こうした戦歴や特徴もあり、「チャレンジャー2」は、スペックだけ見ればロシアの戦車と互角以上に渡り合えることが期待できそうです。しかしゲームチェンジャーとなる保証にはなりません。ウクライナ軍が使いこなせるかは別問題だからです。

「チャレンジャー2」は、それまでウクライナ軍が使ってきたT-72系列とは全く違う戦車で、同軍が使用するには訓練と習熟が必要です。乗員も1名多く、装填手が必要です。さらに大きくて重く、「T-72」が42tから46tなのに対して「チャレンジャー2」は69tもあります。ウクライナの道路法規では、道路通行重量を44t以下に規制しているそうです。戦時なので法規がそのまま適用されるわけではありませんが、道路事情を考えると動ける範囲は限定されそうです。

 補給整備も問題です。「チャレンジャー2」の燃費はT-72よりも悪く、主砲は、先に紹介したような独特の砲弾を使います。整備方法もT-72とは違います。兵站の負担は増加し、稼働を維持できるかわかりません。


ポーランドがウクライナに提供を申し出ているポーランド軍の「レオパルト2」主力戦車(画像:ポーランド国防省)。

「チャレンジャー2」が供与されるからといって、これが嚆矢となって、ウクライナが強く要望しているM1や「レオパルト2」の供与も実現するかどうかは分かりません。ポーランドが「レオパルト2」の供与を発表したものの、ドイツの承認が必要です。そのドイツは、アメリカが自国製戦車を送ることが承認の条件という姿勢です。

 一方アメリカも、下院議長選出の混乱に見られるように、国内政局に影響されそうですし、ロイター通信によるとホワイトハウスのジャンピエール報道官が「どのような装備をウクライナに供与できるかは各国が自ら決定すべきだとバイデン大統領は考えている」と述べるなど、思惑はバラバラです。

 年明け早々の「チャレンジャー2」供与の発表は、イギリスの支援姿勢を示す外交アピール効果とともに、春にも予想されるロシアの再攻勢、またはウクライナの反攻という想定される戦局の変化を見据えて、西側戦車の訓練習熟や兵站を整えるなど戦力化に必要な期間を考慮したタイミングだったといえそうです。


演習で共同行動するM1「エイブラムス」戦車とM2「ブラッドレー」歩兵戦闘車(画像:アメリカ陸軍)。

 西側が供与した「チャレンジャー2」戦車および、M2「ブラッドレー」や「マルダー」歩兵戦闘車からなる機甲部隊と、ロシアのT-72戦車やBMP歩兵戦闘車からなる機甲部隊が直接砲火を交えるという事態になれば、東西の軍関係者が20世紀の冷戦時代に想定していた「夢」を確認する実験場になります。どうやら戦間期は終わり、21世紀の新冷戦時代に近づいているようです。