クリスマス直前に破局した30歳女。また、婚活市場に舞い戻るなんてつらすぎる…
レストランに一歩足を踏み入れたとき、多くの人は高揚感を感じることだろう。
なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。
これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。2022年クリスマス限定の特別編。
皆さま、今年も、Merry Christmas！
▶前回：28歳女が気にする、商社マン彼氏の“唯一の欠点”。今年のクリスマスは…
Vol.24 杏奈（30歳）のクリスマス【前編】
「話があるんだ」
LINEでそれだけを伝えてくる男は、不親切だと私は思う。
でも、今回康一に「話があるんだ」と言われたとき、私には、それがいい話ではないことが、容易に想像できた。
『康一：話があるんだ。20時に、表参道交差点の銀行の前に来れる？』
私は表参道駅に着く。重たい足取りで地上へと向かう。
クリスマス・イブを翌週に控えた今夜、街はにぎやかだ。
― ああ。こんなキレイな街で、私は今からフラれるんだな。
康一とは、8月の末頃に婚活アプリで出会った。
大手商社勤務、33歳。カジュアルなスーツを着こなした康一が、待ち合わせのカフェにやってきたとき、私はすぐに気持ちを持っていかれた。
そこから順調に交際に発展。付き合って3ヶ月目だった。
しかしこの3ヶ月間は、あまり順調ではなかった。
洋楽オタクの康一と、J-popしか聞かない私。アウトドア派で、釣りやらゴルフやらが大好きな康一と、休日は家でのんびりしたい派の私。
康一が、次第に私に退屈してきた様子は、手にとるように伝わっていた。
表参道交差点には人がたくさんいて、あたりにはイルミネーションが灯って華やかだ。
目を奪われていると、ベージュのダウンジャケットを着た康一が手を振る。
「杏奈！ごめんね。こんなところまで」
「ううん」
「寒いね…」
ほら、この気まずそうな雰囲気。私は笑顔を作る。
「寒いね。で、どうしたの？話って、なに？」
「ああ。正直さ、僕たち、合わないと思うんだ」
― やっぱり……。
せっかく作った笑顔は、10秒も持たず、悲しみに溶けていった。
「杏奈も、そう思わなかった？合わないなーって」
「ま、そうだね。たしかに趣味、全然合わないよね。でも私は…」
すがりつくなんてみっともないと思いながら、懇願する。
「私は、いくら趣味が合わなくても、一緒にいたいけどな」
趣味が合うかどうかが、交際をする上で必ずしも重要とは限らないだろうと、思わず熱弁をふるう。
「別に、それぞれ好きなことをしながら、一緒に生きることも可能だし」
康一は、さも納得したかのように数回うなずいた。
しかし、「ごめん」と苦笑いした。
「わかるけど、でも、終わりにしたいんだよ」
康一は私を交差点に残して、あっさりと去っていった。
街中の幸福感と活気に包まれながら、涙があふれる。
「やっぱり、ダメだったか…」
ふらふらと横断歩道を渡り、人通りの少なそうなほうへ、あてもなく歩いた。
すると、煌々と光を放つ、建物を見つける。
「TOKYO Whisky Library…？」
吸い込まれるように、店内に入っていった。
カウンター席に案内される。
私は、マンハッタンと、生チョコレートを注文した。
心地よい雰囲気に目を閉じながら、思う。
「今年のクリスマスも、またひとりか」
考えてみれば、婚活アプリを始めて、早いものでもう2年半。康一にたどり着いて、ようやく婚活から卒業できたと思ったところだった。
「お待たせしました」
琥珀色の液体がかすかに揺れる、カクテルグラス。
口をつけると、華やかで濃厚な香りがする。強いアルコールが、今は心地いい。
― 結婚相手として“いい”と思ったのになあ。
そのとき、私は気づいてしまう。
私は、康一にふられたことよりも、結婚が遠のいたことのほうに、悲しんでいるということに。
別れてしまったという事実以上に、また婚活市場に戻ることが、つらいのだということに。
― 康一と合わないことは自分でもわかってたのに、あんなに引き止めたなんて。私、自分が思っていた以上に、結婚に焦っている？
「誰でもいいから結婚したい」。そんな気持ちが心の底にあることに、気づく。
― どんな相手でもいいなんて、私も落ちたものね。
昔はもっと「選ぶ側」に立っていたし、誰でもいいなんて、思いもしなかった。
自分が、情けなく、みじめに思える。自嘲的に微笑むしかない。
フラれた直後よりも勢いのある涙があふれ、あわててハンカチで押さえた。
「…おいしい」
マンハッタンと濃厚なチョコレートに集中する。落ちつく店内の雰囲気が、悲しい気分をなぐさめてくれた。
心ゆくまで味わい、お会計を済ませると、外に出た。康一にフラれた現場である、銀行の前にまた戻ってくる。
― ああ、本当にキレイね。
今日のイルミネーションはずるい、と思う。その輝きで、私の不幸を浮き彫りにしてくる。
酔いが後押しし、涙がまたあふれてしまう。
「もしかして杏奈さん？」という声が聞こえたのは、そのときだった。
「え、平野？」
顔を上げると、元・後輩の平野が立っていた。2年前まで私と同じ人材系IT企業に勤務していた後輩だ。
「杏奈さんですよね？久しぶりです。こんなところでなにしてるんですか？え、泣いてる？」
慌てて、マフラーで顔を隠す。しかし平野は、無遠慮に顔を覗き込んできた。
「…大丈夫ですか？」
私が3年目のときに、同じ部署に新卒として入ってきた平野。それから私は3年間、トレーナーとして平野の面倒をみて、可愛がっていた。
「なんでもないって。平野、元気そうね。どうしてここに？」
「仕事帰りです。うちの会社、すぐそこなんですよ」
聞けば平野は、退職後すぐに、自分でイベント会社を立ち上げていたらしい。
活動的だなと感心してしまう。
「先月、神保町から表参道にオフィス移転したばかりで」
「へえ。こんな一等地に移転するなんて、順調なんだね？」
「はい。ありがたいことに」
平野は、2年間見ないうちにすごくしっかりとした雰囲気になっていた。
自分で会社を始めるとこうも成長するのかと、母親のような気持ちで感慨深くなる。
「なんか平野、成長したね」
そう言うと彼は、「え、太りました？」とおどけた様子でお腹まわりをさわってみせた。
平野が、必死で私を笑わせようとしてくれているのがわかる。
「杏奈さん、笑ってくださいよ。なにがあったかわからないけれど」
「うん…」
「ほら、この景色見たら、嫌でも元気出ません？キレイなイルミネーションですよ」
はしゃぐような平野の声。光り輝く木々。でも、気分は、まったく高揚しなかつた。
「私ね、イルミネーションって苦手。悲しい気分のときに見るものじゃない。キレイすぎて気持ちが負けちゃう」
平野が、不思議そうな表情を浮かべ、次の言葉を待っているのがわかった。
「あのね、今日、3ヶ月付き合った彼に、ふられたの。1時間くらい前に、ちょうど、ここで」
「え…それは、つらかったですね」
「うん。でも、彼にフラれたことより、実は私、結婚が遠のいたことが悲しくてさ。そんな自分に気づいちゃって、もっと悲しくなっちゃって。…なんか、惨めだなって思って、涙が出たんだ」
平野は、返事に困ったかのように「うーん」とうなった。
「まあ、いいのよ。私、実はもう30歳なの。30歳で未婚なら、婚活を頑張るより、この惨めさに慣れるほうが賢明な気がしてきたわ。これを気に、孤独に慣れるため努力を始めようと思う」
私は、また自嘲的に笑った。
しかし、平野がうかない顔で黙るので、なんだか気まずくなる。
「じゃ、私、電車で帰るから。元気そうでよかった、またどこかで」
地下鉄の出入り口に向かおうとしたそのとき、平野の手が、やさしくコートの袖をひっぱった。
「すみません、あの…」
平野の声は、小さく震えていた。
「さっきから自虐するの、やめてもらっていいですか？僕、杏奈さんにずっと憧れてたのに。…それに今久々に会えて、やっぱり素敵だなーって思ったところだったのに」
▶前回：華やいだ街、冷たい空気。女はクリスマスイブを楽しむために、彼氏ではない人に会いにいく
▶1話目はこちら：港区女子が一晩でハマった男。しかし2人の仲を引き裂こうとする影が…
▶Next：12月24日 土曜更新予定
【後編】「クリスマスイブを僕にください」平野は、そう言って…
