彼とのディナー。お会計をこっそり済ませたら…直後、彼氏に吐き捨てられた、まさかの一言
“インスタ映え”が流行語大賞に選ばれたのは、もう5年も前のこと。
それでもなお、映えることに全身全霊をかける女が、東京には数多く存在する。
自称モデル・エリカ（27）もそのひとり。
そんな彼女が、“映え”のために新たに欲したのは「ヨガインストラクター」という肩書だった―。
エリカは、ヨガの世界で“8つの特別なルール”と出合う。しかし、これまでの生活とは相いれないルールばかりで…。
◆これまでのあらすじ
大手食品会社が主催する、ヨガのイベントレッスン。講師を依頼されたエリカは、新たに2人の“本物のインストラクター”と出会い、刺激を受ける。そして、自分も彼女たちのようになりたいと思う。
▶前回：突如届いたDMに、予想外の“お誘い”が。「こんな話、選ばれし人にしか回ってこない…」
Vol.8 もう、今までの私じゃない
― わあ、19万も入ってる。
月末、アプリで口座を確認すると、ヨガで得た報酬が振り込まれていた。
「初めて報酬が出たときは、11万だったのに！」
3ヶ月前の収入は、礼子さんのところでのパーソナルレッスン4回で8万と、食品会社のイベントレッスンが3万だけだった。
それがいまや、その倍近くの金額をヨガ関連の仕事で稼げるようになったのだ。自分でも驚く。
収入が大幅アップしたきっかけは、件のイベントで出会った実力派のインストラクター・紗良と美波だった。
彼女たちが、解剖学のセミナーや講座、体験レッスンに連れていってくれたおかげで、根本から意識が変わった。
― もっと彼女たちに近づきたい！名実ともに、本物のインストラクターになりたい！
私は、その一心で、スキルアップに力を注いだ。
かつてレッスンをしたときにつまずいた部分も、今となっては、どうすればよかったのかわかるようになっている。
最近では、礼子さんのスタジオで、グループレッスンをさせてもらえるまでになったし、過去に失敗した1時間2万円のパーソナルレッスンも、徐々に依頼が入るようになった。
さらに、紗良が働く広尾のヨガスタジオでも、クラスを持っている。来週からは、ヨガ専門誌で定期的にポーズモデルもする予定だ。
― これって私、インストラクターとして認められてきてる…って、思ってもいいよね？
すっかり自信を取り戻した私は、浮き足立っていた。
明日は久しぶりの休み。今夜は、智樹を誘って外食するのもいいかもしれない。
エリカ：「今日、何時に仕事終わる？外でご飯食べない？」
智樹：「いいね、行こう。20時には会社を出るよ」
― やった！えっと服は…最近レギンスばっかりだったから。このワンピースがいいかな。
私は、支度を済ませると、軽い足取りでレストランへと向かった。
この食事の後、まさか彼からあんなことを言われてしまうだなんて、思いもせずに―。
「ともくん、お疲れさま」
「エリカもお疲れさま。最近、忙しかったんじゃない？」
私が予約をしたのは、恵比寿にある中華料理店『シー ケー ジェイ』。
時間ちょうどにやって来た智樹と、カウンター席に並んで座る。
「ちょっとだけね。でも、このあいだ骨盤ヨガの養成講座を受け終わったから、少しゆっくりできそう」
「そっか。仕事も順調そうだし、本当に頑張ってるよね」
「ありがとう！ともくんのおかげだよ」
「どういたしまして。じゃあ、飲み物頼もうか。今日は飲める？」
シェフが鍋を振る姿を眼前に、まずはビール。それから、ワインと中華のペアリングに舌鼓を打つ。
「ねえ、ともくん。この“黒酢の酢豚”ツヤツヤ…！すごくおいしい」
「うん、“大エビのチリソース”もワインとこんなに合うんだな」
― ともくんと外食って、2ヶ月ぶりくらい？やっぱり、こういう時間っていいな。
ヨガを離れ、彼と過ごす時間に、張りつめていた糸が緩む。
ここのところの私は、外食も、お酒を飲むことも、めっきり減っていた。
レッスンが増え、どうしても食事の回数や量、内容に気をつかうようになったのだ。ちょっとでも食べすぎると、体を動かしにくくなる。
結果、智樹と会う頻度も、会話の量も少なくなって、どうにかしなくてはと焦っていたところだった。
私は、失われていた智樹とのコミュニケーションを取り戻すかのように、とにかく話し続けた。
「実は来週、ヨガの雑誌の撮影があるの。ともくんと出会ったときみたいに、またモデルの仕事ができるんだよ？」
「へえ、それは楽しみだね。発売したら、買うから教えてよ」
ワインのボトルが、2本空くころ。彼も、頬を上気させながら、楽しげに私の話に耳を傾けていた。
「あー、お腹いっぱい！料理、全部おいしかったね」
「そうだね。もう22時か、そろそろ帰ろうか」
智樹も満足げにスマホを手に取ると、アプリでタクシーの手配を始める。
その隙に―。
化粧室に行くふりをして、私はこっそり会計を済ませた。
― いつもお世話になりっぱなしだから、たまには私が。
彼もきっと、喜んでくれるはず。
ところが、智樹の反応は、私が期待するものとはまるで違った。
タクシーに乗り込むと、窓の外に視線を向けながら―。
「こういうことは、してくれなくていいから…」
吐き捨てるような冷たい口調で、智樹はそう言ったのだ。
◆
「はあ…」
「やだ、エリカさん。ため息？」
「え？私、ため息ついてました？すみません…」
礼子さんのスタジオで、レッスンを終えた直後。どうやら私は、無意識のうちに大きなため息をついていたらしい。
「レッスンでなにかあった？」
「いえ、レッスンではなにも。実はちょっと、彼と…」
彼女とは、このところヨガのことだけでなく、プライベートな話もするようになっていた。だから、思い切って智樹のことを相談してみた。
「なるほどね。それって彼は、エリカさんがどんどん活躍していって、嬉しい反面ちょっと寂しさも感じてるんじゃない？会話も少なくなってたんでしょう？」
「そうですかね。でも、あんなふうに冷たい口調で言われたの…初めてです」
“ピコピコ”
そのとき、礼子が座る受付カウンターに置いていた私のスマホに、LINEが届いた。
「彼からじゃない？」
「…違います、菜摘子でした。今から、いつもの女子会メンバーでお茶しないかって」
正直、ちっともそんな気分ではなかった。
けれど、このままひとりで家に帰る気にもなれず、私は菜摘子に告げられたカフェへと足を向けたのだった。
「あ、エリカ！…って、その格好どうしたの？」
YouTuberの千波が、わざとらしく目を丸くしてこっちを見てくる。
「どうしたって、レッスンが終わってそのまま来たから」
この日の私のファッションは、ロイヤルブルーのレギンス。トップスのグレーのタートルネックニットは長い丈で、お尻までスッポリ隠してくれている。
上には、CANADA GOOSEのダウンも着ているわけだから、それほど奇抜な服装ではないはずだ。このカフェだって、カジュアルな雰囲気だし、さして問題はない。
好奇の視線を向けてくる千波を制してくれたのは、菜摘子だ。
「エリカ、海外セレブみたいですごく似合ってるよ！さすが、スタイル抜群だね」
「…ありがとう、菜摘子。真保も久しぶり」
「本当、4ヶ月ぶりくらいだよね。エリカ、なにか食べる？」
私は、真保が渡してくれたメニューを受け取ると、ザッと目を通した。
― お腹はちょっと空いてるけど。レッスンしてきたばっかりだし。
「うーん、私は“フレッシュハーブティー”にしようかな」
「やっぱりエリカは、スイーツとか甘いものは食べないんだ？」
先に到着していた真保は、自分の食べかけのカヌレに視線を移す。
「最近は、ほとんど食べなくなったかも。脂質とか糖質も気になるし、小麦粉と砂糖、あと動物性乳製品も控えてるの」
「うそ、それだと食べる物なくない？私には無理」
私の答えを一蹴すると、千波はケーキセットを頼んだ。
「今って、牛乳の代わりにアーモンドミルクとかオーツミルクとか、豆乳もあるし。パスタだって、米粉とか玄米粉の麵があるんだよ」
― みんなも、もっと気をつけたらいいのに。
嫌味でもマウントでもなく、親切心で言ったつもり―。だけど、この話に興味を持ってくれたのは、菜摘子ただ1人だけだった。
「へえ、エリカってずいぶん節制してるんだね。今度取材させてよ、エリカのヘルシーライフ！」
「そんな取材だなんて。あ、ねえ、菜摘子って、肩がこるって言ってたよね？」
フリーライターの彼女は、よく肩こりがひどいと口にしていた。
「キーボードを打つときって、どうしても肩が内側に入りやすいから。こうやって、肩甲骨同士をグーッと寄せるように意識するといいよ」
私は、腕を背中のほうにまわすポーズを取って見せる。
「うわ、これ意外とキツイね。でも、家でやってみようかな。ありがとう、エリカ」
喜んでもらえてよかった。そう思って、化粧室に行き、戻ったとき―。
「さっきのエリカ、なにあれ？意識高い系？」
「なにを食べたって、よくない？せっかくのケーキセットが台なし。プチ講座みたいなことまでしちゃって！菜摘子も顔、引きつってたよ？」
「違うちがう！あれは、体が硬いからそういう顔になっただけ」
真保と千波が中心になって、悪意のある言葉を並べているのを聞いてしまった。
だけど、不思議と怒りの感情は湧いてこなかった。
― 私はこれでいいの、今の自分がやってることが好きだし。
彼女たちとは、SNSのフォロワーが多い者同士というだけのつながり。タグを付け合って写真を投稿すれば、それぞれのフォロワーが自分のアカウントに流れてきてくれる―。定期的に会う目的は、それだけだ。
だから逆に、嫌なシーンを目の当たりにして、関係を清算するいいきっかけになったと思うことにした。
「ごめん。私、このあと用事があったんだ。先に帰るね」
自分の伝票を手に取ると、ハーブティーを半分以上残してその場を去った。
ふいに、ヨガ哲学にある8つのルールの1つ“感覚制御（プラティヤーハーラ）”ができているような気がした。これまでだったら、カッとなって言い返していたことにも、過剰に反応しなくなったのだ。
― それよりも、ともくんと話し合わなくちゃ。あと、家に帰って、明日のレッスンの練習もしたいし。
エネルギーの使い方がうまくなった、とでもいうのだろうか。もう、前回マウントを取られたときのような、嫌な疲れ方はしていなかった。
◆
翌朝、ベッドの中でInstagramを開いた私は、大きな声を出さずにはいられなかった
「…ん？このDMって、えーっ！」
なぜなら、その送り主が―。
▶前回：突如届いたDMに、予想外の“お誘い”が。「こんな話、選ばれし人にしか回ってこない…」
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