「妊娠しました」彼にLINEで告げるも音沙汰なし…。堪りかねた女が自宅へ乗り込むが…
「女の敵は女」
よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。
女同士の友情は感情が共鳴したときに仲が深くなり、逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、愛情が憎しみへと変化する。
この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。
だが、うまく修復できればふたりの仲はより深いものになる。
ここに、性格が正反対のふたり女がいる。
ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。
テレビ局勤務の諒子は、離婚したばかりの大学の同級生・マリと再会し同居中。諒子はマリの助言もあり、ダメ男である恋人・錠と距離を置く。それもあって、仕事も順調に回り始めたが…。
▶前回：浮気を繰り返す男との別れを決断した女。その矢先、追い打ちをかける悲劇が…
Vol.12 最悪の選択肢のはざまで
「妊娠7週目ですね」
有給休暇を取った午前中。
生理の遅れが気になり、婦人科へ診察に行ったところ、諒子は医師にそう告げられた。
帰りに美味しいランチでも食べて帰ろうと思っていたが、その気は全くおきない。
なかなか帰宅できない諒子は、『CAFE GITANE』でデカフェを飲みながら、時間をつぶした。
― どうしよう…。
子どもの父親は、錠で間違いない。
諒子には、子どもを持ちたいという気持ちは以前からあった。
錠と早く結婚したかったのも、恋愛感情だけでなくその気持ちがあったからだ。
その矢先の、今回の出来事。
一方、仕事でも、ずっと願っていた自分の企画を実現できることになったばかりだ。
子どもを産むことになったら、そのチャンスを逃すことになるかもしれない。
そのことを思うと、『中絶』という二文字が頭を過ぎる。
― もし、私がそうしたら、マリは…。
マリは、何年にも及ぶ不妊治療に苦しんだ挙句、それがきっかけで最愛の夫と離婚をした。
もし、彼女に相談をしたら「産んだほうがいい」と言うだろう。
そのうえ、子どもを切実に望んだマリは授からず、仕事に邁進したいと思う私が授かったという不条理に、彼女は心を痛めるに違いない。
彼女のためにも、中途半端な状態での報告はできないと、諒子は考えた。
― このことだけは、自分で判断しなきゃ。
ここ最近、マリにはどんなことでも話していた諒子だったが、この件について、ゆるぎない答えを見つけるまで、心の中にしまっておくことにした。
◆
「珍しい、諒子がフルーツジュースなんて」
恵比寿西口のほど近くにある『春秋ユラリ』。
久々にふたりで外食しているときのマリの言葉に、諒子はわかりやすく肩をビクッとさせた。
「明日会社の健康診断なの。それに、このお店はフルーツジュースにもこだわりがあるらしくて。このぶどうジュース、1年寝かせたものらしいよ！」
「そうなんだ。私もあとで飲んでみようかな」
妊娠発覚から1週間。
いまだ諒子の中での結論は出ていない。
産みたい思いはあるものの、過酷さは十分理解しているがゆえに子どもを抱えて、仕事をバリバリこなす生活が全く想像できないのだ。
― ハァ…本当に先が全く見えない。
まだ時間はあるものの、体のことを考えるとゆっくりしてはいられないはずなのに――。
「最近、白沢くんとどうなの？」
話を逸らすべく尋ねると、マリは待っていましたとばかりに嬉しそうに答えた。
「実は、少し前から付き合い始めたの。アプローチがすごいんだもーん」
今までもこういうことはよくあったので気にしていなかったが、最近のマリは帰宅しない夜が多々あった。
彼とは現在、半同棲状態だという。
聞けば、白沢はマリに一目ぼれだったという。
当初はマリが、大物選手の妻ということもあり、白沢は積極的に誘ったりはしてこなかった。
だが、マリが離婚したことをきっかけに、たがが外れたようにアプローチが激しくなり、交際に至ったのだという。
「え、なんで教えてくれなかったの」
「だって、諒子の話題の方が優先だから」
思い返せば、マリが離婚し、錠の浮気疑惑が発生してから、彼女との話題は自分のことばかりだった。
「そうなんだ。ごめん」
「その方が面白いからいいのよ。この際だから告白するけど、北海道に帰るのも、白沢くんの影響なのよね。彼の地元も北海道なのよ。ゆくゆくは彼も地元で家業を継ぐ予定なんだって」
幸せそうに笑顔で話すマリ。諒子は心から「おめでとう」と告げる。
― いい相手、見つかってよかったな。
その後は、今まで聞けなかった分、マリのノロケ話を思う存分聞いた。
そして、彼女の笑顔に思う。いつまでも悩んでいられない、と。
彼女が出て行ってからはひとり、あるいはひとりと幼子だけで生きていかなければならないのだ。前向きにならないでどうするのだ。
素直に生き、そして幸せを掴んだマリの笑顔を見て、諒子は決心した。
― 子どもも産んで、自分も幸せになってやる！
シングルマザーになる決意
「え……、ベビーシッターと託児サービス？」
翌日。
諒子は自分が仕事をこなしながらシングルマザーとして生きる手段をリサーチすべく、先輩ワーキングママである千奈津をランチに呼び出した。
「そうなの。ドラマの描写で必要だから。千奈津はさ、共働きだけどほぼワンオペだって言っていたじゃない。どうしているのかなと思って」
「うーん。私は大変な時は近くに住む親に頼っているから、なんとも」
「親…」
諒子の母親は5年前に亡くなり、父親も遠く九州に住んでいる。しかも70代の高齢だ。
「親を頼りにできない時は？」
「それはないかな。うちの親、孫大好きだし。行政サービスも地域によって違うからな」
「千奈津は私と同じ渋谷区じゃない。わかる範囲でいいから」
すると、千奈津は「ん？」という顔で諒子を見た。
「もしかして…」
千奈津は何か気づいたようだ。諒子の下腹部に目線がいっている。さすが、経験者は鋭かった。
諒子は観念し、今まで千奈津に話していなかった錠のことや、結婚をせず子どもを産み、今まで通り仕事を続けたい意志を告白する。
おしゃべりな彼女に、本当は話したくはなかったのだが。
「うーん…私は、どちらかは諦めるべきだと思うけど」
思い切って告白したわりに、期待した答えは返ってこなかった。
見当違いの回答に、言ったことを諒子は後悔した。そして千奈津はさらに追い打ちをかける。
「あと、私が理解できないのが、まだ相手に話していないってことなのよね」
「うっ…」
距離を置いたとはいえ、錠と正式には別れていない。
マリに言うかべきか迷う前に、本来であれば錠に最初に話すべきことなのに。
― でも、追いすがっているようで嫌。それに…。
実は、錠に対していまだ揺らぐ気持ちが諒子にはある。もし「ふたりで一緒に育てよう」と言われたとしたら…。
だからこそ、すべてが落ち着いた上で錠には話したいと考えていた。
「あ、じゃあ私、時間だから」
「ありがとう、千奈津」
結論が出ないまま、ランチは制限時間を迎えた。結局シングルマザーとして生きていくヒントは、得られなかった。
だが、冷静な千奈津の反応は理解できた。
マリに告白しても同じことを言われるだろうと予想はつく。現実という冷水を浴びせられたような気がした。
― 背中押されたんだし、言うしかないか…。
諒子はランチ後、すぐに錠にLINEで伝えることにする。
『妊娠しました』と。
◆
だが…。
数日が経っても、彼からの返信はなかった。
― 既読にはなっているんだけどな。やっぱり、錠は錠だったか…。
だが、このまま音信不通であれば、お腹の子の認知問題にもかかわるのだ。
ダラダラ問題を先延ばししている自分に喝を入れるべく、諒子は彼の家に直接赴くことにした。
不在の場合の手紙と、妊娠したという証拠のエコー写真を手に。
錠の暮らす祐天寺のマンションは、30年前に彼の両親が購入したという洋風でクラシックな作りの建物だ。
趣があるが、オートロックはない。諒子は3階の彼の家の前に直接立ち、まずは様子を伺った。
部屋の明かりがうっすらついている。在宅はしているようだった。
― 家にいるなら、LINEくらいすぐ返せるでしょうに。
諒子は怒りを抑えつつ、まずインターホンを鳴らす。
― あれ？
中からは、何も反応がない。
静かなままで10分ほど経った。
― …もしかして。
にわかによぎる不安。
思わず、ドアノブに手をかけると、簡単に扉があいた。
「錠…？」
部屋の中に広がっていた光景に、諒子は目を見開いた。
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▶1話目はこちら：35歳独身女がセレブ妻になった同級生と再会。彼女が放った高慢なひと言に…
▶Next：12月28日 水曜更新予定
次回最終回。恋人・錠も、親友も失い…絶望の諒子はその果てに――
