井上尚弥は「ヒリヒリする技術戦」を求めて階級を上げる【写真:浜田洋平】

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井上尚弥が一夜明け会見

 ボクシングの世界バンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)が14日、WBO王者ポール・バトラー(英国)との4団体統一戦から一夜明け、神奈川・横浜市内の所属ジムで会見した。前夜は東京・有明アリーナで11回1分9秒KO勝ちし、アジア人初、世界9人目の4団体統一を達成。強すぎるがゆえに早期KO勝ちを求められる苦労、「ヒリヒリする技術戦」を求めて階級を上げることなどを明かした。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 笑いながらも、珍しく後ろ向きな言葉に聞こえた。一夜明け、井上は11回を戦ったとは思えないほど綺麗な顔で取材対応。記者たちに囲まれながら本音を漏らした。

「やっぱり勝ち方を問われるから苦しくなる。結果を出すだけ、勝つだけなら楽しくボクシングができるんですよね。昨日はバトラーが亀になったので、会場の雰囲気も『長引いてるぞ』というのはなかった。『あれ? あれ? もう5ラウンドだぞ』ってなっているとやりにくいじゃないですか(笑)」

 バトラーが防御最重視のスタイルを貫き続けたのは、見ている側もわかる。だから、長いラウンドになってもボクシングファンには大きな消化不良感は生まれなかったはずだ。

 それでも、世界初となる「4団体全KO奪取」の大記録が懸かった一戦。「(KOは)チラついたし、お客さんのそういう声も聞こえた。プロとして見せるべきものを見せたかった」。11回開始前、ギアを上げるポーズを取り、結果的に仕留めきった。

 もはや瞬殺KOが代名詞と思えるほど、次元の違いを見せつけてきた。たった70秒で世界王者経験者を倒したことだってある。「期待を超える試合をする」。自らを追い込み、モチベーションに繋げるためにも強気の発言をしてきた。

 勝ち方へのこだわりはあるのか。そんな問いに「対戦相手による。調整試合、格下相手にタラタラやっていてはダメですけど、トップ戦線での試合はひとまず勝つことが重要」と強調する。しかし、直後に「あまり勝ち方、勝ち方って言わないでください(笑)。バンタム級ではいいんですよ。でも、階級制のスポーツなので」と続けた。

 ファンが求めるもの、メディアの注目は知っている。その重みは背中で受け止めてきた。「期待を感じるし、そうじゃないといけないと思う。期待を超えることはいつものように目指してやりたい」と、今まで大事にしてきた超一流としての気構えを崩すことはない。ただし、この先はこれまでと異なる領域に入っていく。1.8キロ重いスーパーバンタム級への挑戦だ。

「スーパーバンタム級は倒しに行ったから倒せる領域じゃないです。170センチ台前半がゴロゴロいるし、(165センチの自身は)体格的にも劣ってくる。戦い方を考えないといけない」

減量苦以外の階級変更理由「毎回ヒリヒリする技術戦をしたい」

 過去のどんな名選手でも階級を上げれば、KO勝ちが減っていった。階級制のスポーツである限り訪れるもの。バンタム級まで無双を誇ったモンスターの拳も、どこまでも立ち向かえるわけではない。では、これからの井上はどんな試合を見せてくれるのか。

「しっかり組み立ててボクシングをする。スーパーバンタム級は相手が大きかったり、スタイルが違ったりすることもあるので、変えていく必要もある。それは自分の引き出しからチョイスするだけ。体力勝負の選手にゴリゴリ体力勝負をするつもりはないです。ゴリゴリ打ち合う選手が相手なら打ち合わない」

 階級アップの理由には、約11キロに及ぶ減量が苦しいこともある。一方、バンタム級に相手がいなくなった井上にとって、体格の大きな相手への「挑戦」というモチベーションを手にするためでもある。

「毎回ヒリヒリする技術戦をしたいから階級を上げます。そういう試合なら勝ち方が何であろうと、(ファンは)ワクワクすると思う。昨日みたいな『勝ちは確定。あとはどう倒すか』という試合はやりにくい。ドネア1戦目は自分の片目が見えなかったにしろ、ああいう何があるかわからない試合(12回判定勝ちの死闘)は本人も、見ている人も楽しかったと思う。階級を上げればそういう緊張感が出てくる。ボクシングは組み立てだと思っているので、そこを見てください!(笑)」

 ライト層のファンには倒すか否かがわかりやすいが、見る側の“成長”も求められる。実際、バトラー戦も、1年前に8回TKO勝ちしたアラン・ディパエン戦も、井上はあらゆるボクシング技術を見せてくれた。父・真吾トレーナーも「昨日は11回までにいろんなことをやってくれた。見ている人もいろんな面が見られて楽しかったのでは」と語る。

 来春以降に想定する次戦はバンタム級の可能性も残しながら、井上は「すぐに挑戦できるならしたい」とスーパーバンタム級の世界挑戦を希望する。4階級制覇なら井岡一翔(志成)に次ぐ日本人2人目、2階級で4団体統一すれば世界初の歴史的偉業。ただ、引退時期を「35歳」と公言する井上にとって、記録はモチベーションにはなっても、最終目標ではない。

「自分のゴールは年齢やパフォーマンスの低下(の時期)で考えているので、何階級制覇とか何団体統一がゴール、引退時期とは考えていないです。それまでは全てが通過点になると思う。スーパーバンタム級に上げれば本当に気を抜けない戦いになる。全体的にスリリングな試合になると思います。自分はどこまでも挑戦したい。挑み続けていきたいです」

 持ち上げられないほど重い期待を受けるのは、スーパースターの常。次の領域では、KOとは違うボクシングの魅力を伝えてくれるだろう。とは言っても、また衝撃的なKOを見せてくれそうな気もする。いずれにしても2023年もモンスターのリングに注目だ。

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)