「女の敵は女」

よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。

女同士の友情は感情が共鳴したときに仲が深くなり、逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、愛情が憎しみへと変化する。

この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。

だが、うまく修復できればふたりの仲はより深いものになる。

ここに、性格が正反対のふたり女がいる。

ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。

◆これまでのあらすじ

テレビ局勤務の諒子は、離婚したばかりの大学の同級生・マリと再会し同居中。諒子は恋人の脚本家・錠と仕事を共にすることになったが、錠はドラマの出演女優に惹かれているようで…。

▶前回：タクシーで家に帰ったはずの彼氏が別の場所に！？アプリ決済で判明した男の嘘




Vol.11　いい知らせ・悪い知らせ


恵比寿駅から少し歩いた、広尾に近い明治通り沿いにあるフレンチビストロ『ヨシダハウス』。

諒子は、仕事が一段落したタイミングで、錠を食事に呼び出した。

―『あのコのこと、大好きになっちゃった』―

先日、そんな言葉で恋人の錠から別の女性を好きになったことを知らされた。

アルコールが入っているときの発言なので、いつもの諒子なら、傷つきたくないという思いから聞かなかったフリでやりすごしているところ。

しかし、マリの言葉で火がついたのだ。

― 今のうちに、真剣に問い詰めておかないと。

錠は、真鯛のカルパッチョをつまみながら相変わらずの呑気な笑顔を見せている。

「ホント、どれも絶品でワインに合うね」

「そうね…」

気軽につまめるアラカルトは、どれもふたりでシェアするのにちょうどいい量。

緊張していた諒子だったが、美味しい料理とアットホームな空間に自然と気持ちもなごんでいた。

「ねえ、錠。この前の話なんだけど」

おかげで、例の件も自然なタイミングで口に出すことができた。

「ああ、彼女のこと？実は、フラれちゃったんだよね」

「え、そうなの…」

質問に即答し、シュンと肩をすぼめた錠。

拍子抜けのあまり、怒るどころか呆れてしまった。

「彼氏がいるんだってさ。仕方ないよね」


あの夜、自宅ではなく高円寺に行ったのは、単純にもう一杯飲みたかったからだと錠は言った。

行きつけで一晩明かし、駅前ロータリーで朝を迎えたらしい。

― なんなの……？本当に、ダメ人間。

そう感じながらも、安心からか諒子の表情は和らぐ。

そして、そんな相変わらずな彼を「かわいいな」なんて思ってしまう自分もいる。

― 私も、ダメだなぁ……。

「お騒がせしてゴメン。でも、諒子は懐が広いね。僕の前ではあまり怒らないしさ。そういうところが好きなんだ」

好きなんだ。たったひと言なのに、諒子は体が熱くなった。まるで魔法にかかったような、そんな気分。

今夜、諒子は、恋の終わりを半分覚悟してこの店に来た。

浮気相手の女性のことが「本当に好き」だと言われたら別れる。

本気じゃなかったら「自分は結婚したいから真剣に自分と向き合ってほしい」と告げる。そういう決心で。

恐らく前者だと諒子は踏んでいた。

だが、結果、相手とは始まってもいなかった。

そしてさらに甘い言葉を囁かれたら、もう一つの方針で進めるしかない。

そんなとき、マリの言葉が頭の中によみがえってきた。

まるで、暴走する恋心を引き留めるかのように。




――「正直、錠はまた繰り返すよ」――

胸がドクン、と波打つ。さらに脳内で追い打ちをかけるマリの声。

――「ただ結婚したいからでしょ。相手が錠じゃなくてもいいと思う」――

だが、目の前では錠が手を握り、トロンとした表情で甘く囁いている。

「俺、最後まで一緒にいるのは結局、諒子かもな」

溶けるような笑みと、脳内でのマリの苦い顔がせめぎあう。

そして、諒子は震える声で錠に告げた。

「錠……あのね、私は――」

◆




諒子は恵比寿の自宅に帰るなり、錠と会話した内容をマリに報告した。

「錠と、距離を置くことにしたよ」

「えっ、なんで？」

マリは驚いた顔をする。

「なにその顔は。決着をつけろって言ったのはマリでしょ」

「だからよ。よくやったとは思うけど、距離を置くだけ、なんだよね」

「うん――」

まだ錠に煮え切らない思いがあるのは事実。

だが、少し時間と距離を置いて諒子は考えたかった。

浮気を告白された晩も、マリに言われた言葉の数々を、当初は意地もあり受け入れようとしなかった。

しかし、冷静になると不思議と納得できたのだ。

だから、錠のことも、落ち着いて考えて最終結論を導き出したい。

これから先、後悔しないように。

「でも、心配だな、結局は錠の方に行きそう。保険かけている感じ」

「その時は仕方ないよ。とにかく、今は自分自身と向き合いたい」

「うーん…」

諒子の言葉を、不安そうな顔で聞くマリに、胸がチクリと痛んだ。

本当に彼女は諒子のことを思って言っているのだろう、そんな気がしたから。

恋愛よりも、しばらくは仕事に没頭しよう、諒子がそう心に決めた数日後――。


めでたい知らせ


「おめでとう。来年夏の21時台の枠でGoサインが出たよ」

昼下がりのテレビ局オフィス。

局長・村井のデスクに突然呼ばれた諒子は、念願の報告を受けた。

「オリジナルの連ドラですか…」

「もちろん。君が何度も出していた企画だよ。制作統括をお願いするから、よろしく」

チャレンジしては突き返されてきた企画が念願叶って採用されたのだ。しかも、注目度の高い放送枠で。

先ごろ携わったドラマの評判が良かったからだろう。

錠の執筆回も、諒子が番外編的な回だと事前に根回しをしていたおかげか、「お口直し的なこういう回もアリ」「斬新なストーリー」と視聴者からもある意味好評だった。

何よりも色々な現場をクビになった錠をいさめ、忠実に職務を遂行した諒子に村井は感心したのだという。

その流れもあり、若手の育成もかねてドンと任せてみようという判断になったそう。

― やっとつかんだチャンス、絶対に成功させなきゃ…。

諒子は嬉しさと興奮で、思わず震えた。

◆

「おめでとー！絶対にそれ、疫病神の錠くんがいなくなったからだと思う」

「マリはそう言うと思った……」

その晩、マリがどうしても焼肉を食べたいということで訪れた『焼肉一七三 向山』で、諒子はマリにドラマの企画が通ったことを報告した。




「でも、本当によかったね。諒子、大学の頃から、純愛ドラマを作りたいって言っていたからね」

「うん、これからすごく忙しくなりそう」

諒子はマリに笑顔を見せる。

自分のやりたい仕事ができる嬉しさもあったが、これでしばらくは忙殺されて、錠のことを考える隙間がなくなることが諒子にとってありがたかった。

そして結局、大学卒業後のように、彼とは自然消滅となるだろう。

逃げではあるが、臆病な自分にとってはそれが一番いい終わらせ方だと諒子は考えていた。

「じゃあ、私がいなくても、立ち直れそうね」

マリはやれやれと言った顔でグイッとワインを飲み干した。

「え？どういうこと？」

「実は、そろそろ恵比寿の家を出て行こうと思っているの。吹っ切れた、とまではいかないけど、諒子のおかげで立ち直ってきたから。今まで本当にありがとうね」

突然のマリの告白に諒子は唖然とした。

「そんな…私はいいのに」

「でも、ひとり立ちしなきゃ」

「すぐ出て行っちゃうの？」

「諒子が良ければ春をめどにしようと。帰るとしたら地元になるもの。あっちの冬は寒いからね」

「地元？実家って、北海道だよね！？」




思わず声が上ずった。

彼女が出て行ったとしても、新しい恋人でも作って都内で華やかに暮らしていくものものだと思っていた。

「なにその顔。寂しいの？」

「そうだよ！」

念願の仕事の企画も通り、今日はここ数年間で一番幸せな日だった。

しかし、マリの告白で、諒子の気持ちは一気に突き落とされた。

「おいし！いくらでも食べられる」

諒子が沈んでいる間にも、マリは大好きだというハラミを次々注文し、現時点で3人前平らげている。

「よく食べるね…」

「今日はアノ日だから、どんなに食べてもエネルギーになるのよ」

アノ日、とは“月のもの”の日である。

「不妊治療している時は絶望だったけど、今はチートデイみたいで楽しくてね」

4皿目のハラミを注文し、幸せそうなマリ。

その無垢な笑顔に、よどんでいた気持ちも少々和らいだが……。

― そういえば、私も……。

諒子はふと、あることに気づいた。

胸のあたりでモヤモヤしていたものが、喉元にせりあがってくるような感覚。

諒子はそれ以降、アルコールを飲む手が止まってしまった。

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恋愛と友情と仕事。諒子はすべてを失ってしまうことに……