「自由がない」子持ち女。「孤独」な独身女。アラサー女たちを襲うリアルな閉塞感の正体

2022年12月10日 5時5分

人生のステージが変わるたび、女の友情はカタチを変える。

そしてドラマの舞台も…。夜の港区から、昼の港区に変わるのだ。

20代は深夜の西麻布で、30代は昼の麻布で。女たちは時に嫉妬し、時に優越感に浸る。

これは大人になった女たちが港区で繰り広げる、デイゲーム。

◆これまでのあらすじ

子どもを寝かしつけた後、サトミは1人で飲みに行く。久しぶりの夜の街を楽しもうと思っていた時、優子の夫・堀井平蔵が他の女性といるのを見かけてしまう…。

▶前回：子守を夫に任せて外出した妻が、帰宅後に見た最悪な光景「こんなこと…ありえない！」

隣の芝生が青い理由

「わぁ～すごい！いい部屋だねぇ」

私は、菜々緒と優子と子どもたちと『ふふ箱根』に来ている。

「ここ、ずっと気になってたんだよね。サトミと菜々緒と来られて嬉しい～！」

優子はそう言いながら、ラグジュアリースイートの部屋を歩き回り、動画や写真をせっせと撮っている。

「温泉に行こう」と言い出したのは菜々緒で、宿泊代も少し多めに出してくれた。

最初はなぜだかわからなかったが、きっと、菜々緒なりの罪滅ぼしなのだろう。

彼女は、優子に内緒で彼女の夫・堀井平蔵とふたりで会っていたことを、予想以上に反省しているらしい。

「おてて洗おうね～」

私は、息子を抱き上げ洗面台に連れていった。

夫にあり得ない子守をされたばかりだったので、息子を夫に預けずに連れてきたのだ。

優子も娘を連れてきているので、とてもにぎやかで楽しい。

「菜々緒、優子。ごはんの前に、大浴場行ってきていいよ。私がふたりを見てるから」

私は、菜々緒と優子を2人きりにしようと、半ば無理やり2人を部屋から追い出した。

「いいの？じゃ、優子、行こうか」
「ありがとうサトミ！お言葉に甘えて」
「ごゆっくり～」

菜々緒に目配せをし、2人を見送った。

私は、部屋の冷蔵庫からクラフトビールを取り出し、グラスに注ぐ。

子どもたちは、お互いをどことなく意識しながら、部屋の中を動き回り遊んでいる。

― 私も、優子に話さなきゃなぁ…。

先日1人で飲みにいった時、優子の夫である堀井平蔵が、“新婦ちゃん”こと、既婚の女性と一緒にいるのを見てしまったのだ。

これは女の勘だが、2人は仕事の関係性ではない気がした。少なくとも、友達以上の距離感だったから。

ビールを飲み終わった頃、2人が大浴場から戻ってきた。

「ただいまー。気持ちよかったぁ。サトミも後で行っておいでね。部屋のお風呂と、温泉の種類がちがうみたいよ」

ここの旅館は、客室の温泉は強羅温泉で、大浴場は大涌谷温泉を引いている。

私はここができたばかりの時に来ているので、客室露天風呂に入れたら十分だ。

2人は温泉の気持ちよさに浸っている。スッキリとしたいい顔をしているから、きっと菜々緒も、堀井平蔵とのことを話せたのだろう。

「夕食の時間まであと15分だから、メニュー選んじゃお」

私は息子のオムツを替えながら、マイペースな菜々緒と優子に言った。

夕食は日本料理『山の笑』にしたのだが、ここはメイン料理3品を選べる、プリフィックススタイルなのだ。

「そうだった！やばい私、優柔不断なのに」
「じゃあ、私が選ぼうか？」
「えっ。それはヤダ！」

私たちはキャッキャと笑いながら、メニューを決め、子どもたちと一緒に早足で食事処へ向かった。

1杯目はビールで乾杯し、その後は日本酒を飲むことにした。

料理はどれも美味しく、スタッフの質も高い。私たちはメイン料理まで食事を進めていった。

「あのさ、優子。聞いた？その…。菜々緒が旦那さんと、何度か飲みに行ってたってこと」

話題もなくなり会話が落ち着いてきた頃、私は優子に聞いた。

優子は、お猪口に残っていた日本酒を飲みきってから答える。

「うん。さっき温泉に入りながら話したよ。うちの旦那はエンジニアだし、菜々緒はデザイナーでしょ？つながっていてもおかしくないよ」

「…優子、黙っていて本当にごめんね。もう会うことはないから」

菜々緒は、箸を置いて頭を下げた。

「やましいことがないのはわかってるし、私たちが再会したのも最近のことだから、全然いいよ。それより、温泉旅行を提案してくれてありがとうね」

優子は、さほど気にしていないようだ。菜々緒のことを信用しているからだろう。

私はホッと胸をなでおろした。

「ていうか、こんなふうにお酒が飲みたいと思ったら、温泉に来ればいいんだね」
「ね、小さい子どもがいると夜は特に難しいからな～。たまには個室じゃなくて、カウンターで食事したいなって思うもん。お寿司とか鉄板焼きとかさ」

優子がしみじみ言うので、私もトーンを合わせて答えた。

食事は終盤に差し掛かり、残すはデザートだけとなっていた。

3人ともお酒を結構飲んだので、会話もストレートな言い方になっていく。

「菜々緒は、独身だもんね。自由でうらやましいなぁ」

私が言うと、菜々緒があまりにも悲しそうに笑ったので戸惑った。

「そう？そんなによくもないよ～。独身もそれなりに大変っていうか、自由だけど孤独？っていうかさ…。今は彼氏もいないし！あはは」

結婚したら、自由はいくらか減る。子どもが生まれたら、さらに減る。

だけど、それと引き換えに私は大切な家族を手に入れた。

独身時代と比べて不自由なのは、仕方ないことだし、結婚を望んだのは私だ。

生活や夫に不平不満を言う前に、感謝すべきなのに、最近の私はそんなことも忘れていた。

「私は、サトミのこともうらやましいけどね」

ほろ酔いの優子が言う。

「どうして？私は、優子と同じ立場だよ」

そう答えたが、優子の言いたいことはなんとなくわかった。

本当は優子も、港区を離れたくて離れたわけではないはずから。

みんな、ライフスタイルの変化を受け入れるために、何かと何かをずっと天秤にかけている。

隣の芝は青く見えるものだ。

私も、優子が綺麗なタワマンに住んでいることを、少しはうらやましいと思う。

「ねぇねぇ！今度、3人で夜遊びしようよ！昔みたいに。2人とも子どもが小さいから、誘うのを躊躇していたけど、月1回くらいならアリ？どうかな」

菜々緒が言った。

「いいね！」
「よかったぁ～」

ここで私は、ようやく本題を切り出した。

「そういえば、先週私1人で飲みに行ったの。そこでね…実は、見ちゃったんだよね」
「見たって、何を？」

菜々緒と優子が、顔を見合わせている。

「とりあえず、部屋に戻ってから話すわ」

私は、ごはんを食べ終わって騒ぎ始めた子どもたちを見かねて、そう2人に言った。

部屋に戻り、息子をお風呂に入れてから、客室露天風呂に浸かり一息ついた。

そして、2人に話し始めた。

「優子の旦那さんと、女の人がね、同じ店で食事していたの」
「えっ？」
「！！！」

真っ先に声を出したのは、優子の方だ。

「それと、これは言うつもりなかったんだけどさ…私のインスタにDMも来ていて…。これ。内容見て」

私は、優子の夫である堀井平蔵から受け取った、ちょっと気持ち悪いメッセージを見せた。

『平蔵：今日はありがとうね！サトミちゃんの手料理、とっても美味しかったよ。おしゃれで可愛いだけじゃなくて料理もうまいなんてすごいなぁ^^ よかったら、今度料理教えてほしいんだけど、平日で空いてる日あるかな』

すると、優子は大きなため息をついて、頭を抱えた。

「はぁ…。ごめんね。結婚する前から気になっていたんだけど、うちの旦那…たぶんかなりの女好きなんだよね」

― 女好き……？

確かに、結婚してからも異性と連絡を取ったり、会ったりしたいという人はいるだろう。

そういうことなのだろうか。

「正直、旦那が他の女性と食事するだけなら全然構わないの。だけど、食事以上を求めているなら大問題だわ」

私と菜々緒は、うんうんと大きくうなずいた。

「サトミ、お願いがあるんだけど」
「う、うん…」

私はゴクリと唾を飲み込んだ。なんだか、嫌な予感がしたからだ。

「うちの旦那と飲みに行ってくれないかな。それで、本心を探ってほしいの。うちの旦那は、サトミの見た目が好きだと思うのよ…」

だから、私がオープンであれば、“あわよくば”と誘ってくるかもしれないと言う。

私が夜に1人で飲みに行くことは、悲しいことに可能だ。

先日実行したばかりだし、私の夫も、今は何も口出しできない状況ではある。

「でも…」

断ろうとすると、優子は私の手を強く握りしめた。

「お願いっ！」

まるで捨てられた子犬のような潤んだ目で、真っすぐに見つめられ、私は了承してしまった。