1980年代に開発され、それ以来30年以上にわたって最先端の素粒子物理学で使われ続けているソフトウェア「FORM」の陳腐化が進んでおり、もし使えなくなればこの分野の研究者にとって手痛い打撃になる危険性があると、科学系ニュースサイトのQuanta Magazineが報じました。

Crucial Computer Program for Particle Physics at Risk of Obsolescence | Quanta Magazine

https://www.quantamagazine.org/crucial-computer-program-for-particle-physics-at-risk-of-obsolescence-20221201/

Quanta Magazineによると、科学の中でも素粒子物理学は特に長大な方程式を扱う研究分野だとのこと。例えば、大型ハドロン衝突型加速器で新しい素粒子を探す研究では、粒子が光速に近い速度で衝突する結果を予測するためにファインマン・ダイアグラムという図が何千枚も作成されますが、その1つ1つが何百万項からなる複雑な数式を内包しています。

このような数式の計算には数式処理システムと呼ばれるソフトウェアが必要ですが、その中でも傑出しているのがオランダの素粒子物理学者であるJos Vermaseren氏によって開発された「FORM」です。



1989年にリリースされて以降、FORMは素粒子物理学の研究の基盤として重宝されて続けており、2000年代以降もFORMを用いて書かれた論文が数日に1本の割合で発表されています。FORMがいかに現代の素粒子物理学に貢献しているかについて、チューリッヒ大学のトーマス・ゲールマン教授は「私たちのグループが過去20年間に得た高精度の計算結果のほとんどは、FORMコードに大きく依存していました」と話しました。

これまでFORMの保守を一手に担ってきたVermaseren氏ですが、記事作成時点で73歳と高齢にさしかかっており、後継者も現れていません。その原因の1つは、「論文の発表を重要視し研究ツールへの貢献が軽視されがちなアカデミアのインセンティブ構造にある」と、Quanta Magazineは指摘しています。

FORMの開発に取り組む若手の物理学者もいないわけではありませんが、実績作りやキャリアのためには自分の研究を優先せざるを得ません。そうしている間にもFORMはどんどん陳腐化が進んでおり、古い機器でしか動かない使い勝手の悪いソフトウェアになりつつあります。

よりユーザーフレンドリーな「Mathematica」といった数式処理システムを選ぶ研究者もいますが、MathematicaはFORMに比べて桁違いに動作が遅いので、素粒子物理学者はいずれFORMを使わなければ計算できない問題に取り組めなくなる可能性が危惧されています。



Vermaseren氏は、2023年4月にFORMユーザーのサミットを開催して、FORMの存続に関する計画を立てたり、どうしたら新しい世代の研究者にFORMの実力を示すことができるのかについて話し合う予定とのこと。しかし、もし取り組みが実を結ばなければ、難しい計算に携わることができる研究者がいなくなり、素粒子物理学の研究が大きく停滞することになるだろうと、Quanta Magazineは警鐘を鳴らしました。