NEXT BUISINESS INSIGHTSでは、世界で注目される発展途上国の現在をさまざまな視点で紐解いています。本記事では、そんな豊富な記事をより深く理解するために、国別に知っておきたい基本情報をまとめました。

 

東南アジアの中央に位置し、マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーと隣接するタイは、首都バンコクを中心に既に多くの日本企業が進出しています。東南アジアマーケットのハブ機能の役割を担い、周辺国の経済成長も後押しているタイの現状を紹介します。

 

データで見るタイの概況

 

●人口…6617万人(2021年)

●2050年の人口予想…6594万人

●インターネット普及率…77.8%(2020年)

●携帯電話普及率…190%(2019年)

●スマートフォン普及率…99%

●一人当たりのGDP…7217USドル(2020年、IMF統計)

●総GDP…5064億USドル(2021年、IMF統計)

●その他…立憲民主制。元首はマハー・ワチラロンコン・プラワチラクラ・オチャオユーフア国王陛下(ラーマ10世王)。首都・バンコク。言語はタイ語。

タイの名目GDPは、2014以降は2%前後を安定的に成長させ、2020年は新型コロナウイルスの影響でマイナスを記録しましたが、2021年はプラスが見込まれるなど、周辺国とともに東南アジアの成長を続けていく上での拠点となっています。一方、日本と同じように少子高齢化が大きな社会問題にもなっています。人口は2028年がピークと考えられ、そこからは減少に転じていくだろうと予想されています。労働力不足や消費者ターゲットが減っていく中で、どういった経済対策や高齢社会対策を取るのかが急務となっています。

 

そんなタイの特性を、4つのパートから紹介します。

 

【パート1】農林・水産

(概況・特徴)
・総人口に対する農林水産業の従事者比率…約25%
・農用地面積…2211万ha
・主な農産物…さとうきび、コメ、キャッサバ、オイルパーム、とうもろこし、果実(パイナップル、バナナ、マンゴーなど)など(農水省ホームページ、2019年)

(課題)
・農業生産性がASEAN諸国と比較して低い
・農業従事者の所得が不安定(競争力の低下、干ばつや洪水による供給不安)
・農業従事者の高齢化、人材不足
・伝統的農法や自然環境への依存

(新たな動き)
・スマート農業
・BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済
・グリーンハウスや農地を使わない植物工場での果物・野菜栽培

コメの生産量世界8位、サトウキビ生産量3位、キャッサバ生産量3位(2019年度)など、世界有数の生産量を誇る農業大国のタイは、第一次産業従事者の割合が人口の30%を超えています。その一方で農業従事者の高齢化、少子化による若年労働力の減少、不安定な所得、伝統的な農法や気象条件を含む自然環境への依存、単位当たりの生産性の低さなど課題が山積しています。

 

そうした課題に対し、産学官による取り組みが進められています。例えば、タイの情報技術通信省はタイ国立電子コンピューター技術研究センター(NECTEC)との連携で、農家向けサイバーブレインプロジェクトを立ち上げ、農作物の栽培方法の効率化や、農家へのリアルタイムでの市場価格情報の提供などを通じた農業のスマート化を進めています。また、グリーンハウスを使用した付加価値の高い果物の栽培が広がり、農地を使わない植物工場での野菜の栽培を始める企業が出てくるなど、今後さらなる農業の高度化が期待されます。

 

グリーンハウスで栽培されているメロン

 

【パート2】保健医療

(概況・特徴)
・平均寿命…77.3歳(男性73.7歳/女性81.1歳 2017年時点)
・妊産婦の死亡率…10万人あたり37人(2017年時点)
・乳幼児の死亡率…1000人あたり7.4人(2020年時点)
・疾病構造や死亡要因…非感染症73.7% 感染症16.0% 事故など10.3% 非感染症の主な死亡原因…がん22.0% 心血管疾患22.2%、糖尿病、腎臓疾患…7.9%(2017年時点)
・医療費支出額…149億USドル(2015年時点)
・医療機関数…1448施設(2019年時点)
・1万人あたりの医療従事者数…医師5人、看護師27人(2019年時点)

(課題)
・急速に進む高齢化に対する制度構築やサービス提供の遅れ
・生活水準の向上により生活習慣病が増加
・都市部と農村部の医療格差

(近年の新たな動き)
・公的医療機関による医療サービスの整備と国民皆保険の定着
・介護士や介護施設の資格登録制度の整備、年金制度の強化
・高齢者介護や医療機器産業を担う人材の育成

バンコク首都圏における医療サービスの提供は充実しており、日本人を含む外国人が多く利用するサミティベート病院やバルムンラード病院などの国際的な私立病院も多くあります。一方で、地方部では医療施設数やサービスの面でバンコク首都圏に比べて制約があり、地方の住民が質の高い医療サービスを受けるためにバンコクに行くケースも多く見られます。医療従事者の確保を含めて、医療サービスの中央と地方の格差、および地方内での格差の是正が医療保健分野での課題になっています。

 

タイでは、2002年に国民医療保障制度が施行され、農業従事者や自営業者が任意加入ができるようになり、公務員/国営企業職員向けの公務員医療保険制度、民間企業被雇用者向けの社会保障制度と併せて、全国民をカバーする国民皆保険制度が整備されました。タイの国民皆保険制度は中進国や開発途上国でのモデルとして外国からも注目されています。

 

また、タイでは人口の高齢化が進んでおり、タイ政府は限られた財源で高齢者へのサービスを提供することを目指し、タムボン(郡の下部行政組織)健康増進病院や保健ボランティアなどの社会資本を活用した地域コミュニティによる高齢者ケアを推進しています。

 

官民を問わず、タイの医療関係者による日本の医療制度・技術や高齢者ケアの知見への関心は高く、日系企業への期待も高くなっています。タイ政府はタイを地域の医療ハブにする戦略を持っており、今後の人口の高齢化や医療サービスへのニーズの高まりと併せて、日系企業にとっても医療文化での魅力的な市場として成長していくことが予想されます。

 

タムボン健康増進病院

 

【パート3】教育・人材

(概況・特徴)
・学校制度…6・3・3・4制
・義務教育期間…9年(無償教育は12年)
・学校年度…5月〜翌年3月まで
・学期制…前期・後期の2学期制(前期は5月〜10月、後期は11月〜3月)
・15-24歳までの識字率(2015年時点)…98.6%
・15歳以上全体の識字率(2015年時点)…93.9%
・純就学率(2020年時点)…就学前78.7%/初等101.2%/中等87.9%(前期中等95.25%、後期中等80.6%/高等45.1%

(課題)
・経済格差による教育へのアクセスの不平等
・教育の地域格差
・ICT活用の遅れ
・コロナ禍でのオンライン授業による教育格差の拡大

(新たな動き)
・高等教育分野で科学・技術・工学・数学(STEM)教育導入
・学習塾の拡大
・産業界のニーズに則した人材育成

タイの教育は2017年に施行された20年間の国家教育計画に則り、すべての国民に質の高い教育と生涯学習と機会を提供することを目的としています。大きな課題としては、学習塾への参加機会を含めた経済格差による教育へのアクセスの不平等さや、バンコク首都圏と地方部、および地方部の中央部と遠隔地での教育機会や質の格差の拡大が挙げられます。

 

タイ政府は産業界のニーズに則した人材の育成を重視しており、日本政府の協力で、日本の高等専門学校(高専)の教育制度に基づいてエンジニアを育てる高専事業が実施されています。また、日系企業による関数電卓を使用した探求型教育の導入による数学力向上のパイロット事業も行われています。

【パート4】IT・インフラ・環境

(概況・特徴)
・主要港数…11(空港7、港湾4)
・港湾取扱量(1TEU…20フィートコンテナ1個)…764万TEU(レムチャバン港/2020年)
・タイ国有鉄道総延長(2006年時点)…4041km
・道路網(2020年時点)…道路延長70万2000km
・輸出製品構成…自動車/部品、コンピューター/部品、宝石・貴石、一次形態のエチレンのポリマー、精製燃料、電子集積回路、化学製品、米、魚製品、ゴム製品、砂糖、キャッサバ、家禽、機械/部品、鉄・鋼とその製品
・輸入製品構成…機械/部品、原油、電気機械/部品、化学薬品、鉄鋼製品、電子集積回路、自動車部品、銀/金を含む宝石類、コンピューター/部品、家電製品、大豆、大豆ミール、小麦、綿、 乳製品
・日本との貿易(2020年時点)…日本からの輸入総額:2兆7226億円/日本への輸出総額:2兆5401億円

(課題)
・バンコクなど大都市や幹線道路の渋滞
・鉄道遅延(8割が単線、地方では整備不十分などによる)

(近年の新たな動き)
・鉄道開発の加速(鉄道を高速・複線化)
・タイランド4.0
・スマートシティ構想

タイでは一極集中が進むバンコクなど大都市や、主要都市間を結ぶ幹線道路の渋滞が社会問題になっています。また道路網に比べて鉄道網の開発が遅れており、物流の課題になっています。現在、鉄道の高速&複線化が進められ、今後鉄道の利用者が従来の3500万人から8000万人に増加すると試算されています。

 

生産年齢人口(15歳〜64歳)の比率がピークを迎え、高齢化が加速的に進む中で、タイでは成長率が鈍化し、高所得国への移行が難しくなる「中進国の罠」に陥ることへの懸念があります。

 

そこで、タイ政府はイノベーションやデジタル技術などによる産業の高度化を通じて長期的な経済成長を推進する20年間の経済施策「タイランド4.0」を打ち出し、2036年までに先進国入りすることを目指しています。「タイランド4.0」の対象事業には短・中期的に成長を期待する「次世代自動車」「スマート・エレクトロニクス」「ウェルネス・医療・健康ツーリズム」「農業・バイオテクノロジー」(Sカーブ産業)と、長期的に成長を期待する「未来食品」「ロボット産業」「航空・ロジスティック」「バイオ燃料とバイオ化学」「デジタル産業」「医療ハブ」(新Sカーブ産業)が挙げられています。「タイランド4.0」の旗艦事業として「東部経済回廊(EEC)事業」があり、東部3県の産業育成を支えるインフラ整備、企業誘致のための投資優遇などが積極的に行われています。また、タイ政府はデジタル「タイランド4.0」に合わせて、「タイ・デジタル経済社会開発20か年計画」を策定し、デジタル技術を通じた、生産性の向上、所得格差の是正、雇用の拡大、産業構造の高度化、ASEAN経済共同体でのハブ的役割、政府のガバナンスの強化が目指しています。

 

タイは今、「中進国の罠」から脱し、また東南アジアでのハブとして機能していくために、官民の協力による様々な取り組みが進めらえています。生産/サービス拠点および市場としての魅力は今後さらに固まっていくことが予想され、タイ政府の政策的な後押しを受けて日系企業によっても新たな商機が生まれることが期待されます。

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