今のイラクの様子は8カ月前とはまったく違っている。以前は、イラク人が前面に出て、米兵は陰に隠れているかのようだった。イラク人には米軍が持つ高性能パソコンや最新鋭の武器を持っていない。それに、通りではよく太鼓腹を抱えた市民を見かけるが、そんなイラク人にとっては、米国基準の徴兵検査に合格するのは至難の業だっただろう。しかし、イラク人には米兵など他の国の兵士にない何かを持っていたから、多国籍軍と比べてもそん色はなかったのだ。

  米政府が昨年11月に発表した報告書がそれを裏付ける。「イラク兵は多国籍軍が持ち得ない戦闘上の技術と知識を提供している。イラク兵はイラク国民と言語、文化を習熟している」という。さらに「イラク兵はテロリストと信頼すべき住民の区別ができる。イラク軍が規模と能力を拡大するにつれ、都市部の防衛支援で成果を挙げ、先導的な役割を高めて行った」と評価は高い。

  しかし、こうした状況は現在、一変した。イラク兵士が大量に殺害された5月と6月がきっかけだった。国連の推計ではこの2カ月間だけで6000人のイラク国民が殺害されている。イギリスのウィリアム・パティ駐イラク大使は7月27日にBBC(英国放送協会)に対し、「疑いなくイラクの警察はイラク国民の信頼を失っている」と指摘している。ドナルド・ラムズフェルド米国防長官は同日、バグダッドのイラク治安部隊を支援するため、イラク北部に駐留している第172ストライカー旅団戦闘部隊所属の約3500人の駐留を4カ月延長しなければならなかった。

  さらに、米国防総省は駐留米軍の規模を維持するだけでなく、拡大する可能性さえ示している。以前、今年11月の米国の中間選挙を意識してか、年末までに一定規模で米軍を縮小する方針を打ち出してからそれほど時間は経過していない。母国の家族から遠く離れクリスマスをイラクで過ごす米国兵は数を増すことになりそうだ。

  どこで道を誤ったのだろうか。昨年11月に発表したときの明るい見通しは、幻想に過ぎなかったのか。そんなことはないにしても、多くの問題がありながらうまく取り繕っていたのだ。当時は、イラク駐留米軍の縮小を求める政治的圧力が高まっていたので、ブッシュ政権は、イラクの治安維持能力を確立するまでには長い時間がかかるという見方が現地ではささやかれていることについて、あえて説明しようとはしなかったのだ。

  イスラム教スンニ派のイラク人は軍や警察にほとんど参加していない。スンニ派はかつてイスラム教シーア派や少数派民族クルド人を弾圧した過去がある。彼らはいずれもイラク国民かもしれないが、イラク国民は異なる宗派や民族で構成された警察や軍に全幅の信頼を寄せないだろう。米兵が同行して治安維持活動をする方式により、イラク国民はイラク兵がスンニ派とシーア派を平等に扱うと信用するようになるだろう。

  米軍は各宗派の民兵組織に対しも解体の圧力を高めていく方針だが、決して簡単なことではない。イラク国民は、敵対する宗派の攻撃から身を守ってくれるという点で政府軍よりも自派の民兵組織を頼りにしているからだ。イラク軍が普遍的な信頼を勝ち取らなければ、武力も政治家の要請もイラク国民には効き目がないだろう。

  従来のやり方と比べれば、新しい戦略の方が明らかに優れている。しかし、成功までには時間と忍耐、そして、何よりも人々の支持と協力が必要だ。もちろん、それはイラク国民だけでなく米国民にも求められている。(イラク現地時間7月29日午前9時半)【了】

■ロバート・リード記者
AP通信特派員。首都バグダッドを中心にイラク情勢を取材中。

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