8歳の子どもが見つけたアリの行動が、1世紀以上にわたり続けられてきた昆虫と植物の相互作用に関する研究の見直しにつながる新発見だったことが分かりました。

Oak Galls Exhibit Ant Dispersal Convergent with Myrmecochorous Seeds | The American Naturalist: Vol 200, No 2

https://doi.org/10.1086/720283

Boy's discovery reveals highly complex plant-insect interaction

https://phys.org/news/2022-09-boy-discovery-reveals-highly-complex.html

◆研究の発端

今回の新発見のきっかけは、当時8歳のヒューゴ・ディーンズ君が自宅の裏庭にあるアリの巣の近くに小さな球体が転がっているのを見つけたことでした。ヒューゴ君はそれを植物の種だと思いましたが、ヒューゴ君の父親であるアンドリュー・ディーンズ氏は、それがナラの木の虫こぶだということに気づきました。



by hedera.baltica

虫こぶとは、昆虫などの生き物が植物の中に入り込むことでできるこぶのことで、「虫えい」とも呼ばれます。ヒューゴ君が見つけた虫こぶは、タマバチ科のハチがナラの木の葉に卵を産み付けた時にできる虫こぶでした。

その発見をした時の様子を、ヒューゴ君は「アリが植物の種を集めることを知らなかったので、見つけた球を種だと思ったときは興奮しましたが、父がそれを虫こぶだと教えてくれた時はもっと興奮しました。『なぜアリが虫こぶなんか集めるんだろう』と驚いたんです」と振り返っています。

◆なぜアリは虫こぶを巣に持ち帰るのか?

ヒューゴ君が抱いた疑問は、ペンシルベニア州立大学の昆虫学教授であるディーンズ氏にとっても謎でした。そこで、ディーンズ氏らの研究チームは、なぜアリが虫こぶを集めるのかを調べるため、一連の研究を開始しました。まず、虫こぶを見つけたアリの行動を観察する最初の実験では、アリが虫こぶを巣に持ち運ぶことが確認されたため、虫こぶが偶然アリの巣のそばに落ちたのではないことが確かめられました。

この黄色い物体が、虫こぶです。アリは、虫こぶについているキャップのような部分を顎でくわえて巣に持ち帰っていました。



アリが運ぶ虫こぶにはキャップ状の物体がついていましたが、アリの巣の中で発見された虫こぶからはキャップが取り除かれていました。そこで研究チームは、このキャップをギリシャ語で「帽子」を意味する「カペロ(kapéllo)」と命名。アリの行動にはこのカペロが関係しているとの仮説を立てて、さらなる実験を行いました。

この実験では、「虫こぶ全体」「カペロを取り除いた虫こぶ」「カペロ単体」の3つをアリに与えて、どれに関心を示すかを観察しました。その結果、アリは虫こぶ全体とカペロには興味を示した一方で、カペロがない虫こぶ本体には無関心でした。このことから、アリは虫こぶからカペロを剥がして食べるために、虫こぶを集めていたことが確かめられました。

前述の通り、アリが運んでいた虫こぶはタマバチが卵を産み付けてできた虫こぶです。従って、今回観察されたアリの行動は、虫こぶをアリの巣に運ばせて幼虫を保護するという、タマバチの巧妙な戦略なのではないかと推測されています。

具体的にどんな仕組みなのかは、以下のムービーで分かりやすく解説されています。

Wasp-Oak-Gall Interaction - YouTube

まず、タマバチは夏になると木の葉に卵を産み付けます。



そして、卵がかえって幼虫になるころに、カペロがついた虫こぶができます。



虫こぶは、秋になると地面に落ちるので、そのままでは鳥やネズミに食べられてしまいます。



しかし、その前にアリが虫こぶを巣に持ち帰ります。



虫こぶを持ち帰ったアリは、栄養満点のカペロを食べます。



そして、カペロを食べ終わった後の虫こぶは巣の中に放置します。こうして、タマバチの幼虫は外敵やカビから守られつつ安全に冬を越すことができるのではないか、というのが今回研究チームが提唱しているタマバチの戦略です。



◆この発見の何がすごいのか?

以前から、サンギナリア科の植物を始めとする一部の植物は、種子にエライオソームと呼ばれる栄養満点な部分をつけてアリに運ばせる「アリ散布(Myrmecochory)」を行うことが知られています。

ところが、今回研究チームが見つけたカペロにも、エライオソームと同様に脂肪酸などの栄養が豊富に含まれていることが分かりました。研究チームによると、こうした知見は学者の間で「エライオソームが先か、虫こぶが先か」という議論に発展する可能性があるとのこと。

研究チームの一員であるニューヨーク州立大学のロバート・J・ウォーレン氏は、「アリ散布が100年以上前に初めて文献に記され、それ以来研究が重ねられ、学校で教えられてきたことを踏まえると、エライオソームが先だと考えたくなります。しかし、この仮定はいくつかの理由で間違っている可能性があります」と指摘しました。



by Jeffdelonge

その理由の1つは、エライオソームより虫こぶの方が自然界の中で一般的だという点にあります。アリ散布を行う植物は植物全体から見ればごく一部なので、アリが種子を持ち帰る習性を獲得するほどの影響力はない可能性がありますが、虫こぶは自然界に大量に存在しており、昔は家畜のエサとして虫こぶが重宝されていたほどだとのこと。

このことから、研究チームは論文の中で「アリを媒介とする種子の散布と、虫こぶの散布は強い収束性を示しており、また虫こぶは北アメリカ東部の落葉樹林ではエライオソームを持つ種子よりはるかに豊富であることから、既存のアリと植物の研究は見直しが必要になるでしょう」と結論付けました。

今回の発見に貢献したことについて、記事作成時点で10歳になったヒューゴ君は「自分が重要な科学的発見の一端を担えたことは、本当にうれしく、誇りに思います。アリが種を集めたのを見つけたと思ったら、実は科学的に重要な発見だったなんて、不思議な感じがします」と話しました。なお、ヒューゴ君は「大きくなったらお父さんのような昆虫学者になりたいですか?」という質問に対しては「そうでもないです」と回答しています。