「今、よく(ピッチングの)勉強をするようになって、打者と対戦するのが楽しみ。どう抑えるかっていうのを考えるのが楽しい」
 
 そんな言葉は、ダルビッシュ有の今季の充実ぶりを物語っている。サンディエゴ・パドレスのエース格として先発ローテーションを守るダルビッシュは、8月2日(現地時間。以下同)のコロラド・ロッキーズ戦を終えた時点で10勝4敗、防御率3.30。先発した20試合中、16戦がクオリティスタートと安定した投球を続け、2017年以来となる2ケタ勝利を達成した。


8月2日のロッキーズ戦で10勝目を挙げたダルビッシュ

 日本人選手では、投打で活躍する大谷翔平に注目が集まりがちだが、ダルビッシュの投球内容も特筆されて然るべきだ。

 7月27日のデトロイト・タイガース戦では7回を2失点に抑えて今季最多の11奪三振。2ケタ奪三振は日米通算で101試合目(NPBで52試合、MLBで49試合)となり、近鉄、ドジャースなどで活躍した野茂英雄氏に並ぶ日本歴代2位となった。

 ダルビッシュはその記録について、現在パドレスの球団アドバイザーを務める大先輩への深いリスペクトも込め、次のように語った。

「僕はいろいろ(な球種が)ありますけど、直球とフォークだけで2ケタ三振を取るのはすごく難しいというか、あり得ないこと。あらためて野茂さんのすごさを感じますね」

 日本人メジャーリーガーのパイオニアである野茂の功績は燦然と輝くが、メジャー10年目のシーズンを迎えたダルビッシュも、後世に語り継がれるべき実績を積み上げている。2ケタ奪三振試合の歴代1位、金田正一の通算103度という記録に並び、さらに新たな金字塔を打ちたてる瞬間も目前に迫っている。

 ダルビッシュが35歳になった今でも衰えを感じさせない投球ができる背後には、元来の研究熱心な姿勢があるのだろう。90マイル台後半の速球に加え、"7色の変化球"と言っても大げさではないさまざまな球種を使いこなす。すでに変幻自在の投球ができているが、それぞれのボールをさらに磨こうとする向上心は留まるところを知らない。

 7月22日のニューヨーク・メッツ戦もそれを象徴していた。今季は平均7%しか使っていないスプリットを、この日は全99球中14球と多投(約14%)。9つの奪三振のうち、6つをスプリットで奪うなど"無双"の決め球となった。試合後、シーズン後半戦の初戦でスプリットの割合が多くなった理由を問われると、興味深いエピソードを披露した。
 
「たまたま昨日、アマゾンでキンドルの本を見ている時に、佐々木朗希選手が表紙の『週刊ベースボール』があって。それが落ちる球の特集だったんですよ。『これは今、自分に必要だ』と思って買いました。佐々木投手のフォークの話、大谷選手や山本由伸投手の話、岩隈久志さんのレクチャーの記事とかもあって、すごく参考になりました。それで今日、よかったんだと思います」

 渡米以降、サイ・ヤング賞の投票で3度もトップ10入りするほどの実績を残しながら、年齢的にひとまわりも下の投手たちの投球を参考にするピッチャーがどれだけいるだろうか。ダルビッシュの長期に渡る成功は、こういった謙虚さ、貪欲さがあってこそだろう。

 ここまでは三振の話が多くなったが、今季のダルビッシュは長いイニングを稼ぐことができているのも特徴だ。勝利した10試合でも8戦で7イニング以上を投げている。先発投手の負担が減少傾向にあるメジャーリーグに相反する数字だ。

「球数がかかっちゃった打者とか、三振をとるのに5、6球くらいかかった打者の次(のバッター)は、なるべく2球くらいで打たせたい。常に球数を見ながら、このバッターはどこに投げたらインプレーに打ってくれるだとか、どの球種が一番アウトになりやすいかは、ある程度は頭に入っています」

 世界最高のリーグにおいて、そんなことを涼しい顔でやり遂げてしまう。現在のダルビッシュはまるでピッチングの"職人"のようだ。テキサス・レンジャーズ 、ロサンゼルス・ドジャース、シカゴ・カブス、パドレスと4球団をわたり歩き、経験に裏打ちされた技術に磨きをかけてきた右腕は、キャリアの円熟期にいるのだろう。

 これほどのピッチャーが、2ケタ勝利を挙げたのが2017年以来と聞いて驚いたファンもいるかもしれない。ここ数年はダルビッシュ自身、チームともに"勝ち運"がなかったこともあるが、特に昨年は6月末まで7勝2敗、防御率2.44という好成績でオールスターに選ばれながら、7月以降は1勝9敗、防御率6.65と急降下。そんな経緯から、2022年にかける思いは強かったに違いない。

 好調のダルビッシュに支えられ、今季のパドレスはポストシーズンに向けて他チームにとっての危険な存在になりそうだ。現在、ナ・リーグ西地区2位のパドレスは、首位ドジャースに11.5ゲーム差をつけられているものの、今夏に効果的な補強を敢行したのだ。

 8月2日のトレード期限直前、通算125セーブ左腕のハイダー、2020年首位打者のフアン・ソト、通算127本塁打のジョシュ・ベルを次々と獲得。チームに足りない部分を首尾よく穴埋めし、「今トレード期限の勝者」と賞賛された。

 ジョー・マスグローブ、ダルビッシュ、ブレーク・スネル、マイク・クレビンジャー、ショーン・マナイアらの好投手が揃う強力先発陣に加え、ハイダーが加入したブルペン陣も強力。さらに、フェルナンド・タティース Jrが中軸を固める打線も、間もなくマニー・マチャドらが復帰することで相手を恐れさせることになるだろう。

「去年、後半戦はチームがあまりよくなかった。自分もそうですし、チームとして同じことをしたくない。みんなでもう一回、気持ちの準備を徹底して、いい後半戦にしたいなと思います」

 前半戦終了時、そう話していたダルビッシュの意気込み通り、このチームならポストシーズンで上位に進出できる可能性も十分。だとすれば、今季は個人としてもチームとしても、"収穫のシーズン"になることは間違いない。

「打者と対戦するのが楽しみ」と話す右腕は今秋、さらに楽しくやりがいのある舞台に立つことになるのか。エキサイティングな季節に向け、変幻自在のエースのさらなる充実に期待したい。