国交省の「鉄道物流のあり方検討会」で、防衛省は安全保障に対する鉄道貨物の重要性を猛烈にアピール。資料にも表れているその「熱量の高さ」は、衰退傾向にある鉄道の現状への危機感が感じられます。

"JR貨物検討会"で貨物列車の活躍ぶりを猛アピール

 今回のウクライナ戦争は日本の防衛省および自衛隊にとって衝撃の連続だったようで、特に「兵站」(へいたん。ロジスティックス)、つまり軍事物資の輸送で「鉄道」が大活躍する事実に関心が高いようです。


コンテナ貨車をけん引するJR貨物のEF200形電気機関車(画像:photolibrary)。

 折しも2022年3月から国交省主催の「今後の鉄道物流のあり方に関する検討会」がスタート。検討会の目的は「経営不振のJR貨物の復権」で、JR貨物の大口顧客たちに不満や意見を述べるアンケートを求めたのですが、その1人である防衛省/自衛隊の回答内容はウクライナ戦争を前面に押し出した一見強烈な印象のものとなっており、一部をざわつかせたのです。

 とりわけロシア・ウクライナ両軍の鉄道輸送利用を分析した項目が注目で、両軍が今回の戦争で戦車・装甲車の輸送に鉄道を大々的に活用している点を指摘し、「高速・大量輸送」の優位性を強調しています。

 続く「見どころ」は、具体例を画像付きで詳細に解説している点です。ロシア軍については、極東部隊がシベリア鉄道でベラルーシに急速移動し、ウクライナの首都・キーウの攻略作戦に投入された後に反転、再びベラルーシに退き今度は鉄道に乗りロシア領内を迂回しつつウクライナ東部のドンバス地方に布陣し、侵略作戦に加わったという事実を紹介しています。

 関連画像として屋根のない長物(貨)車に載せられウクライナ方面に運ばれるT-72戦車の様子や、2021年の演習でBTR-80装輪装甲車などを載せた長物車と、将兵を乗せた客車とを連結した「混結」の軍用列車なども掲載。

 さらにウクライナ軍についても同様で、チェコが供与したT-72戦車や、スロバキアが提供したS-300地対空ミサイル・システムの大型車両がそれぞれ積載された貨物列車の画像を紹介しています。

 回答書はさらに続き、本筋である自衛隊の輸送任務に話題を移すと、昨今の中国軍の脅威を念頭に、有事には北海道、本州、四国の基幹部隊(人員、装備品、補給品)を沖縄・九州の「南西地域」に素早く移動することが根幹だと訴えます。そして実現のため船舶や航空機、トラック、鉄道、自走など多彩な輸送手段を用意し、1つの輸送手段が寸断しても別の輸送手段がカバーする体制が重要だと強調しています。

 とりわけ北海道〜九州間の場合、車両、戦車、火砲などの「装備品」や弾薬、燃料などの「補給品」の運搬には、トラックや船舶とともに鉄道も重視すると宣言しています。そしてその理由として「コンテナで多種多様の装備品・補給品の輸送が可能」という点を挙げており、鉄道の安全性やダイヤの安定性も併せてJR貨物が提供する鉄道貨物に大きな期待を抱いていることをアピールしています。

肝心かなめの戦車は鉄道で運べない?

 では現在、自衛隊、特に陸上自衛隊は貨物列車でどんな車両・資材を運んでいるのでしょうか。

 車両に関しては16式機動戦闘車を皮切りに、96式装輪装甲車、87式偵察警戒車、高機動車、軽装甲機動車など装輪(タイヤ)式車両全般や、73式装甲車といった装軌(キャタピラ)式車両の一部、FH70 155mm榴弾砲(短距離自走が可能)などです。

 使用する貨車は主力のコンテナ貨車「コキ100系」(最大積載重量約40.5t、コンテナは12フィート5個、20フィート3個積載可能)で、床に木材など緩衝材を挟み込んで積むのが一般的ですが、近年では「40フィート・トラックコンテナ」と呼ばれる、両サイドと屋根のない特殊なコンテナに装甲車を載せて積み降ろしの手間や時間の軽減に努めています。

 JR貨物は石油輸送など一部を除き、ほぼ全てが「コンテナ仕様」であるため、このサプライ・チェーンに対応した方が効率的というわけです。もちろん他の機材や物資などは、弾薬を除いて(弾薬類はトラック輸送)12フィート(通称「ゴトコン」)、20フィート、31フィートの各コンテナに収納するのが原則です。

 気になる「戦車」の鉄道輸送ですが、前述のように防衛省/自衛隊はウクライナ戦争における戦車の迅速輸送で、鉄道の貢献度をことさら重視しています。とはいえ、JR在来線の線路幅(軌間)は1067mmの「狭軌」に過ぎず、しかも国土が急峻でトンネルが非常に多いため、列車幅(車両限界)も「ジャスト3m」に厳しく制限されています。欧州の一部や北米、旧ソ連圏は線路幅「1520mm」(いわゆる広軌)で整備が進み、車両限界にもひろい余裕が用意されていることを考えると、鉄道事情は根本的に異なります。

 このため、戦後初の国産戦車「61式」(全幅2.95m)は鉄道輸送ができたものの、次世代の「74式」(同3.18m)は「履帯(キャタピラ)を外せば」という但し書きが追加。それでも少々非現実だったこともあり、実際の活動では鉄道輸送は行われていないようです。「90式」(総重量50.2t、同3.33m)は重量・全幅ともに規格外すぎて論外。現在の主軸「10式」は90式に比べ総重量44t、全幅3.24mと多少ダウンサイジングがなされており、発着駅での積み降ろし用の専用プラットフォームなどインフラ整備を行えば、多少なりとも鉄道輸送が期待できるかもしれません。

10式戦車鉄道輸送のための布石なのか

 中国の脅威に加え、新たに「ロシアの脅威」にも対処しなければならなくなった日本にとって、陸自の主力部隊が北へ、南へと迅速に移動する能力が今まで以上に求められています。これらを考えれば、例えば新幹線の車両限界(全幅3.4m)を採用する青函トンネルの部分だけでも10式戦車を鉄道輸送できれば、北海道〜本州の輸送手段に選択肢が生まれ国防上非常に有効となるはずです。

 ちなみに現在この区間の輸送は船舶のみで、万が一暴風雨や仮想敵国が機雷や潜水艦で海上封鎖を行った場合は、1両をそのまま空輸可能な輸送機は航空自衛隊にないので、分解して数機で運ぶか、またはアメリカ軍に頭を下げて空輸してもらうしかないのが実情です。

 実はこれに関して前述の防衛省/自衛隊の回答の中に注目すべき箇所があるのです。北海道〜九州の輸送に関して「装備品(車両、戦車、火砲等):民間輸送力(鉄道、トラック、船舶)…」という記述が。つまり「戦車や火砲などをより速やかに輸送するには、鉄道貨物が必要なのだ!」という“陸自側のメッセージ”なのでは?とも見られているのです。

 2022年の春ごろからJR各社が続々と赤字ローカル線の実情を発表、不採算路線の廃止も念頭に置いた議論が進んでいます。自衛隊の“鉄道必要論”は、こうした風潮に対して危機感を抱く防衛省/自衛隊の“牽制”では、とも。さらには「少子高齢化、人口減少が進み、これまで依存して来たトラック輸送を担う大型トラックの長距離ドライバーの確保すら厳しくなる一方で、これをカバーするため“鉄道回帰”を図っているのでは」との見方もあります。果たして今後「自衛隊貨物列車」がどれだけ全国を駆け抜けるようになるのか注目です。