※この記事は2021年08月21日にBLOGOSで公開されたものです

コロナ禍において、孤独を感じる人々が「依存症」に陥るケースが増えている。野村総研が実施した孤独に関する調査によると、回答した20代の男性のうち52.9%、女性で56.8%が日常的に孤独を感じているという。また孤独を感じると回答した20代、30代の半数が、「新型コロナ流行前に比べて、孤独を感じることが増えた」としている。

依存症と聞くとまずアルコール依存症を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。しかし、昨今危惧されているのは「ポルノ依存症」である。ポルノ依存症とは、過剰なポルノ視聴やそれにともなって強迫的な自慰行為を繰り返してしまう状態を指し、セックス依存症などと同じく性依存症のひとつとして呼称されている。

このようなポルノ依存症と疑われる人が、コロナ禍において増加していると指摘するのは、『セックス依存症』(幻冬舎新書)など依存症に関連する著書が多数ある、大船榎本クリニック精神保健福祉部長の精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏だ。

ポルノ依存症の本質は"快楽"ではなく"苦痛の緩和"

「コロナ禍で在宅勤務が増え、リモートワーク中にポルノ視聴に長時間没頭したり、強迫的な自慰行為に耽溺をしてしまう人がいます。常にオンライン状態でいることで、ポルノサイトへのアクセスはシームレスな状態です。

会社とは違い、人目を気にすることがないため、中には長時間気を取られ仕事の作業効率が著しく低下したり、徐々に視聴する頻度が多くなり、仕事に支障をきたす人も増えている。私のもとにも同様の症状を訴える人の相談が昨年に比較して増えてきています。

依存症は『物質や行為や関係によって、何らかの社会的損失や経済的損失、身体的損失があるにもかかわらずそれがやめられない状態』を指します。ポルノの過剰視聴によって仕事や生活に支障が発生しているのに、それをやめられない状態の人は依存症に陥っている可能性が高く生活習慣を見直す必要があります」。

ほかにも日常生活がままならないほど過剰かつ強迫的なセックス、自慰行為、性風俗店通い、また痴漢などの性犯罪をやめられない人も広い意味では性依存症(強迫的性行動症)に該当する。一般に、性的な刺激が快楽をともなうことは知られているが、彼らが感じている快楽はよほど強いということなのだろうか。

「いえ、このような依存症の本質は、快楽ではなく苦痛の緩和にあると言えます。例えば、元プロ野球選手の清原和博さんはご自身の体験談の中で、子どもに会えない孤独や"清原和博"でいないといけないというプレッシャーを紛らわすために徐々に覚せい剤に耽溺していったと語っています。

自己否定的な感情やネガティブな記憶(逆境体験)を一時的に遠ざけ、忘れさせてくれるものにこそ人間は依存します。薬物やアルコールだけではなく、強迫的な自慰行為や自己犠牲的なセックスも本質は同じです」。

筆者は学生時代、自慰行為に耽溺し、最優先事項であるテスト勉強もおぼつかなかった時期もあるが、同様の思春期を過ごした人は多いはずだ。斉藤氏の話を踏まえると、それもテスト勉強という苦痛な作業を一時的に忘れさせてくれる行為であり、優先順位の逆転現象が起き始めていたことを考えるとポルノ依存症に片足を突っ込んでいたと言える。過去にこのような経験がある大人は、今後もポルノ依存症に陥る可能性を秘めているのだろう。

ポルノ依存を加速させたインターネットの普及

コロナ禍でステイ・ホームの推奨と濃厚接触が避けられる中、自粛によるストレスの緩和や刹那的に孤独を埋めてくれる異性を渇望する気持ちがより強くなるのは当然のこと。そしてインターネットは、あらゆる性的嗜好に応えるコンテンツへのアクセスを極めて容易にしている。

「ネットが発達する以前の時代では、視覚的に性的興奮を得る手段は雑誌やレンタルビデオなどが主流で、視聴までに手間と時間がかかり、ジャンルも限られていました。しかし、今はスマホさえあればいつでもどこでも誰でもあらゆるポルノサイトにアクセスが可能です。

さらに昨今のポルノサイトや動画はジャンルが細分化し、各人の性的嗜好にぴたりと合ったものが多数存在する分、ハマりやすく、より刺激的な動画を探してしまいます」。

このような依存症を引き起こす生物学的な要因は脳の報酬系回路にある。自慰行為をすることによって脳内では快楽物質であるドーパミンが分泌され、それが条件付けのきっかけになり、やがて衝動制御が困難になるのだ。

「脳は報酬系回路からドーパミンを多量に分泌したがる性質があるため、特に性的快感をともなう行動は反復しやすい。ただ、徐々に耐性が形成されていくので、いつも通りのパターン化された行動や動画視聴ではドーパミン自体が出にくくなります。

これによって、さらなる刺激を求めて回数を増やしたり、過激な動画を探したりして時間を浪費してしまい、仕事などの優先事項を遂行できなくなります」。

また、パソコンやスマホで繰り返しポルノ視聴と自慰行為を行うと、「パブロフの犬」のごとくデバイスを見るだけでそれがトリガーとなり性的欲求のスイッチが入るようになるという。スマホを肌身離さず持っている現代人にとってみれば、自慰行為のトリガーを常に体の一部のように持ち歩いているので、よりその強迫的性行動依存から逃れることは難しい。

リアル世界での犯罪にエスカレートする危険性も

斉藤氏が関わった症例では1日16回の自慰行為にとらわれ、仕事や日常生活がままならなくなった性依存症者もいたという。日本人男性の1ヶ月の平均自慰行為回数は7回(「ニッポンのセックス2018年度」相模ゴム工業調査より)であるため、これがいかに深刻かがわかるだろう。

「このような段階になると自身でも危機感を覚え、自慰の回数を減らしたり、やめようと考えます。しかし、断酒して間もないアルコール依存症者に幻覚や幻聴、手の震え、大量の発汗などの離脱症状が出るのと同様、性依存症でも離脱症状があらわれるケースがあります。

性依存症の離脱症状は不眠、過覚醒、苛立ち、希死念慮(自死を願う状態)、抑鬱状態。このような離脱症状は、再び自慰行為や強迫的な性行動に戻れば一時的に収まることが多いので、本人はその行為を繰り返すしかなくなるのです」。

かといって、離脱症状を回避するためにポルノ視聴と自慰を続けていると、さらに問題のある性的逸脱行動にエスカレートしてしまいかねない。それはリアル世界での性犯罪である。

「水泳インストラクターだった方は、自粛中にたまたま見た児童ポルノサイトがきっかけで、そのジャンルに目覚めてしまった。緊急事態宣言が解除されプールが再開されると、サイトで見た加害行為を実行し、逮捕されたのです。彼はそれまでまったくそういった性嗜好を持っていなかったそうです。

このように人間の脳は新たな性嗜好を学習する機能が備わっています。特にスマートフォンは外に持ち出すこともでき、際限なく視聴を続けられるため、抜け出すことが難しいのです」。

あらゆる人が陥る可能性があるポルノ依存症。斉藤氏は「①鬱状態の持続、②行為による人間関係や仕事、経済的な破綻、③行為をやめられない自分への自己嫌悪や罪悪感──などによって最終的に自死に至るケースもあります」とその危険性を指摘する。

依存症からの回復を阻む「男らしさ」の呪い

その予防策のひとつとして、依存症の存在と症状を学習することが必須だという。

「これはアルコールや薬物などのあらゆる依存症の予防にも言えますが、上記のようなリスク要因と耽溺していくメカニズムを知っていれば、自分で予防的対応を試みることは可能です。また、基本的に男性は性的な刺激を記号や組み合わせで認知する傾向があります。例えば痴漢の多くは制服姿の女性を狙う。

なぜなら制服は従順の象徴で『抵抗しない』『泣き寝入りする』と思うからです。パートナーが出産した後に性的欲求を感じないという声も聞きますが、それも授乳姿を見て「母親」という記号を認知するため、性的欲求のスイッチが入らない。このような、性的欲求と条件付けのメカニズムを知ると、自身の性的欲求や衝動欲のコントロールに自覚的になれるはずです」。

さらに、斉藤氏は依存症の本質である"苦痛の緩和"を正しく理解することが、予防と回復にとって重要だと念押しする。

「苦痛の緩和や低減のためには、適度に周囲へ悩みを相談したり、自分の弱さをオープンにできる関係性づくりが必要です。特に男性の中には、自身の弱さを開示して他人に頼ることは『男らしくない』という旧来の男尊女卑的価値観が根強くあります。これは言わば、『男らしさの呪い』であり、有害な価値観です。

呪いにとらわれている人は、なんでもひとりで抱え込んでしまい、アルコールや薬物、過剰なポルノ視聴などの依存症に陥りやすいのです。逆にうまく人に頼ることができている人は、依存症の予防や、回復の道を歩んでいるケースが多いです」。

こころの痛みを話せる他者や、自慰行為以外で苦痛を緩和することができる対処行動(コーピング・スキル)を身につけることは、そう難しいことではないはずだ。

識者プロフィール
斉藤章佳(さいとうあきよし)
大船榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士・社会福祉士)
ソーシャルワーカーとして、約20年にわたってアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物などあらゆるアディクション問題に携わる。現在まで2000名を超える性犯罪者の治療に携わっており、代表作『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を含めて依存症に関連する著書多数。