世界で活躍するアーティスト・シシヤマザキに聞くコロナ禍での活動 地方移住、オンラインを駆使した新たな試み - 羽柴観子
※この記事は2021年07月11日にBLOGOSで公開されたものです
コロナ禍で「住まい」のありかたを検討する人も
1年以上続くコロナ禍でリモートワークを導入する企業もあるなか、住まいのありかたを見直す人も増えているのではないだろうか。そうした流れの一つで、都内を離れて地方移住や二拠点生活を検討する人も出てきた。
世界的に活躍するアーティスト・シシヤマザキさんはまさに地方移住を実行したうちの一人だが、その姿からは「住む」ということを見つめなおすヒントが得られる。
ロトスコープで表現 世界的アーティストのシシヤマザキさん
シシさんは、「ロトスコープ」という手法を用いてアニメーション作品を多数発表し、世界的に活躍するアーティストだ。
ロトスコープとは、実写映像をトレースしてアニメーションを作り上げる手法で、日本ではテレビアニメ『惡の華』や、岩井俊二監督による初の長編アニメーション映画『花とアリス殺人事件』、2020年に劇場公開され話題となった『音楽』などに用いられている。
これまでに資生堂やCHANELなどといった有名ブランドのプロモーション制作を手掛け、元JUDY AND MARY、YUKIのミュージックビデオやCDジャケットのイラストデザインを担当。2016年頃からは陶芸も始めたシシさんだが、実は陶芸がきっかけで、東京から栃木県・益子町に移住したのだ。
二拠点生活か移住か…コロナ禍が決断のきっかけに
シシさんにとってコロナ禍での大きな変化は、東京から益子町への移住だ。
焼き物の町といえば日本国内にもいくつかあるが、なぜ益子町なのかと尋ねたところ、2018年末に益子を拠点とする陶芸家、うーたん・うしろ氏から「薪窯焼成」の魅力を教わったのがきっかけだという。
薪窯にハマったシシさんは、定期的に窯焚きにも参加するようになり、2019年頃は月に1週間~10日間ほど益子に滞在していたそうだ。
当初は東京と益子町の「二拠点生活」を考えていたというシシさんだが、「二拠点生活だと行き来が頻繁になって、結局どちらがメインの場所なのか、となってくると疲れそうだなと思って。そんなときに新型コロナウイルスが流行し始めたので、それをきっかけに“どうせなら益子をメインにしよう”と踏ん切りをつけることができました」と移住を決めた理由を語る。
二拠点生活から完全移住を始めてもうすぐ1年が経つというが、もともと東京出身である彼女にとって、地方移住は初めての経験。大変な面もあるのではないかと尋ねたところ、そのような心配をよそに、「とても楽しく、充実しています」と笑顔をみせた。
「家の周囲はかなり静かですが、虫やカエルの鳴き声が聞こえてくる。とてもいい環境で過ごしています」
現在シシさんが生活する益子の自宅には、アニメーション制作に使用するパソコンなどの機材も揃っている。益子に移住したからといって陶芸だけに集中するのではなく、むしろアニメーションや、それ以外の垣根を越えた表現をよりフレキシブルにやっていこうと考えているそうだ。
地方での暮らし 意外にも不便さは少ない?
東京に比べ、地方では不便なことも多いのではないかと尋ねたところ、シシさんは「いまはネットで何でも買えるので、不便さは特にありません。ただ、この一年運転免許を持っていなかったので、コンビニやスーパーへ思い立ったときにぱっと行けないことなどはありました。でも一年間はなんとかなりました」と話した。
「ちょっと大変なのは、家の敷地や庭の部分が広いので、定期的に草を刈ったり雑草を抜いたり、家の管理が必要な点でしょうか。また、木造の日本家屋なのできちんと換気をしなければ湿気にやられてしまいます。そのため、家に空気を通すというのを常にやっていますが、家が呼吸しているような、自分のからだと連動しているような感覚があって面白さがあります。これは都心のマンションでは感じることのできない体験です」
コロナ禍で講師の立場に「これまでの活動を見直すきっかけになった」
新型コロナウイルスの影響によるアーティスト活動の変化について、オンライン上での講義やワークショップを実施する機会が増えた点をシシさんは挙げている。
「東京藝術大学でワークショップと講義をオンラインベースでやらせて頂きました。ここ10年ほどアニメーションを制作してきたなかで自分が何を見出してきたのかということを色々な人にお話しする機会が急に増えたんです」としたうえで、「そういうことに集中できる期間がまとめて作れたという点では良かったですね」と話す。
「お絵かき教室」の開講、SNSとは別のコミュニティを作る意味
また、シシさんはコロナ禍をきっかけに、オンラインで「シシヤマザキのお絵かき教室」を開講。月2回授業を生配信しており、現在100人以上の生徒が受講している。
「お絵かき教室」というオンラインコミュニティを形成した目的の一つは、SNSによって形成されるコミュニティとの差別化だとシシさんは語る。
「ある程度戦略を練って、キャッチーなものを一定の期間出していくようなことをすれば、SNSでフォロワーを増やすことは容易だと思うんです。だけど、結局それってぱっと飛びついてくるだけで、実際にはそこまで興味を持たれていないというか。人数は集まるけど、濃度の低いコミュニティにしかならない気がしていて。だから、今回の『お絵かき教室』のように、会員制にする方が本当に自分に興味を持ってくれた人が集まってきやすいのかなと思いました。そして、そういう人たちと対話することで、互いの思想が混ざり合い、充実した現象が生まれるのではないかと考えています」
オンラインのデメリットはフィジカルな交流ができないこと
オンラインを活用した講義やワークショップなどは、インターネット環境さえあれば、教える側も受ける側も場所を選ばずアクセスすることが可能だ。しかしその一方で、「フィジカルな交流ができないのはデメリット」とシシさんは指摘する。
「お絵かき教室の生徒さんとオフ会をやりたいと考えているのですが、コロナ禍ではなかなかタイミングが難しくて。
オンラインで形成された関係性であったり、何か一つのものをみんなで制作したりした後に、フィジカルで交流する機会があれば、より濃い体験として実感ができると思うのですが、それが叶わないのは残念です。
昨年9月にはメキシコやアルゼンチンなど、スペイン語圏の若手クリエイターを対象としたロトスコープアニメーションの制作プロジェクトをおよそ2か月かけて実施しました。そのお披露目となるメキシコでの『ANIMASIVO 2020』というアニメーションフェスティバルにて、現地で講演をしたり交流会をしたりする予定だったのですが、それもコロナ感染拡大のため、オンラインでの実施になってしまいました」
Gracias @ANIMASIVO y @JapanEmb_Mexico pic.twitter.com/LOj1ITkLgK
- ShiShi Yamazaki (@shishiy) November 28, 2020
目的や内容によってはフィジカルでの交流はオンラインでの体験をより実体的に補強する役割を持っている。そう考えると、やはり好ましいのは、オンラインと定期的なオフラインでの交流を組み合わせたかたちだろう。
米GoogleやAppleなどが従業員に対し、今秋から在宅勤務と出社の併用を要請していることが報じられたが、Appleのティム・クックCEOは出社を要請する理由について、出社時の環境をビデオ会議では再現しきれないこと、対面でのコミュニケーションが重要であることなどを挙げている。
新作の構想も 移住生活がヒントに
東京では味わうことのできないライフスタイルを確立しつつ、充実した毎日を送るシシさんだが、今後の展望は大きく2つある。その一つが、陶芸にまつわることだ。
「食事をする際は口に陶器をつけますが、トイレも陶器でできていますから、お尻に陶器をつけるということになりますよね。つまり、私たちの生活というのは、からだの入り口と出口が焼き物に挟まれているんです。これは一昨年の個展『舕 TONGUE』のテーマとなりました。
その延長線上で、テーマをアップデートしていこうと考えています。例えばトイレをモチーフにしたような作品や、人間の内臓など、そういったものを陶芸で表現していきたいです」
もう一つは益子町で実際に生活するなかで得られたアイディアをもとにした構想だ。
「自宅がボットン便所(汲み取り式便所)なのですが、移住するまでは使ったことがありませんでした。
ボットン便所は小まめに手入れをしないとハエがわいてきてしまうのですが、その生命力がすごいなと感じました。そこで、ハエをモチーフにしたものを作りたいと思うようになりました。
先ほども述べたように、私たちは日々焼き物に挟まれて生活をしていますが、食事をするとからだのなかで燃焼が起きますよね。焼き物もそれと似ていて、火で焼かれて固まっていきます。それをイメージすると…炎のダンスを踊りながら焼き物に挟まれて、その周りをハエが飛んでいく。
アニメーションでも、絵でも良いのですが、このような自分が意識しなくても勝手に生活の営みに伴って生まれていく凄まじいエネルギーをうまく表現できたら普遍性を保ちつつ、私たちは何者なのか?というイメージを更新できるのではないかと考えています」
コロナ禍がきっかけで益子町へと移住したシシさん。世間的にはネガティブなニュースも少なくない毎日ではあるが、それを吹き飛ばすかのようなパワフルさ、そしてあくなき探求心とチャレンジ精神に満ち溢れている。今後の活躍にも注目だ。