高所得層から削り取る児童手当法改正 専門家は「高所得でも子育てに苦しむのが日本の現実」 - BLOGOS編集部

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※この記事は2021年07月05日にBLOGOSで公開されたものです

一定の所得以上の世帯に対する児童手当の特例給付を廃止するなどとした「改正児童手当法」と「改正子ども・子育て支援法」が5月21日、参院本会議で可決し、成立した。

児童手当は、0歳から中学生までの子どもを養育している親などに対して、子どもの年齢に応じて毎月1万円~1万5千円が給付される制度。親の所得が一定金額以上の場合は、それよりも少額の「特例給付」として子ども1人あたり月額5千円が支給される。

特例給付の対象となるかどうかの判断基準となる所得の額(所得制限限度額)は、配偶者などの「扶養親族等」や児童の人数によって変動する。例えば、子どもが2人いて配偶者も扶養に入っている家庭の場合、世帯主の年収が約960万円以上の世帯が特例給付の対象となる。

今回の改正では、所得が1200万円以上の世帯に対する特例給付が廃止となり、より厳しい所得制限が加えられることになった。高所得層の児童手当を廃止することで、課題となっている待機児童問題解消のための財源を捻出する狙いがある。

教育行政学、教育財政学などを専門とする日本大学の末冨芳教授は、かねてから今回の改正案について国会や政党の勉強会の場で、「高所得層に対する児童手当廃止は少子化進行の要因になるため絶対に阻止する必要がある」と警鐘を鳴らしてきた。

改正児童手当法にはどのような問題があるのか。財政が厳しくなる中で、少子化や待機児童問題対策の財源をどのように確保するのか。日本の子育て政策の今後について解説してもらった。(聞き手:川島透)

少子化対策として「逆効果」に

――今回の改正は少子化対策の一環であるはずが、末冨教授は「逆効果」だと指摘されています。なぜでしょうか。

子どもを持つことを考えている世帯が、子どもを生むことを控えるようになってしまう可能性があるからです。

今回の改正によって特例給付の対象から外れるのは約61万人。これはこれまでの全体の児童数の4%にすぎないと試算されています。

このように対象を絞ることで改正に反対する数を少なくし、法案を通した後で手当てをもらえなくなる基準額をどんどん切り下げていくというのが、これまでの政府のやり方です。

過去の高校無償化の所得制限の議論で自民党が検討した所得制限額から考えると、将来的に夫婦合算所得700万円以上は児童手当ゼロとされる可能性もあると私は見ています。そうなれば子育て世帯は「いつ自分の世帯も児童手当が廃止されるか分からない」「収入が増えたら児童手当がもらえなくなる」と恐れるようになり、子どもを生みにくい社会となってしまいます。

――経済の専門家からは、少子化に加えて財政も厳しい現状にあっては、高所得層に我慢してもらうことはやむを得ないのではないかという意見もありました。

親の所得によって子どもを差別することは、子どもの権利の否定です。子どもを親の従属物・所有物とみなす発想が根底にあり、子ども一人ひとりの権利や尊厳を大切にはできていないのです。「子どもの権利条約」批准国として、子どもの権利を否定することはあってはなりません。

親が“高所得”だからといって、子ども自身の人生が“高所得”だとは限りません。親の所得にかかわらずすべての子どものために児童手当が支給される「普遍給付」は、子育て支援の基本的な考え方です。

政府の掲げる「全世代型社会保障」になっていない

――改正前から高所得層は特例給付の対象となり給付額は小さくなっていました。親の所得によって支給額が異なることも問題ですか?

所得によって受け取る額が異なることは問題ありません。一律にすると、格差が縮まらなくなります。格差改善のために低所得世帯に手厚くすることは当然で、社会安定のために不可欠といってもいいくらいです。

問題は子どものために普遍給付が基本であるにもかかわらず、高所得層への給付をゼロにするということです。

――高所得層の児童手当を削って財源に回す今回の手法は、「所得の再分配」の一種だと説明する専門家もいました。

今回の改正は、子育て世代の中だけで財源を付け替えるやり方、つまり「世代内の再分配」です。しかし、いま日本で資産を持っていたり、所得再分配上、より恩恵を受けたりしているのは子育て世代ではなく高齢者や経営者層であり、必要なのは「世代間の再分配」といえます。

政府は「全世代型の社会保障」の一環だとしていますが、それなら世代を超えて支え合う制度を考えるべきです。社会を支えながらも、子育てにお金がかかることで苦しんでいる世帯が多く存在する世代なのに、高所得だからといって手当てを廃止するのでは「全世代型の社会保障」とはいえません。

高所得層の特例給付を廃止しないでどう財源を確保できるのか

――それでは現実問題として、少子化対策の財源をどのように確保すればいいかについて伺います。まずは立憲民主党が5月31日に提出した、特例給付廃止分の復活や児童手当の対象を高校生まで拡大すること、「子ども省」設置などを盛り込んだ「子ども総合基本法案」の内容をどのようにご覧になりましたか?

第一に、子どもに関連する諸課題に一元的に取り組むため自民党が進める「子ども庁」か、立憲民主党の「子ども省」かということについては、組織を作る議論自体にはほとんど意味はありません。組織を作ってもお金と政策がつかなければ子どもたちにはメリットはないからです。

立憲民主党がやりたいのは、民主党時代からの政策である「普遍給付」、そして子どもの権利を前提とした制度設計です。

そして自民党への対案として重要なのは、高校生まで児童手当の対象を拡大するという点です。民主党政権時代、児童手当対象が中学生まで引き上げられた際に高校生は対象外とされました。これは併行してすべての高校生に対する高校無償化が導入されていたという背景があります。

しかし子育てをしていると分かりますが、高校生もお金のかかる年代です。

――立憲民主党が財源として挙げているのは国債の発行、株式などの配当や売却益にかかる金融所得に課税する資産課税の強化の2つです。これらはいかがでしょうか?

私自身は国債の発行、つまり「教育国債」は支持していません。子どもたちのための教育費を国の借金で払うということになるのは避けるべきです。

資産課税の強化は選択肢としてあり得ます。資産税は、他の増税に比べて消費動向に影響を及ぼしにくいという研究もあります。そして累進課税で高所得層により多くの税を課すことができる点でも公正です。

子育て支援への協力を渋れば自滅する経済界

――立憲民主党の提案以外の財源も考えていきたいと思います。ここ5年ほどの間、政府は児童手当など子育て政策に充てられる税金として企業が負担する「子ども・子育て拠出金」の割合を大きくしてきました。企業の負担を増やすことについてはどのようにお考えですか?

高所得者の手当てを削らずに、企業の負担をまだまだ増やすべきです。それによってメリットがあるのは、実は企業の方なのです。我が国はすでに労働力不足の局面に入っていますが、子育て世帯の支援が充実することで企業は女性の労働者を確保できます。

国内で労働力の掘り起こし余力があるのは女性と高齢者です。特にICT関係はデジタルスキルを伸ばせる若い世代の労働者が求められています。そうなると、労働市場として最も成長余力があるのは女性だといえるでしょう。

子育て支援を渋って女性労働者を労働市場から遠ざけたり、女性労働者の持つ資質やスキルを価値とせず低賃金労働に閉じ込めたりすることは、経済界が自身の首を絞めることになります。

――子育て世代の中で財源をまかなうのではなく、より広い世代で子育て層を支える社会にする。そして企業が子育て層を支援することは、企業にとってもメリットがあるということですね。

高所得層であっても子育て世帯は苦しんでいるのが日本の現実です。子育て世代の中だけで予算を付け替えるようなことはせず、全世代で子育て世代を支えるような社会をめざす必要があります。

少子化問題改善の行方は、この社会が真に“子ども・親にあたたかくやさしい日本”へ進化できるかどうかにかかっています。

【プロフィール】 末冨芳
日本大学教授。教育行政学、教育財政学を専門とし、2014年からは「内閣府・子どもの貧困対策に関する検討会」に有識者として参画。新著「子育て罰 『親子に冷たい日本』を変えるには」が光文社新書から2021年7月14日に発売。