※この記事は2021年06月04日にBLOGOSで公開されたものです

幅広い客層を狙い話題沸騰中「みんなのグリル」の実力とは

「お、ねだん以上。」のキャッチコピーで、知られている「ニトリ」。リーズナブルだが、品質の良い“値段以上”の商品で人気を集め、2021年2月時点で国内外722の店舗数を誇る。

コロナ禍でも巣ごもり需要の高まりを受けて好調が続き、2021年2月期通期決算で34期連続の増収増益を記録した。しかも7,169億円という売上高は過去最高だ。

その勢いを借りるように、2021年3月には外食産業に参入。好調を極めるインテリア小売大手が、全く畑違いの外食に進出したとあって、大きな話題を呼んでいる。

その店こそニトリダイニング「みんなのグリル」に他ならない。3月18日に「ニトリ環七梅島店」の敷地内に一号店をオープンさせると、4月27日には「ニトリモール相模原」の敷地内に二号店をオープンさせて積極的な出店が続く。

みんなのグリルの売りは、値段の安さだ。看板メニューの「チキンステーキ(240g)」は、なんと500円という驚愕の価格で提供を行う。この他にも「チキングラタン」(500円)や「ダッチベイビー」(200円)など、リーズナブルなメニューが揃う。

高い価格帯のメニューでも「リブステーキ(150g)」(990円)や「ハンバーグステーキ(150g)」(700円)なので、客単価は700円から800円ほどだろう。客単価としては「ガスト」や「サイゼリヤ」などのファミリーレストランに近い。

しかし、ターゲットはファミリーレストランとは少し異なる。「みんなのグリル」のコンセプトに「ご家族でも、おひとり様でも、気軽に楽しめる美味しさを。」とある通り、家族連れと一人客のどちらの集客も積極的に狙う。

ニトリ環七梅島店とニトリモール相模原の席数はカウンター席とテーブル席を合わせてどちらも51席ある。このうち具体的な数字が分かるニトリ環七梅島店は、カウンター25席、テーブル26席とほぼ半々だ。

現在、ガストなどは一人客の集客に力を入れているが、みんなのグリルのターゲットはどちらかといったらファストフードに近い。

コンセプトに基づいた店造りになっているといえば聞こえはいいが、こうした造りになっている理由の一つが「いきなり!ステーキ」の跡地だからに他ならない。ニトリは「いきなり!ステーキ」のフランチャイズに加盟し、ニトリの店舗に隣接させながら展開をしていた。

しかし、メディアで大きく報道されているように、ここ数年、「いきなり!ステーキ」はかつての勢いがない。今回、ニトリが飲食店の展開に参入した理由もそこに深い関係がある。

「いきなり!ステーキ」のフランチャイズ運営からニトリが得た気付き

ニトリが外食に参入した理由に触れる前に、「いきなり!ステーキ」の誕生から現在までの流れを解説しておこう。

「いきなり!ステーキ」が誕生したのは2013年12月だ。銀座四丁目店をオープンさせると、立ち食いスタイルで、本格的なステーキをリーズナブルに楽しめる提案が受けて、瞬く間に人気店の仲間入りを果たす。

その後、2018年には年間200店舗を超える出店を実現させると共に、日本外食チェーンとして初めてアメリカのナスダックに上場させて、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。当時、「いきなり!ステーキ」が外食業界を牽引していたメインプレーヤーだったといっても過言ではない。

実際、その頃の「いきなり!ステーキ」は、新規出店すれば、客が入る状態だった。ニトリが進出しているようなロードサイドでも状況は同じだ。繁華街立地の勢いそのままに、ロードサイドでも変わらぬ混雑ぶりを再現していた。

しかし、2019年頃から「いきなり!ステーキ」は失速する。その原因は大きく二つある。まずカニバリズムだ。勢いに任せて出店を続けた結果、「いきなり!ステーキ」同士で客を奪い合うことになってしまった。その結果、ブランドの希少性が薄れて客数が減り、売上が下がってしまったのだ。

二つ目は、値上げによる割高感だ。当初1g5円だった「リブロースステーキ」の価格は何度か値上げが続き、本格的なステーキを安く食べられるというコンセプトが薄れ、価格優位性が失われた。

同時に、類似店の登場で、相対的に業態としての魅力もなくなり、失速は決定的となった。そこに追い討ちをかけるようにコロナ禍が起こる。

ニトリが「いきなり!ステーキ」のフランチャイズに加盟したのは2019年10月と、同ブランドの低迷が続いていた頃だ。

ニトリはフランチャイズ加盟後、「いきなり!ステーキ ニトリモール相模原店」を皮切りに、「いきなり!ステーキ環七梅島店」、「いきなり!ステーキ成増」と3店舗展開していた。

しかし、人気店が隣接していれば強力な集客ツールとなる。インテリア小売と外食で業界も異なるので、人が多く集まればついで買いが起こる可能性が高い。

当時、「いきなり!ステーキ」の業態力が落ちていたので、そうしたシナジー効果がどれほどあったのか分からない。

ただ株式会社ニトリホールディングス代表取締役会長、似鳥昭雄氏が「カンブリア宮殿」に出演した際、フランチャイズで運営する「いきなり!ステーキ成増」の混雑ぶりが放送されたように一定の効果はあったはずだ。

そこでインテリア小売と外食のシナジー効果に手応えを感じていたとしてもおかしくはない。結果的に、ニトリのフランチャイズ加盟期間は1年半で終わった。

コロナ禍で高まるニトリ店舗と飲食店のシナジー効果

「みんなのグリル」には「いきなり!ステーキ」での経験が確かに生かされている。

特に値付けや広いターゲットには、当時のオペレーションを通して得た知見の影響が色濃い。ニトリに併設している意義がより深まるように、家族連れをはじめとした客が利用できる店舗にすることはもちろん、近隣住民が気軽に利用できる価格設定にしたのだ。

また、フランチャイズをしていた当時、ニトリ独自にライスとサラダ、スープの食べ放題を行っていた。それが「サラダバー」(180円)、「スープバー」(100円)、「ライスバー」(150円)として、商品にも生かされている。

一方で、コロナ禍は外食産業に決定的な変化を起こした。人の流れが変わったのはもちろん、時短営業や営業自粛などの要請もあり、従来のビジネスモデルが通用しなくなったのだ。

中でもファミリーレストランなどは苦しい経営を強いられており、店舗の閉店も続く。しかし、ロードサイドでは「焼肉きんぐ」などの焼き肉業態や、ファストフード業態は好調だ。テイクアウトの稼ぎも手堅い。

「みんなのグリル」は、こうした市場環境の変化も踏まえて開発されている。幅広いターゲットを取り込むため、ファミリーレストランとファストフードの良さを組み入れた業態にした。また、同ブランドではテイクアウトへの対応などをしており、コロナ禍に最適な業態となっている。

つまり、以前より「ニトリ」との親和性が高く、さらにシナジー効果を上げられる業態になっているのだ。自社で運営をコントルールできるので、業態がブレる心配もない。さらに店舗で使う食器にニトリで売っているものを使えば、商品の提案も行えるので一石二鳥だ。

ニトリは2019年には、アパレルブランド「N+」を立ち上げているので、「みんなのグリル」ができたことで衣食住の事業が揃ったことになる。今後、事業間のシナジー効果も起こる可能性が大きい。

「みんなのグリル」は成功する?「かつや」の好事例に学ぶ

「みんなのグリル」の成功確率は高いだろう。

飲食店の重要な指標の一つに「FLRコスト」がある。Fはfood(材料費)で、Lはlabor(人件費)、Rはrent(家賃)で、飲食店の三大コストとも呼ばれている。コロナ禍でFLRコストは激変した。

営業時間の短縮や休業でフードロスが起きたり、人の流れが変わって家賃が割高になってしまったりしたケースも少なくない。つまり、これまでのビジネスが通用しなくなったのだ。

「みんなのグリル」は、コロナ禍を踏まえて、FLRコストを計算している。卸を通さないで食材を調達しているので材料費が下げられるだけでなく、自店の敷地内につくれば家賃もあまり掛けずに済む。すなわちFLRコストがかなり低く、利益が上がりやすいということだ。

今後の店舗についてもニトリの併設店舗が前提となるだろう。2021年2月時点で、ニトリホールディングスの店舗数は国内だけで722あり、そのうちニトリは450店舗だ。そのうち何店舗に併設できるかは不明だが、半分だけでも220店舗近くになる。

現在、ファミリーレストランで業界10位の店舗数を誇るロイヤルホストが、2021年第一四半期で国内だけで215店舗だ。なので、いきなり業界10位に飛び込むほどのポテンシャルを秘めているといって過言ではない。

しかし、味やオペレーションなどで課題も多い。それが併設以外での展開を難しくもしている。

ただニトリも「みんなのグリル」のオープンを広くPRしていない。なので、まだあくまでも実験段階だという意思の表れだろう。これからクオリティをさらに上げることができたら、展開の幅も広がる。

現在、「みんなのグリル」はニトリホールディングスのグループ会社、株式会社ニトリパブリックが運営しているが、同社はブランディングを行う会社だ。外食専門のグループ会社ができたとき、本格的な展開が始まるに違いない。

実をいうと、外食業界には、ニトリと同じように、家具屋から外食に参入して成功した例が過去にある。それが「かつや」だ。

「かつや」を運営するアークランドサービスホールディングス株式会社はもともと新潟の家具屋が母体だ。そのときドトールコーヒーなどのフランチャイジーとなり、外食のノウハウを学んで今日の成功を築き上げたのだ。

ニトリもかつて「いきなり!ステーキ」のフランチャイジーで外食のノウハウを得て、それをベースにしながら外食業界に一歩を踏み出した。

今後、アフターコロナで景気後退局面がやってくるといわれている。そのとき「お、ねだん以上。」を掲げる同社の飲食店が存在感を発揮するだろう。ニトリが外食業界にどんな変化を起こすか、非常に楽しみだ。