※この記事は2015年01月22日にBLOGOSで公開されたものです

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イスラム国に邦人が拘束された事件で、22日午前、日本外国特派員協会で、イスラーム学者の中田考氏が会見を行った。中田氏はイスラーム法学・神学を専門としており、イスラム国や今回の事件の背景や、人質の救出について自身の考えを語った。(午後に行われた、ジャーナリスト常岡浩介氏による会見はこちらから)

冒頭、同席した秋田一恵弁護士より、中田氏が現在私戦予備・陰謀罪の被疑者であることから、質問については人質事件についてのみ受ける旨、説明があった。また、同氏が昨年夏からイスラム国に拘束されている湯川遥菜氏をめぐって、イスラム国の司令官、ウマル・グラバー氏から「湯川氏の裁判をしたいので、イスラム法がわかり、日本語、アラビア語が出来る人をお願いしたい。その際に裁判の様子を伝えるジャーナリストも連れてきてほしい」と要請を受けていたことも明らかにした。

中田氏:今日はお集まりいただきましてありがとうございます。私は元々、非常に言葉がはっきりしませんで、日本語のテレビでも私がしゃべると字幕が出るというぐらいです。また、今難聴が非常に悪くなっておりまして、皆さんの質問もよく聞き取れませんので、今回できる限り、こちらにいらっしゃいます秋田先生を通じてお話をしたいと思います。

今、あの秋田先生からご説明がありましたとおり、私被疑者の立場にありますので、出来る限り、マスコミの露出を避けておりましたし、イスラム国とのコンタクトも避けておりました。それは私自身にとっても問題ですし、先方に対しても迷惑が掛かるということもあったのですが、今回、こういうことで人命が掛かっておりますので皆様の前でお話しさせていただくことにしました。

今回の事件は、タイミング的に安倍総理の中東歴訪に合わせて、発表があったわけですけど、安倍総理自身は、中東に行ったことが地域の安定につながる、和平につながると信じていたと思いますけれども、残念ながら非常にバランスが悪いという風に思います。

イスラエルに対して入植地への反対を直言するなどといったことで、バランスの取れた外交を行っているという風に信じているのだと思いますが、中東において、イスラエルとそもそも国交を持っている国がほとんどないというような事態を正確に実感していないのだと思います。ですので、これは中東あるいはアラブ・イスラム世界では非常に偏った外交とみられます。

記者会見の中で、難民支援、人道支援を行っていると強調していましたけれども、もし難民支援、人道支援ということで、今回の中東の歴訪があったとすれば、今シリアからの難民、正確にはわかりませんけれども、300万人とも言われております、その大半、半数以上、160万人ともいわれていますが、トルコにおります。まずトルコを最優先すべきであって、トルコが外れているところで人道支援、難民支援を強調しても、これはやはり信用しないと思われます。

訪問国がエジプト、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンとですね、すべてイスラエルに関係する国だけであると。そういう選択をしている時点で、アメリカとイスラエルの手先という風に当然、認識されます。人道支援のために行っている、あるいは難民支援のために行っていると言っても理解されない。中東を知るものとしては常識です。

「中東の安定に寄与する」というのは、当然理解できる発言ですけれども、その中で、「中東の安定」が失われているのは、イスラム国が出現する前のことです。その中で、わざわざ「イスラム国」だけ名指しで取り上げて、「イスラム国と戦うため」と言いながら、人道支援だけやっていると言っても通用しない論理だと思います。

日本人の人質2人がいるということは、外務省も把握していたと思いますので、その中で、わざわざ「イスラム国と戦う」ということを発言するというのは、非常に不用意であると言わざるを得ないと思います。

テロリストの要求をのむ必要はもちろんないわけですが、しかし、そのことと交渉するパイプを持たないということはまったく別のことだと思います。例え、無条件の解放を要求するとしても、実際に人質2人を解放するために安全が確保されるのか、その間、空爆を止めることができるのか、誰が受け取りに行くのか、どこで受け取りに行くのか。そういったことを正しい相手と、正しく話をするパイプがないことにはそもそも話になりません。

今回の件でも、これまでの似たようなケースでも多くの「仲介者になる」という偽者が現れて、それにアメリカが騙されるというケースもたくさん起きております。今回でもそういう恐れが当然あるわけです。 イスラム国からの呼びかけは、安倍政権だけではなく、日本国民に対する呼びかけという形をとっておりました。それに対しては我々は答えるべきだと考えています。もちろん日本は民主主義をとっている国ですので、安倍政権に賛成する人間もいれば、反対する人間もいる。その中で、 我々にどういう対応ができるのか、ということを問われているんだと思います。

私自身、行く用意がある

ここからは私個人の提案、提言になります。それはもちろんイスラム教徒、イスラム学者としての立場でもありますし、同時に日本国民として、アメリカ、日本にも受け入れられるギリギリの線だということで提言させていただきます。

安倍総理が言った通り、日本はイスラム国と戦う同盟国の側に援助をするわけですけれども、それはあくまでも人道援助に限られている。この論理は、イスラム国に対しても同じように適用されるべきだと考えています。

これまでも人道援助、経済援助の名の元にアフガニスタン、あるいは直接関係するイラクに関しても日本や国際社会は多くの援助を行ってきましたけれども、それが的確な人の元に届いていなかった。特にスンナ派のイスラム主義と言われる人たちに対しては、非常に扱いが悪かった。そもそもそういった因果が今回の事件の根源にございます。

現在のイスラム国の前身はイラクのスンナ派のイスラム運動です。ですので、彼ら自身はアメリカによってイラクが攻撃されたことを彼ら自身の体験として覚えています。そして、その時に、彼らも含めてサダム・フセイン政権が倒れたときには、ほとんどのイラク人がアメリカを勧化していました。それが数か月で反アメリカに変わった。それはやはり空爆その他でたくさんの人が殺された。特に女子供が殺されて、それに対してまったく保証がされていないという事態がございます。現在、それが繰り返されており、イスラム国が支配している、行政の責任を持っている地域で多くの人々が殺されています。

国際赤十字、中東地域では、赤新月社と言われていますが、ここはイスラム国の支配下のところでも人道活動を続けてきていると聞いております。ですので、私の提言といたしましては、イスラム国の要求している金額、これはあくまでも日本政府の難民支援に対して、それと同額のものということですので、これを難民支援、人道支援に限るということで赤新月社を通じ、そしてトルコに仲介役になってもらって、そういう条件を課した上で、日本はあくまでも難民の支援を行う。イラク、シリアで犠牲になっている人たち、その家族の支援を行うという条件を課した上で行う。これが一番合理的で、どちらの側にも受け入れられるギリギリの選択じゃないかと思っています。

日本ではあまり大きく報道されていませんでしたけれども、1月18日に、イスラム国はヤズィーディ教徒を350人を無償で、人道目的で解放しております。これも一つのメッセージであると私は考えております。

これから私の友人たち、イスラム国民、古い友人たちに対して私のメッセージを伝えさせていただきます。まず日本語で。

日本の人々に対して、イスラム国が考えていることを説明し、こちらから新たな提案を行いたい。しかし、72時間というのは、それをするには短すぎます。もう少し待っていただきたい。もし交渉ができるようであれば、私自身、行く用意があります。

1月17日にヤズィーディの350人の人質を人道目的で解放したことを私は知っている。評価しているし、それで印象も良くなっていると思います。日本人を釈放することがイスラム及びイスラム国のイメージをよくするし、私もそれを望んでいます。また、日本にいるムスリムの人も望んでいる。

72時間という時間は、あまりにも短すぎます。時間をもう少しいただきたいと思っています。 これを聞いていただければ幸いです。ありがとうございます。 ※同じメッセージをアラビア語でも読み上げる。

イスラム国と“コンタクトが取れること”は確認している

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―今回の事件で日本政府側から中田さんへの何らかの接触がありましたでしょうか?また、イスラム国とのパイプはまだ健在でしょうか?

中田氏:日本政府から要請は直接にはございません。しかし、コンタクトがないわけではございません。 イスラム国とのパイプにつきましても、冒頭申し上げた通り、なるべくコンタクトを取らないようにしてきましたが、“コンタクトが取れること”は確認している。

―日本政府はこの中東地域全体において、どれぐらいのコネクションを持っていると思うか?

もちろん私自身が、それについて答えられる立場ではないが、一般論として私自身も2年間サウジアラビアで専門調査員という立場で大使館で働いた経験もございますので、日本にはアラビストというシステムがございまして、100人以上のアラブの専門家が働いております。その意味では、アラブに関する知識がないということは、ありません。

しかし、彼ら自身が外務省の中で主流かというとそういうことはないですし、特にイスラム主義、イスラム学の専門家に対するコネクションというのは非常に弱いということは残念ながら申し上げていいと思います。

―今回の人質事件とイスラムは直接結びつかないのではないか?私のムスリム教徒の友人は、イスラム国に参加しているような人たちは、傭兵であったり、社会的な敗者に過ぎないと論評していた。こういう論評についてどう思うか?(フランス人記者)

中田氏:最初におっしゃられた通り、私はカリフ制というものを支持しております。これまでも平和裏にカリフ制というものが樹立されることを世界に訴えてまいりました。そして、当然、その意味では本来イスラムが目指す体系ということなので、それが不在の現在においては、私自身を含めまして、イスラム教徒の行っていることはすべて、ある意味では間違っているということになります。当然、その一つであると私自身は考えています。

―イスラム国の参加者が傭兵であり、社会的敗者であるという私の友人の指摘については?

中田氏:その友人がどういう方か存じませんから、それがどういう根拠に基づくものかわからないので、コメントは出来ません。

先程も言いました通り、私の今までのイスラム国への訪問というのは、私の友人たちを訪ねていっています。その人たちは、そういう人たちではありません。これは長年の経験から言えることです。これはイスラム国に加入する前、彼らの本国での暮らしぶりを見ると、基本的には普通の人たちよりも教養も高い、正直で、信頼できる人たちであったというのが私の個人的な感想です。知らない人間については、私は何も言い様がありません。

―日本の人道支援については、やるのであれば赤新月社とトルコを通じてやるべきだとのことだったが、難民の方たちにどのような形で届くのか?それを説明してほしい。また、そうすればこうした活動はテロの抑止力になるのか?

中田氏:難民と言った場合、国内難民と国外難民がございます。今回の提言というのは、トルコ及び赤新月社を通じて、あくまでもイスラム国の支配地域についての話しですので、その意味では国内難民の話になります。

これはイスラム国からのレポートを読めば分かる通り、イスラム国の生活は非常に苦しいものがございます。それは私自身も見てきたことですけれども、その際の人道援助というのが、どういう形になるのか、それがテロを減らすことになるかどうか、というのは考えないというのが人道援助の基本ですので、それについては直接的な効果は必ずしも期待できないかもしれません。

しかし、先ほど申し上げた通り、元々、イスラム国の前身が出現したのは、イラク及びシリア、特にイラクですが、アメリカの空爆によって難民化した人たちに対する補償がなかったことに対する恨みが発端であるという意味で、間接的には減らすことになるとは言えると思います。

具体的には食糧、医薬品および、シリアも非常に冬は厳しいので暖房器具、毛布、そういった人道支援以外に使えない物資を配るというのが具体的な方法として思い浮かぶことです。

―これから中田さんは日本政府に対して、この提案をすると声明でおっしゃっていたが、今後のスケジュールを教えてほしい。

中田氏:私自身、今必ずしも自由の身ではございませんので、とりあえず、ここで話したことを全世界に伝えてほしいと思います。それはもちろん日本政府にも届くはずですので。

―今日までの報道を見る限り、日本政府は本件に関して、交渉のパイプを持っていないと言われています。今日、中田さんがパイプ役になれるというアピールをしたわけですが、これに政府が反応しなかった場合、政府が人質を救出する気があるとお考えですか?政府の対応についてどのように考えますか?

中田氏:(昨年)9月に私がイスラム国を訪問する時に、事前に外務省に間接的にですけれども、お知らせいたしまして、そして、協力することがあれば協力したいという話をしましたけれども、その時外務省からはトルコの空港で「これは自己責任であって、行かないことをお薦めする。行く場合はご自由に」ということで協力は要らないということでした。

それで、もちろん私自身が協力しなくても解放できるのであれば、それで結構なことですが、現在までの展開を見ると、極めて怪しいのではないかと残念ながら思っております。

72時間以内に交渉の糸口をつかむことが重要


―中田さんは、イスラム国のどのような立場の人間と交渉が出来て、どの程度2人が解放される可能性があるのか?また、72時間を過ぎた場合に2人の生命に迫る危険はどの程度のものか?

中田氏:まず第一の点ですが、ウマル・グラバーというのは、最初に秋田先生からも説明がありましたけれども、イスラム国の中で唯一表に出てきている人です。その意味は、まずfacebookとかTwitter上で公式アカウントを持っておりまして、最近つぶやきが減ってはいますが、今は発言を続けております。

本人自身が特定できる、顔も表に出ていますし、今まで日本でいうと常岡さんや横田さんといったジャーナリストもインタビューしています。その2回とも私自身立ち会っております、イスラム国の中で、どこまで主導的な地位にいるのか、私もはっきりとは申し上げられませんけれども、少なくとも イスラム国の行政機関の中で働いている。

そして「司令官」という肩書でよばれている。彼は今、広報というか宣教担当という立場になっておりまして、何度も申し上げているとおり、顔も出していて、特定できる。皆さんでもウマル・グラバーと見ていただければ認識することができる。その意味で、騙される、偽者であるということはあり得ません。しかし、彼自身がイスラム国の代表、スポークスマンとして話せるわけではありませんけれども、あくまでも私はそれをつなぐことができるというだけの話です。

第2の点ですけれども、72時間という非常に短い時間。このことが何を意味するのかということは私もまだ掴み兼ねています。しかし、実際に72時間でお金が払い込まれるというのは、どうやって払い込むのかという交渉その他もありますので、72時間以内にお金が払われなければ、という話ではないと思います。まず交渉の糸口をつかめるかどうか。それが72時間の対応に掛かっていると思います。とにかく、交渉の糸口をつかむことに全力をあげたいと私は考えています。

―身代金を支払うべきかどうかについてはどう考えるか?理由と合わせて教えてほしい。

中田氏:先程も申し上げた通り、身代金を払うというのではなくて、トルコを仲介に赤新月社を通じて、イスラム国の支配下にある地域の国内難民、戦争被害者に対して、人道援助を行うということですね。 彼らに信頼して任せるということです。結局、分配に関しては彼らの信頼によるしかないわけですし、そしてまた現在のイスラム国、あるいはイスラム国の前身となったと言われるヌスラ戦線が、とりあえず支持を広げた大きな理由は、他の軍閥、民兵集団と違って彼らが援助金、援助物資を公正に人々に分配した。そのことによって、他の自由司令軍たちに比べて支持を得たという実績がございます。それを信じて彼らに任せるということであって、テロリストの要求に屈して、身代金に払ったということではなく、あくまでも彼らの要求も、日本政府はアメリカの同盟国を通じて人道援助を行ったので、我々を通じて同じような人道援助をしてほしいということだと、私は理解しています。

―イスラム国の認識の中で、日本はいつからビデオの中で指摘されているような「十字軍に参加した」と考えられるようになったと思うか?

中田氏:まず十字軍の一部になったかどうかについては、もちろんイスラム世界の中での認識は異なっていると思います。特にイラクに関しては日本からは自衛隊を派遣しております。イラクですので、それは当然彼らは知っているわけです。その意味では、今特に新しいことが起きているという認識ではないという風に思います。

ただ、一般的に中東ではいまだに日本というのはアメリカとは違うという認識があります。今回の件に関しても、いままでの人質の首を切られる時も、アメリカに対しては攻撃を辞めろというメッセージだったわけですが、日本に対しては明らかに違う。日本の役割はあくまでもお金を出すことであると。それはやはり直接攻撃するものとは別ということは、今でも維持されております。ただし、質問者の方からも指摘があったように、イスラム国の支配地域に対して人道支援を行うことがテロリズムに対する支援ではないのかという考え方もある。それは彼らから見ても同じことです。

当然、アメリカ軍に対して人道援助という形で支援していても支援していることには変わりはない。しかも、先ほどから何度も申し上げている通り、イスラム国だけを名指しして、それと戦うためにという言い方をしていますので、彼らか見ると、我々と戦っているという認識になってしまうのは仕方ないことだと考えます。

―いままでの脅迫の映像では、英国人のイスラム教徒が英国人の人質を処刑する立場に立つというようなことがあったが、今回は、日本人のイスラム教徒が出てきたわけではなかった。これは日本人のイスラム教徒がいなかったからだと考えるが、もし北大生の渡航が実現していたら、北大生が人質を罰する立場にいた可能性もあるのではないか?その点をどう考えるか?

秋田弁護士:今回は北大生の件については、特にコメントはしないということでここにおります。また、いくつもの仮定が積み重なった質問に回答することは難しいと思います。

―人命を重視した場合、今回他に取るべき方策はないのか?最悪の場合を含め、今後どのような事態が予想されるか?

中田氏:私自身は、先程の方法が唯一の方法だと考えています。最悪の事態というのは、アメリカ軍あるいはシリア軍の空爆によって、殺されてしまうということだと考えています。

―二人が処刑されるというのは、最悪のケースではないのか?

中田氏:まず私が「最悪の場合」といったのは、空爆で殺されるというのは、今この瞬間でも起こりうるわけです。72時間後であるという保証すらない。今現在、多くのイスラム国の住人、民間人が殺されています。それと一緒に殺されてしまうことが私は「最悪」だと考えています。

もちろん、72時間が過ぎて、日本政府からの反応がなくて、殺されてしまう可能性ももちろんあります。

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