御曹司のインスタの監視を続けると、美女と親密な様子で…
同じ会社、同じ部署。そこで働く、27歳・同い年の美女ふたり。
世渡り上手のあざとい女子と、真面目過ぎて融通が利かない女子。
彼女たちは見た目から性格、そして行動まで、何もかもが“正反対”なのだ。
そんなふたりが恋に落ちたのは、同じ会社のイケメン次期社長！？
美女ふたりからアプローチを受ける御曹司は、一体どちらの女性を選ぶのか。
◆これまでのあらすじ
紗良と七瀬、英琉の3人は、会社の公式Instagramの運営を任されるも、なかなか盛り上げることができずに苦戦する。すると、そこへフード系インスタグラマー・natsukoを紹介されて、活路を見いだすのだが…。
Vol.10 ライバルは1人じゃなかった…？
「おはようございます、村上さん！待ってました。これ、見てくださいっ」
始業時間の5分前。
オフィスに着くなり、私は英琉に出迎えられた。
― え〜♡一ノ瀬さん、私のことを待ってたのお？ていうか、何かご機嫌じゃないっ？
普段からにこやかな彼だが、朝からテンションが高いのは珍しい。
「一ノ瀬さん、おはようございま〜す♡どうしたんですかあ？」
「インスタのフォロワーが、2万人を超えたんですよ！」
英琉はそう言うと、スマホの画面をこちらに向けてきた。それを覗き込むようにして、彼にグッと近づいた私は、意図的に髪を耳にかけた。
フローラル フルーティーなシャネルの「チャンス オー タンドゥル」がフワッと香る。
― さっき、お化粧室でヘアミストをつけてきてよかったあ♡ていうか、フォロワーいきなり増えすぎじゃないっ？もう2万2,000人もいるの…？
今、私たちが運営を任されている会社の公式Instagramは、ここ数日で急激にフォロワーが増えてきている。この調子でいけば、当初の目標である4月中に3万人達成も、夢ではない。
― ふふ…。一ノ瀬さん、嬉しそう〜♡喜んでる姿も、可愛いっ！
だが、私がこんなふうに思っていたときだった。
「一ノ瀬さん、今いいかな？」
部長から呼び出された英琉は、手に持っていたスマホを自分のデスクの上に置いて立ち去る。
すると「ポキポキ」というLINEの通知音が聞こえてきて、思わず彼のスマホに視線が向かった。
そこで私は、とんでもないメッセージを目にしてしまったのだ。
英琉に送られてきた驚きのLINE…。紗良が目にした内容とは？
『すみません！今日のお約束なんですが、30分ほど時間を遅らせ…』
ポップアップ通知には、見覚えのあるロイヤルブルーのニットを着た女性の横顔のプロフィール写真。そこに『那津子』という名前が表示されていた。
メッセージは、途中までしか読むことができないがどうやら続きがあるらしい。いずれにせよ、そのLINEの送り主が、フード系インスタグラマーのnatsukoであることは明らかだ。
― この人って、あのnatsukoさんだよねえ…。どうして、一ノ瀬さんとLINEしてるのっ？今日の約束って…何っ？
私が、英琉のデスクの前でフリーズしていると、その隣の席の七瀬がコーヒーカップを手に戻って来た。
「おはよう、村上さん。どうかした？」
「あ…おはよう〜。ねえ、一ノ瀬さんって、最近もnatsukoさんと打ち合わせしたりしてるのかなあ？」
ほんの一瞬、七瀬の表情が曇った。彼女も、英琉とnatsukoのその後の関係について気になってはいるが、何も知らないといったところなのだろう。
「…オフィシャルな打ち合わせはないはず。でも、何でそんなこと聞くの？」
「そうだよねえ…。ううん、何でもないっ！あ〜、今日もやることがいっぱいあるなあ」
訝しげな七瀬の視線を無視して、自分のデスクに戻ると私はすぐにスマホを手に取った。
そして、何となく嫌な予感を覚えながらInstagramにログインすると、あの名前を検索した。
『aile_ichinose』…。
英琉のInstagramのアカウント名だ。
私たちが働く製菓会社はチョコレート菓子やビスケット類が主力商品なのだが、3日前、珍しくアイスの新フレーバーが発売になった。
私は、その新商品を会社のInstagramに投稿し、ストーリーズにもあげた。
いつもの英琉なら、会社のアカウントにログインし直してから投稿内容を確認するのだが、その日はうっかり、自分のアカウントのままで足跡をつけてしまったようだった。
ストーリーズの閲覧者の中に彼の名前を見つけた私が、瞬時にアカウント名を覚えたのは言うまでもない。
― うん♡これは、一ノ瀬さんのアカウントで間違いないっ！
確か、英琉は今の会社で働く前に仕事でよくパリに行っていたと聞いたことがある。そのときのものなのか彼のInstagramには、フランスやベルギーの飲食店、風景の写真が何枚も投稿されていた。
私は古い投稿から順に、じっくりと目を通すことにした。するとそこで、あることに気がついた。
英琉が投稿した写真にもセピア色のフィルターがかかっていて、natsukoの投稿とどことなく雰囲気が似ているのだ。
打ち合わせのときも、2人は初対面とは思えないほど楽しげだったし、価値観が合うのかもしれないと思うと気が重くなった。
さらに、半年以上前の初めて投稿されたであろう写真までたどり着くと、私はふたたび目を見張ることになった。
そこには、こんなものが写っていたのだ。
英琉が、初めて投稿した写真に写っていたものとは…？
― ん？このテーブルに置いてあるのって、七瀬からもらってたあのパンと同じじゃない？
ハッシュタグには、『#Paris』『#Saint Germain des Pres』『#Pain au chocolat』と記されている。
パン・オ・ショコラ…。ハッシュタグのほかに、文章は書かれていなかったが、どういうわけかその投稿が妙に印象に残った。
それからというもの、私は英琉の動向を探るべく、彼のInstagramを毎日チェックするようになったのだった。
だから、オフィスで偶然natsukoからのLINEを見てしまったあと、彼のSNSにこれといった変化がなかったことに心底ホッとしていた。
しかし、その日の夜。
英琉のInstagramに動きがあった。彼がフォロー中のアカウントに、『natsuko』が追加されていたのだ。
パン・オ・ショコラの傍らに、白とグレーのストライプのギフトボックスが写った写真も投稿されている。
『パリを思い出す味』という言葉とともに。
― この箱って、もしかして…！？
英琉が投稿した写真に写っていたのは、この間の打ち合わせのときにnatsukoがフィナンシェを詰めて持って来た箱と同じものだった。
私は、すかさず彼女のInstagramを覗きにいった。
『今日は、パン・オ・ショコラを焼いてみました。コツは…』という最新の投稿は、簡単に見つけることができた。
英琉とnatsuko。
2人が会っていたことを、パン・オ・ショコラの投稿が証明している。
― natsukoさんって、意外と匂わせるタイプなんだあ！ふ〜ん！それなら、私だって…。
恋のライバルは七瀬だけだと思っていた私は、natsukoも英琉のことを狙っているのだと察すると、こんな行動に出た。
『natsukoさん、こんばんは！先日、打ち合わせでお会いした村上です。何度見ても素敵なInstagramで、私もフォローさせていただきました。今後とも、よろしくお願いいたします』
natsukoのInstagramをフォローし、ダイレクトメッセージを送ると…その10分後。
『村上さん、フォローしてくださりありがとうございます！実は今日、一ノ瀬さんとお会いしていたんですよ』
彼女の返信からは、どこか余裕さえ感じる。
『そうでしたか。また、弊社のInstagramの件で、ご迷惑をおかけしているのではありませんか？』
『いえいえ、実は私の主人が一ノ瀬さんの元同僚だったんですよ。ビックリですよね。フランス出張にも、何度かご一緒させてもらっていたそうで。それで、主人を交えて3人で食事をしたんです。
そうそう、貴社の商品なんですが、私すっごく気に入って。SNSやWEBの媒体で取り上げさせてもらっているんです。大好評です！』
― natsukoさんって、結婚してたんだあ。じゃあ、これは無駄な心配だったってことねっ。それどころか、彼女ってとってもいい人みたい♡あ〜よかったあ。
このやり取りで、英琉とnatsukoの関係だけでなく、会社のInstagramが注目を浴びているのは、彼女の力添えが大きいこともわかった。
それにしても英琉は、フランスやパン・オ・ショコラにずいぶんと思い入れがありそうだ。
…過去に何かあったのだろうか。どうにかして彼のことを知りたいと思った私は、翌日、こう切り出してみた。
「一ノ瀬さんって、インスタやってますかあ？もしやっていたら、フォローしてもいいですかっ？」
英琉のことだから、いつものさわやかな笑顔で「いいですよ」と言ってくれると思った。それなのに、返ってきた答えは私の予想とはまったく違っていた。
「あー僕、インスタはほぼ更新しないんですよ。非公開にしているし、見る専門なんです」
― あれえ…これって私、嘘つかれちゃったの？
「え〜っ、そうなんですかあ！一ノ瀬さんの投稿、見たかったのに〜残念っ！」
彼のInstagramの存在を知っている私は、複雑な気持ちでいることを気づかれないように、作り笑いをしてその場を取り繕った。
「村上さん…ちょっといい？」
自分のデスクに戻り、小さなため息を漏らす私の元へやって来たのは、七瀬だ。
「なあに？長谷川さんっ？」
彼女に向かって、少しとげとげしい声で答える。八つ当たりだ。
「えっと、実は…私もね…」
次の言葉を聞いて、私は七瀬に対して初めて、仲間意識のようなものが芽生えた気がした。
▶前回：御曹司と美女ふたりのプロジェクトが難航。そこへ突然、人気インスタグラマーが現れて…？
▶1話目はこちら：容姿と性格が真逆の美女ふたり。そこに御曹司が配属されて…？
▶NEXT：4月14日 木曜更新予定
英琉に嘘をつかれてしまった紗良…。そこへやって来た、七瀬の意外な言葉とは？
