北京五輪で金メダルを獲った平野歩夢。3大会連続のメダル獲得となった

北京五輪で大活躍したスノーボード・ハーフパイプ日本代表。男子は平野歩夢(TOKIOインカラミ)が、過去2大会銀メダルから3度目の正直で金メダル。女子では、冨田せな(アルビレックス新潟)が銅メダルを獲得した。日本勢はなぜ躍進を遂げられたのか。2010年バンクーバー五輪からハーフパイプ日本代表のトレーナーを務め、今大会でもサポートメンバーとして歓喜の瞬間に立ち会った島粼勝行氏に話を聞いた。

平野歩夢の桁違いのスタミナ

島粼勝行 バンクーバー冬季五輪の前からスノーボードナショナルチームのトレーナーとしてハーフパイプに関わるようになりました。先月の北京大会では、スノーボードクロスのトレーナーとして帯同するなか、サポートメンバーとしてハーフパイプにも関わりました。(平野)歩夢は少年時代からを知っていて、選手村で会えば「島粼さん!」とニコニコして声をかけてくれる仲。そんな歩夢が金メダルを勝ち獲った瞬間を、すごいなぁと思いながら見ていました。

 今大会のハーフパイプ会場の雪は、人工雪でした。だからボトム(底)に雪がたまる傾向があって、スピードが出ない選手も多かったんですよね。でも、歩夢は「トリプルコーク1440」を2連続で成功させられた。

 なぜかと言えば、彼の桁違いの練習量による成果だと思います。ハーフパイプの場合、1日に20〜30本パイプに入って練習できれば、「今日はハードに練習した」というふうになるんですが、歩夢の場合、1日に60〜70本。普通のスタミナでは考えられません。

 今、ハーフパイプの世界ではスタミナ・ストレングス(筋力や柔軟性など)・スピード・スキルという「4つのS」が大事とされていますが、歩夢はそのうちの一番の土台となるスタミナがある。その点は非常に大きかったですね。

 ハーフパイプは基本の滑りが安定すると、高さやスピードも出てきます。たとえば、点数を得るために、かつ、技の難易度を上げるためにジャンプを高く飛ぼうと思ったら、パイプのボトム(底)から上がっていく時にいかにスピードを出せるかという技術が大切になる。そこももとを返せば基本を大事に、量を滑ることが必要です。

 2014年のソチ、2018年の平昌、今回の北京と五輪経験を重ねるなかで、そういった体力がついたことでミスが減り、金メダルの要因となったことは間違いないです。今大会では、歩夢の弟である海祝もリップ(パイプの端)から7.4mの高さまで飛ぶ世界記録を出しましたが、歩夢と一緒に練習していた効果が大きかったと思います。

 歩夢は「トリプルコーク1440」以上の大技を北京五輪前にはできるようにはなっていました。本番では出しませんでしたが、その技をマスターしていたことも「トリプルコーク1440」を安定して、余裕をもって出せるうえでは重要な要素になっていたと思います。本人に大会後に話を聞いたら「辛かったです」と言っていたので、その練習量も尋常じゃなかったと思います。歩夢はソチ五輪前では今まで出していなかったトリプルコークの準備をしているなか、直前合宿で大きなねんざをしてしまっていたので......、今回はケガもなく本当によかったです。

躍進の裏側にひとりのコーチの存在

 今大会では、2009年のハーフパイプ世界選手権で優勝し、バンクーバー五輪にも出場した青野令が、平昌に続き、専門コーチとして参加しました。彼の役割は非常に大きかったですし、特に冨田せなが銅メダルを獲得したのは彼の存在なくしては語れません。青野は自分が選手として回転に横から縦が加わるようになった時代を経験したことで、技術をより詳細に教えることができます。

 しかも、アクロス重信(※愛媛県内にあった屋内練習場、2012年閉館)にいた頃から歩夢らの後輩選手に技術を共有していたうえに、コーチ専任になってより技術指導に専念できるようになったんです。

 ここにメンタル面指導に長けている村上大輔コーチ、この2人をまとめる治部(じぶ)忠重ヘッドコーチ、トレーナーの3人がついた体制が「ハーフパイプ・ジャパン」の支えになったと思います。

 冨田は五輪にかける思いが強かったのか、予選のあと、「怖い」と号泣しながら私のいたワックス小屋に入ってきました。そうしたなか、岡田良菜がソチ五輪で出した日本女子の最高順位だった5位を超え、銅メダルを獲得できたのは本当によかったです。


ハーフパイプ日本女子で初めてメダルを獲得した冨田せな

ハーフパイプを日本・世界に広げる存在に

 今大会でのハーフパイプ日本代表の躍進は合宿で、「朝ごはんを食べる、朝しっかり起きる」の指導から始まった時代を知っている私にとって、本当に感慨深かったです。今大会は選手たちも自分の言葉で語っている姿に、成長したなと思いました。

 北京五輪を終えて、戸塚優斗は10位という結果を非常に悔しがっていましたし、平野海祝という選手も出てきました。女子も冨田がメダルを獲ったことで新しい流れも出てくると思います。ただ、世界的に見るとハーフパイプの競技人口はビッグエアなどと比べて少なくなっている現状があります。五輪の大事さは選手たちも十分理解していると思いますし、世界トップクラスの存在としてハーフパイプを日本、そして世界に広めてほしいと願っています。

<プロフィール> 
島粼勝行 しまさき・かつゆき 
1965年、愛媛県松山市生まれ。Jリーグ愛媛FCのトレーナーなどを歴任後、2010年バンクーバー冬季五輪、2014年ソチ五輪、2022年北京五輪でスノーボード日本代表トレーナーとして帯同。ふだんはトレーナー業に加え、スポーツ&ヘルスケアリハビリケーションセンター「ASRE」代表取締役として「俳句体操」など地元・松山の特性を生かした健康増進活動に関わっている。