中日・福敬登【写真:小西亮】

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昨年11月に誹謗中傷の被害を会見で訴えた中日左腕・福敬登

 SNSやネット記事のコメント欄には、プロ野球ファンのコメントが溢れている。試合の展開次第で、手厳しい意見が並ぶのは納得できる。「結果が全ての世界ですから」。ただ、常軌を逸した誹謗中傷や殺害予告のような言葉は、どうしても許せなかった。中日の福敬登投手は昨年11月、契約更改後の会見で被害を告白。表沙汰にするリスクを考えると恐怖もあったが、未来のために矢面に立つことを選んだ。【小西亮】

 チームでの役割は、抑えて当たり前のリリーフ。昨季まで3年連続で50試合以上に登板してきた29歳の左腕は、時には“戦犯”になることだってある。記事になるのは、決まって打ち込まれたとき。ネット上には、汚い言葉が沸いてくる。「死ね」「殺す」。家族への危害を予告する文章も。中には、ダイレクトメッセージで直接届けてくる人間もいる。

「嫌なら見なければいい」「批判されるのは、いい投手になった証拠」

 そう諭す向きもある。全てを遮断すれば、心の平穏は保てるかもしれない。ただ、何の解決にもならないのも分かっている。「言われた側が泣き寝入りするのが美徳だという考え方は、違うと思う」。顔の見えない発言者は決まって“個人の意見”だと強調するが「たとえ個人の意見でも、名指しして『死ね』と言っていいはずがない」。

未来を担う選手たちのためにも「今この段階で行動すべきだと思った」

 ファンあってのプロ野球。それは身に染みて理解している。いい試合や頼もしい姿を見る人に提供するサービス業の一面もあると思っている。“お客様は神様”。とはいえ「お互いにリスペクトがないと成立しないと思うんです」。届ける側の責任と、受け取る側の感謝。プロ入り前、JR九州で駅員業務に携わっていたからこそ、余計に思う。

 多くのメディアが集まる契約更改後の会見を選び、敢えて言葉にした被害の数々。「めちゃくちゃリスキーだとは思いました」。中傷が激化したり、実際に危害を加えられたりする危険性もゼロではない。自分のためだけなら、きっと思いとどまっていた。ある試合でミスをした後輩が辛辣なコメントに表情を失った姿を見たからこそ、決断できた。

「若い世代になればなるほど、SNSが生活に入り込んでいる。もしこの状態が続けば、精神的に限界が来て野球ができなくなる子が出てきてもおかしくない。今の中高生だって、誹謗中傷で溢れる記事のコメント欄を見てプロ野球選手になりたいと思ってくれるのかって。SNSは、プロ野球選手を殺せる威力を持っているツール。だから、今この段階で行動すべきだと思いました」

弁護士を通じて被害を告訴、侮辱罪で立件される可能性も

 選手会の弁護士を通じ、警察に刑事告訴。特に悪質性の高い発言を繰り返す人物に対しては、侮辱罪で立件される可能性もある。ネット上の誹謗中傷を巡っては、2020年5月に女子プロレスラーの木村花さんが自殺。侮辱罪の厳罰化に向けた契機になった。

 会見での被害公表から3か月あまり。周囲からは心配された一方で、他競技のアスリートらから「よく言ってくれた」との声も届いた。もちろん「面倒くさいことをしてくれたな」と煙たがられることもあるが、行動を起こしたことに全く悔いはない。

 劇的に状況が改善するとは思っていない。「なくなることは、ないでしょうね」。プロ野球はオープン戦が本格化し、3月25日にペナントレース開幕を迎える。きっと毎日、誰かが標的になる。それでも、向けられる刃がひとつでも少なくなることを、切に願っている。(小西亮 / Ryo Konishi)