作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMの音楽番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00〜19:55)。1月30日(日)の放送は「村上RADIO 〜ジャズ奥渋ストリート〜」と題して、村上さんがコレクションしているジャズのアナログ・レコードの中から、特に“奥深くて渋いジャズ”の名盤をセレクト、その魅力をたっぷり解説しました。

歴史に名を残す著名なジャズ・ミュージシャンではなく、村上さんが「奥深いけどフレンドリーなジャズ」と語る名曲の数々とは……? この記事では後半4曲とクロージング曲、“今日の言葉”についてお話された概要を紹介します。



◆Zoot Sims「summerset」

今日はジャズ奥渋ストリート、渋くて奥深いジャズを特集しています。

テナー・サックス奏者、ズート・シムズが1972年にグルーヴ・マーチャント・レーベルに吹き込んだ知られざる傑作『Nirvana』から「summerset」を聴いてください。ギターはバッキー・ピザレリ(ジョン・ピザレリのお父さんですね)、ベースはミルト・ヒントン、ドラムズはバディ・リッチ。

このバディ・リッチのドラミングが素敵なんです。でしゃばらないけど、存在感ばっちりという、いかにもヴェテランの味です。ズート・シムズもリラックスした音を出しています。仲の良いヴェテラン・ミュージシャンたちが一堂に会して和気あいあいで吹き込んだという、いかにも親密な雰囲気が全体に漂っています。

“Summerset”、いい曲ですよね。これを作曲したのはトリー・ジトというあまり知られていない作曲家ですが、このアルバムには彼の曲が2つ入っています。ジトさんは世間的には、ジョン・レノンのアルバム『Imagine』のストリングス・アレンジメントを手がけた人として、また歌手ヘレン・メリルのご主人として、よく知られているみたいですね。

◆Chris Anderson Trio「Only One」

次は一般的にほとんど名を知られていないピアニスト、クリス・アンダーソンのトリオ演奏を聴いてください。曲は「Only One」、彼のオリジナル曲です。これ、とても美しい曲です。ベースはビル・リー、ドラムズはウォルター・パーキンズ。

3人はみんなシカゴを中心に活躍していたミュージシャンたちです。シカゴは有名なジャズ・ミュージシャンを数多く輩出しています。このアンダーソンは演奏だけ聴くと、ビル・エヴァンズを思い出させるんですが、彼は実は黒人です。そして盲目で、骨にも重い障害を負っています。そんなせいもあって、残念ながら活発な演奏活動ができず、ミュージシャンの間での評判がよかったんですけど、全米での知名度は低いものになっています。このレコードで聴く限り、素晴らしいピアニストに思えるんですけど。今日はなぜか盲目のミュージシャンが多かったですね。あくまで偶然ですが。

◆Carmel Jones「Dance of the Night Child」

ホレス・シルヴァーのバンドで名を売ったトランペッター、カーメル・ジョーンズの演奏を聴いてください。1965年に発表されたプレスティッジ・レコード『ジェイ・ホーク・トーク』から、彼のファンキーなオリジナル曲「Dance of the Night Child」(夜の子どもたちの踊り)です。

テーマに続いて、まずバリー・ハリスの辛口のピアノソロがあり、カーメルのノリの良いソロに続いて、ジミー・ヒースのパワフルなテナーソロがあります。

1965年、この時期のジャズ・シーンって、マイルズ・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、エリック・ドルフィー、オーネット・コールマン、とジャズの革新がすごい勢いで進行しまくっているんですが、そういう新しい流れとは別に、ハードバップ直系のジャズをこのように地道に続けている人たちもいました。このへんの演奏はなかなか日が当たらないんですが、でもなんかいいんですよね。ジャズ好きの胸にはじわっときます。どうですか、猫山さん。(にゃー)

◆Ronnie Mathews「Crepescule With Nellie」

最後にもう1曲、セロニアス・モンクの曲を聴いてください。ロニー・マシューズのソロ・ピアノで「Crepescule With Nellie」。クレプスキュールというのはフランス語で「薄暮」のことです。夕暮れの薄闇。ネリーはモンクの奥さんの名前です。奥さんと2人で夕暮れを眺めているんですね。マシューズはその静けさに満ちた風景を、モンクへの敬意を込めてしっとりと歌い上げます。1985年の吹き込みです。

ロニー・マシューズはその長いキャリアのわりに、あまり目立つことなく、広く名を知られることもなく、なんとなく日陰状態のまま終わってしまったようなピアニストです。腕もよかったし、一流バンドにも入っていたんですけど、録音に恵まれなかったという不運もあります。性格的にもちょっと謙虚過ぎたのかもしれないですね。それでは「Crepuscule With Nellie」。

<クロージング曲>

秋吉敏子「American Ballad」


今日のクロージングの音楽は、ピアニスト秋吉敏子さんのトリオが演奏する「American Ballad」。彼女が作曲した美しいバラードです。1972年に発表された『フィネス』というアルバムの中に入っています。とても良いアルバムで、僕の密かな愛聴盤になっています。

* 

今日の言葉は、作家のフランツ・カフカさんの残した言葉です。彼は人が読むべき本についてこう語っています。

「私たちは私たちに噛みつき、突き刺すような本を読まなくてはなりません。本というものは、私たちの内側にある、固く凍った海を打ち砕く、鋭い斧であるべきなのです」

(参照:「凍った海と斧」、『村上春樹 雑文集』より)

そうか、僕らの内側には固く凍った海があるんだ。僕の書いた本が、僕が研ぎ上げた斧が、その凍った海をひとかけらでもいいから、砕いているといいなと思います。とてもとてもむずかしそうな作業ですが。



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聴取期限:2022年2月7日(月)AM 4:59 まで

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<番組概要>

番組名:村上RADIO 〜ジャズ奥渋ストリート〜

放送日時:1月30日(日)19:00〜19:55

パーソナリティ:村上春樹

番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/