アップルのストレージサーヴィス「iCloud」の有料ユーザーなら、「iCloud+」の名称でセットになっているさまざまな追加機能を利用できる。「iCloudプライベートリレー」も、そのひとつだ。

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iPhoneまたはiPadの「設定」を開き、いちばん上にある自分の名前をタップして「iCloud」を選ぶと、「プライベートリレー(ベータ版)」のオン/オフを切り替えるスイッチがある。macOSの場合、このスイッチは「システム環境設定」のApple ID>iCloudの順に進めば見つかるはずだ。

ところが、そもそもこの機能が何なのか、どんな仕組みなのかについての詳細は設定画面には書かれていない。そこでアップルが発表したプレスリリースを参考に、iCloudプライベートリレーの詳細を探ってみた。この記事を読み終わるころには、きっとこの機能が自分に必要かどうか判断がつくようになっていることだろう。

ネット上でのプライヴァシーを保護

iCloudプライベートリレーをオンにすると、ユーザーのインターネット上での行動においてプライヴァシーが保護される。しかも、さまざまな方法でだ。

まず、ユーザーが訪問するサイトに対して、そのユーザーのIPアドレスが不可視になる。一般的にIPアドレスからは、そのユーザーが世界のどこでウェブに接続しているのかがわかる。このIPアドレスこそ、ウェブサイトやマーケターがユーザーのアイデンティティーの特定に使う重要な情報のひとつなのだ。

iPhoneの設定画面で「iCloudプライベートリレー」をオンにした様子。

iCloudプライベートリレーをオンにすると、ユーザーにはIPアドレスに関する2つの選択肢が与えられる。ひとつは、大まかな位置情報(いちばん近くにある都市はどこか)の報告を継続するという選択肢。こちらの場合は、天気予報などのローカルデータが適切に表示され続ける。

もうひとつは、ユーザーの現在地を隠すという選択肢で、位置情報を要求するサイトに対してはユーザーがいる国と時間帯のみが報告される。 さらに、ユーザーの情報はデヴァイスの外に出るときに暗号化されるので、やりとりを誰かにデジタル傍受されることはない。

標準でデータに暗号化を施すサイトやアプリは多いが、それだけで十分ではない場合にはiCloudプライベートリレーが補ってくれる。つまり、ウェブブラウザー内のフォームに検索ワードや住所などを入力しても、詮索されることがないというわけだ。

iCloudプライベートリレーは、ユーザーのドメインネームシステム(DNS)の情報も隠してくれる。IPアドレスと同じように、このデータもそのユーザーが誰なのか、何に関心があるのかといったプロフィールの作成に使われるのだ。

そして、出来上がったプロフィールは広告主に販売される。iCloudプライベートリレーをオンにすると、企業がこうした情報収集をやりにくくなるのだ。

プライヴァシーが守られる仕組み

iCloudプライベートリレーには、「マルチホップアーキテクチャー」と呼ばれる技術が採用されている。その仕組みはこうだ。

まず、ユーザーのデヴァイスとインターネットの間には、ふたつの「リレー(中継所)」が用意されている。ひとつ目はアップルが運営するリレーで、そこではIPアドレスは可視化されているが、ユーザーが訪問しているサイトの名前は暗号化されている。 ふたつ目はアップルのサードパーティーのパートナー企業などが運営するリレーで、そこではユーザーが訪問しているサイトは識別されるが、ユーザーのIPアドレスは識別されない(サードパーティーの企業が責任をもって各ユーザーに新しいIPアドレスを割り当てている)。

つまり、誰もユーザー情報のすべてを見ることはできないのだ。アップルとインターネット・サーヴィス・プロヴァイダー(ISP)は、ユーザーが誰なのかは確認できても、そのユーザーがどこで活動しているのかは確認できない。

反対に、2番目のリレーを担当するコンテンツ・デリヴァリー・ネットワーク(CDN)は、ユーザーがどこで活動しているのかは確認できても、それが誰なのかは確認できない。このプロセスの各パートを分けることで、ユーザーのプライヴァシーは守られている。

iCloudプライベートリレーの仕組み。この機能をオンにすると、ユーザーのトラフィックはふたつのリレーを経由して送られる。

ILLUSTRATION: APPLE

その効果をさらに高めるために、2番目のリレーによってユーザーに割り当てられるIPアドレスは、時間が経つと、またそれぞれのセッション間で入れ替えられている。これにより、ユーザの追跡はいっそう困難になるわけだ。さらにiCloudプライベートリレーは、ユーザー側に中断を生じさせることなく、新たなCDNパートナーが参加してシステムに接続できるようにも設計されている。

iCloudプライベートリレーの技術面についてさらに詳しく説明すると、この機能には再ルーティング全体の効率性とプライヴァシーを保つために、トラフィックの転送やセキュリティに関するさまざまなプロトコルが用いられている。例えば、複数のデータストリームの管理には、通信プロトコル「QUIC」が用いられている(Chromeでも多用されている)。また、「Oblivious DNS over HTTPS(ODoH)」と呼ばれる技術によってDNSのリクエストが暗号化され、隠されたとしてもユーザーは正しいサイトへ確実にたどり着けるようになっている。

VPNの代替ではない

iCloudプライベートリレーには、事前に知っておくべき注意点もいくつかある。まず、iPhoneまたはiPadでは、Safariでしか機能しない。つまり、ほかのモバイルブラウザーを使ったブラウジングには適用されないのだ。

また、アプリから送られるデータには適用されるが、暗号化されていないデータにしか適用されない。ネットワークに関してはWi-Fiだけでなく、4Gや5Gのような携帯電話のデータ通信でも機能する。

ヴァーチャル・プライヴェート・ネットワーク(VPN)もiCloudプライベートリレーと同じような働きをするが、両者の間にはいくつかの違いがある。例えば、位置情報のスプーフィング(なりすまし)には、iCloudプライベートリレーは使えない。つまり、別の国にいるふりをすることはできないのだ。できるのは、IPアドレスを隠すことだけである。

IPアドレスを隠すことはできても、位置情報の“なりすまし”はできない。

また、従来型のVPNを経由して送られるトラフィックは、iCloudプライベートリレーによって処理されない点も注意すべきだ。これはVPNが独自に再ルーティングとIPアドレスの割り当てを担っているからである。

iCloudプライベートリレーは、完全にVPNの代わりになるわけではない。だが、Appleのデヴァイスでデータを保護してブラウジングのプライヴァシーを守ることに関していえば、どちらを選ぶかの問題になる。

アップルによると、iCloudプライベートリレーは固有のIDのほか、そのユーザーが誰なのか、ネット上のどこで活動しているのかといったことに関する情報を集めることはないという。さらにアップルは、送信されるトラフィックがふたつのリレーを経由して送られることに関して、ブラウジングの速度やパフォーマンスが「気がつくほどの影響」を受けることはないとも説明している(一部のVPNサーヴィスでは、これが問題になる場合もある)。

(WIRED US/Translation by Galileo/Edit by Daisuke Takimoto)

個人の情報を守るアップルの新機能「プライベートリレー」が、通信事業者にとって“悩みの種”になっている

アップルがVPN(仮想プライヴェートネットワーク)に似た機能「iCloud プライベートリレー」をベータ版として提供し始めた。ユーザー個人のウェブ閲覧情報や位置情報といったプライヴァシーの流出を防ぐための機能だが、ここにきて欧米の通信事業者から“苦情”が申し立てられている。いったいなぜなのか。