オフィス環境で業務効率は変わるのか。産業医の池井佑丞さんは「オフィスの温度・湿度は業務効率に大きく関係している。最も生産性が上がるのは、温度25度・湿度50%だ」という――。
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■冬場の温度・湿度と「業務効率」は関係がある

いよいよ全国的に本格的な冬の寒さが到来したようです。読者の方々は体調管理により一層の注意を払われていることと思います。また、寒さはもちろんのこと、空気の乾燥が気になるという方も多いのではないでしょうか。

冬の健康にまつわる課題としてまず挙げられるのは、“感染症”に対する懸念や、“肌”“睡眠”へ与える影響などがあると思います。皆さんご存じかと思いますが、湿度が低いと風邪やインフルエンザ等のウイルスが活発になります。また、空気の乾燥により肌から水分が失われやすくなりますし、喉の乾燥や寝室の寒さからくる冷えによって睡眠に悩みを抱える方も多くなります。

このように、冬場の温度・湿度が日常生活へ与える影響は大きいと言えますが、さらに近年では新たな事実がわかってきています。それは、「冬場の温度・湿度」と「業務効率」とが大いに関係しているということです。

■最も生産性が上がるのは「温度25度、湿度50%」

本題に入る前に、少しだけ日本での規則の現状についてご説明します。労働安全衛生法に基づき定められた「事務所」の衛生基準である、「事務所衛生基準規則」はご存じでしょうか。労働者が良い環境の中で働けることを目的に定められた省令のことです。事務所の広さや、換気、室温、照明、清掃、トイレなどさまざまな事柄がまとめられています。この中で、事業者はオフィスの室温を「17度以上28度以下」、湿度については「40%以上70%以下」を保つように努めなければならないとされているのです。

また、環境省が2005年度から提唱している「ウォームビズ」(過度な暖房に頼らずさまざまな工夫をして冬を快適に過ごすライフスタイル)では、暖房時の室温の目安として20度を推奨しています。

「17度以上28度以下」の室温・「40%以上70%以下」の湿度は、人が不快と感じることのない作業環境として定められたものだそうですが、だいぶ幅が大きいと感じるかもしれません。そんな中で、温湿度を業務効率という観点から捉えた研究が多く実施されています。その結果分かってきているのが「温度:25度・湿度:50%」が最も生産性が上がる環境である、ということです。それらの研究についていくつかご紹介したいと思います。

■室温を上げるとタイピング文字数が150%増加

まずは、オフィスの「室温」と業務効率との関連について。実際にオフィスの室温が暑すぎる、または寒すぎるといったことで業務に集中できない経験をしている方も多いと思います。これを数値として示した研究があります。

2005年にアメリカのコーネル大学で行われた研究では、室温を20度から25度に上げたところ、タイピングミスが44%も減少し、タイピング文字数は150%の増加が見られたという結果がでています(※1)。さらに日本建築学会の研究では、25度から1度上げるごとに作業効率が2%低下した、との結果が出ています(※2)。

(※1)Susan S.Lang: Study links warm offices to fewer typing errors and higher productivity. CORNELL CHRONICLE. 2004 Oct 19.
(※2)多和田友美、伊香賀俊治ほか「オフィスの温熱環境が作業効率及び電力消費量に与える総合的な影響」日本建築学会環境系論文集 2010年 75巻 648号 p.213-219

次に、「湿度」と業務効率との関連について見ていきましょう。早稲田大学理工学総合研究センターによる研究では、湿度が35%を下回ると人は乾燥による不快を感じるとされています(※3)。

(※3)堤仁美、田辺新一「低湿度環境が在室者の快適性・知的生産性に及ぼす影響に関する研究」早稲田大学

別の調査では、低湿度によって体の不調を自覚する割合が高くなることも示されています。冬のオフィスで調査を実施したところ、手足の冷えや皮膚の乾燥・痒み、風邪症状(鼻水、鼻詰まり、咳、くしゃみ)について、夏場と比較して自覚症状を訴える割合が有意に高い結果となったそうです(※4)。

(※4)齊藤宏之「冬季オフィス環境における温湿度の実態と健康影響」独立行政法人労働安全衛生総合研究所

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■乾燥した環境では、集中力が維持しにくい

このような状態で作業を続けるとどうなるでしょうか。集中力の低下やミスが増加することは想像に難くないかと思います。これについては次の研究で顕著に示されています。

国内のある施設で働く介護職員を調査対象とし、同施設内に乾燥エリア(湿度40%未満)と湿潤エリア(湿度40%以上)が存在する環境で、それぞれのエリアにて働く職員に自覚症状の有無を聞き取ったものです。

乾燥エリアで働く職員は湿潤エリアと比べて「することに間違いが多い」「仕事中に眠気に襲われる」「やる気がない」等を訴える率が高くなったという結果となりました。また、乾燥エリアではまばたきの回数が増えたといいます。人は作業に集中している時にはまばたきの回数が減ると言われています。そのため、乾燥エリアでの作業では乾燥から目を守るためにまばたき回数が多くなり、視覚情報が遮られることによって集中力を維持しにくくなった可能性があると考察されています(※5)。

(※5)小野万里、伊香賀俊治「介護施設の温熱環境と要介護高齢者及び介護職員の健康状態の関連」空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集 第7巻 空気質編 2019年

ここまで、温度・湿度と業務効率との関連を評価・検討する研究をいくつか紹介しました。以上から、生産性が最も上がる温度・湿度としておおむね「温度:25度・湿度:50%」と言えると考えられます。

■換気をしながらも、暖房と加湿器はしっかり使う

厚生労働省は、「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針」(快適職場指針)を公表しています。計画性を持って職場の環境改善を進めることは事業者の努力義務とされているのですが、その中で温度・湿度について適切に管理することが明示されています。しかしながら、いまだに日本においてオフィス環境に不満を抱えているという声は多く聞かれます。ある調査では冬場のオフィスの室温や乾燥に不満を感じている割合は半数程度とも言われています。

加えて、昨今はコロナ対策として換気の励行が呼び掛けられています。外気の取り込みによって室温・湿度が低下してしまうことはどうしても避けられません。ですから、室内の温度・湿度管理の重要性がさらに高まっていると言えるでしょう。換気との両立のため、しっかりと暖房・加湿器を使用していただくことをおすすめします。エアコンの噴き出し口からの風が直接当たる場所などでは、人に直接当たらないように風向を調節するほか、扇風機やサーキュレーターで空気の流れを作るのもよいでしょう。

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■エアコン温度調整で残業時間が減った事例もある

光熱費の増加を懸念しておられる方もいるかもしれませんが、産業医の立場としては業務効率の向上がもたらす良い影響を優先して適切な職場環境づくりを進めていただければと思います。実際に、姫路市役所では夏場に28度に設定していたエアコンの温度を25度にしたところ、残業時間の減少による人件費の削減が光熱費の増加を上回ったといいます(※6)。

(※6)「「25度で効率アップ」85% 夏の室温設定で姫路市職員」日本経済新聞2019年10月8日

温度調整によるコスト面での比較調査は公表されているものがありませんが、先述の研究結果での作業効率への影響を考えると、温度もまた調整すべきだということは容易に想像いただけると思います。

ただ、体感には個人差がありますし、業務内容によっても適温が変わってくるのも確かです。まずは基準として「温度:25度・湿度:50%」と覚えていただき、その上で個人個人が工夫する、職場に合った必要な改善を行う、等をしていただくのが良いでしょう。

一日の多くをオフィスで過ごすという方は多いと思います。冬場は感染症予防や寒さ対策が注目されがちですが、業務効率改善という視点からも「温度:25度・湿度:50%」のオフィス環境構築を目指してみてはいかがでしょうか。

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池井 佑丞(いけい・ゆうすけ)
産業医
プロキックボクサー。リバランス代表。2008年、医師免許取得。内科、訪問診療に従事する傍らプロ格闘家として活動し、医師・プロキックボクサー・トレーナーの3つの立場から「健康」を見つめる。自己の目指すべきものは「病気を治す医療」ではなく、「病気にさせない医療」であると悟り、産業医の道へ進む。労働者の健康管理・企業の健康経営の経験を積み、大手企業の統括産業医のほか数社の産業医を歴任し、現在約1万名の健康を守る。2017年、「日本の不健康者をゼロにしたい」という思いの下、これまで蓄積したノウハウをサービス化し、「全ての企業に健康を提供する」ためリバランスを設立。
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(産業医 池井 佑丞)