●「映画版を超えられると思っていた」

進行形の政治問題やスキャンダルに真正面から切り込み賛否両論を巻き起こした映画『新聞記者』(2019)が、さらに進化して全6話のNetflixシリーズとして13日より配信されている。第43回日本アカデミー賞では3冠を達成するなど、高い評価を受けた劇場版を超える意気込みで本作に臨んだというのが、映画『新聞記者』から引き続きメガホンを取った藤井道人監督。初タッグとなった米倉涼子、これまでも作品を共にしてきた綾野剛、横浜流星といった役者陣への並々ならぬ信頼感をはじめ、『新聞記者』とドラマ『アバランチ』の共通点、相違点までを語った。



○■もう一度やる意味「“声なき人の声”を世界に届けられる」

権力の不正を追及する東都新聞社会部の記者・松田杏奈(米倉)が、事件を闇に埋もれさせないように必死で証言を集め、真相を追っていく本作。松田だけではなく、政治家、官僚、司法関係者、市井の人々などそれぞれがもがきながら自身の正義を見つけていこうとする様を描き出し、映画版以上に深さと広がりを持った作品として完成した。Netflixシリーズ『新聞記者』の監督オファーを受けた時には、「一度映画として完成したものをセルフリブートとしてドラマ化するということで、自分がこの作品をもう一度やる意味って何だろうと考えた。『僕じゃない方がいいのでは?』とも思った」と正直な胸の内を語る藤井監督。

葛藤がありながらも飛び込む決意をしたのは、映画版も手掛け「僕を見つけてくれた人であり、大切なパートナー」と絶大な信頼を抱く河村光庸プロデューサーからの声がけと、「僕は初めて携わった連続ドラマがNetflixシリーズ『野武士のグルメ』だったんです。キャリアの土台となっているメディアで、恩義のある方とまたお仕事できることも大きかった」という思い。“もう一度やる意味”については、「エンタテインメントとして、“声なき人の声”を世界に届けられる。政治や社会に対して1ミリでも変えようとしている人がいるという姿を世界に向けて伝えられるとしたら、これはやる意味があることだなと感じています」と力強く語る。

2019年に公開された映画版が高評価を受けたが、「新しく作れば、映画版を超えられると思っていた」とキッパリ。

「映画版はとても評価をしていただきましたが、個人的には僕の勉強不足や経験不足が露呈した部分があったと思っています。再びチャンスをもらえるならば、取材回数を増やして、もう一度勉強し直すこともできる」と奮い立ったそうで、「新聞というメディアの歴史についても学ぶ時間が足りなかった。また新聞記者の方々や官僚の皆さんがどのような気持ちでいるのかも、脚本に即した取材しかできなかった気がしています。その点、今回は脚本がまだできていない段階から取材を進め、新聞記者の方々はどのような不安、恐怖を抱えて仕事に向き合っているのか、そういった心情の部分も取材することができました」と感情の部分をより掘り下げていったと話す。

○■米倉涼子は「頼りになる“みんなのお姉ちゃん”」

画面の隅々まで、実力派俳優たちが顔を揃えている。藤井監督にとって、主人公・松田役の米倉とは初めてのタッグ。米倉の座長ぶりには、感謝することばかりだったという。

「河村さんから『米倉涼子さんが松田を演じてくれたら、おもしろいことになる』というお話があって。米倉さんとの初対面はものすごく緊張しました」と笑顔をこぼしながら、「米倉さんには、とても華がありますよね。一見、浮世離れしたスーパースターに見えるんですが、ご一緒してみるとものすごく人間味のある方で。常に監督に寄り添おうとしてくれるし、スタッフ一人一人に声をかけてくれる。現場では、頼りになる“みんなのお姉ちゃん”みたいな感じでした。僕は猫背なので『毎日これで肩甲骨を伸ばしなさい』とストレッチのグッズをくれたり、食生活の心配までしてくれて(笑)。米倉さんが真ん中にいてくださったからこそ、僕は俳優部全員とガチンコで戦えたと思っています」としみじみ。

さらに「感情でお芝居をされる方」と米倉について分析。「松田が『権力に屈しないといけないんですか?』とデスクに食らいつくシーンがあります。そこで米倉さんは、バーッと涙を流した。台本には“涙を流す”とは書いていなかったんです。カットがかかった後、米倉さんは『泣くつもりじゃなかった。ごめんね』とおっしゃっていましたが、僕はその芝居にものすごくグッときました。松田として生きているからこそ、出た涙だった。すばらしかったです」と語るように、米倉が松田の繊細な心の揺れまでを表現している。

●綾野剛と横浜流星は「自分と似ている」



○■綾野剛のストイックな姿勢に感心

エリート官僚の村上真一役には、前作『ヤクザと家族 The Family』、ドラマ『アバランチ』でも共に戦ってきた綾野剛を藤井監督自ら抜てきした。「『ヤクザと家族 The Family』は繊細さや野生味など、どちらかというと剛さんの素に近い部分を撮ることができた映画。今回の村上役は、剛さん本人とはものすごく遠いところにいるキャラクターだと思います」と綾野にとっても新境地となる役柄となった。

村上は「国民に尽くす」という理想に燃えて経済産業省に入省しながらも、次第にその理想が崩れ、苦境に立たされていく役どころ。綾野は肉体改造にも励み、村上の葛藤を体現した。タッグを重ねている綾野について、藤井監督は「剛さんのお芝居のアプローチは、精神から追い込んでいくようなやり方。村上は自分の信じていたものが壊れて、だからこそ食事も喉が通らなくなり、痩せていく。剛さんは、いつもキャラクターのメンタルを考えながら身体づくりをしていくんです。村上の精神に寄り添うことはとても孤独な作業で、相当大変だったと思います」とストイックな姿勢に感心しきり。

本作のイベントでは綾野が「ベスト3に入るぐらい精神的にキツい役だった」と苦笑いを浮かべるひと幕もあったが、藤井監督によると「4日間くらい水抜きをしていましたし、本当に大変だったはず。でも剛さん、ものすごく楽しそうでしたよ(笑)」とのこと。「『ヤクザと家族 The Family』で剛さんと信頼関係が築けたからこそ、村上役をお願いできた。“初めまして”の方にはなかなかお願いできない役です」と打ち明け、「剛さんはとても誠実な方。ものづくりに対してお互いに『80点じゃダメだ、もっと越えていこう』という意識があるので、僕たちは似た者同士なんだと思います」と微笑む。

○■“自分だから撮れる横浜流星”を捉えたかった

もう一人、藤井監督が「自分と似ている。兄弟のよう」と話すのが、新聞配達をしながら大学に通う木下亮役の横浜流星だ。政治に無関心だった亮が、次第に自分ごととして社会に向き合っていく姿が描かれる点は、Netflix版の大きな特徴。藤井監督は「再び『新聞記者』を作るとしたら、自分に近い視点を入れたかった。亮はほぼ、僕自身です」と告白する。

「流星とは、彼が10代の頃から知っている仲です。ドラマ、映画、広告など、日本で今もっとも求められている俳優の一人だし、かっこいい流星を撮れる人はたくさんいると思います。僕は彼を兄弟のように思っているので、彼の人間性や彼の良さをわかっている“自分だからこそ撮れる流星”を捉えたかった。亮というキャラクターは、とても静かな役柄です。多くを語らないけれど、表情一つで彼の葛藤がわかるような芝居を撮りたかった。流星は見事にそれに応えてくれて、僕にとって彼のベストアクトだと思うものが撮れたと思っています」と自信をのぞかせ、「よく流星とも、『僕らは似ているよね』と話すんです。体育会系出身だし、ものづくりの現場以外でのコミュニケーション能力が低かったり…(笑)。これからもずっと一緒にやっていきたい役者です」と再会を願っていた。

●『新聞記者』と『アバランチ』の共通点と相違点



○■藤井監督が感じている“映像の持つ力”とは?

本作だけではなく、謎の集団が巨悪と闘うドラマ『アバランチ』でも「正義とは何か?」というテーマに向き合っていた藤井監督。“映像作品の持つ力”について、今どのように感じているのだろうか。藤井監督は「“ノーボーダーであらゆる思いを伝えられる”ということが、映像の持つ力なのかなと思っています」と思いをめぐらせ、「話す言葉が違っても、映画言語で世界中とつながることができる。映像作品を通してそれぞれの国の社会情勢を学べたり、文化、歴史を知ることだってできる。今回も『新聞記者』という作品を通して、僕たちが社会的なテーマに真摯に取り組んでいる姿勢が一人でも多くの人に届いたらとてもうれしいなと思っています」と語る。

『新聞記者』と『アバランチ』について、「共通点はあると思います」という藤井監督。「どちらも内閣情報調査室についても描いていますし、エンタテインメントを通して正義や“声なき声”に注目している。『アバランチ』は劇場型でファンタジーな部分もあり、なおかつ攻撃性のあるドラマにしたいと思っていました。一方の『新聞記者』は綿密にリサーチをして、作品にリアリティを与えていこうとした。アプローチは真逆でありながら、観てくださった方が何かを考えるきっかけになれるような作品になったと思います」と胸を張りながら、「『アバランチ』は剛さんに誘っていただいて参加しました。剛さんからのお誘いならば、無条件で『頑張ります! 力になりたいです!』と前のめりになります」と大きな笑顔を見せていた。

■藤井道人

1986年8月14日生まれ、東京都出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。2010年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。伊坂幸太郎原作の映画『オー!ファーザー』(14)で長編監督デビュー。以降『青の帰り道』(18)、『デイアンドナイト』(19)、『宇宙でいちばんあかるい屋根』(20)、『ヤクザと家族 The Family』(21)など精力的に作品を発表しており、今後も『余命10年』(3月4日公開予定)など待機作が控える。2019年に公開された映画『新聞記者』では、第43回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を含む6部門を受賞したほか、映画賞を多数受賞。