投手・大谷翔平も今季は「ヤバイ」。斎藤隆が見た明らかな変化、超一流の証
メジャーリーグで4年目を迎える大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)が、4月1日(日本時間2日)の開幕を前に絶好調だ。
打席に立てば特大ホームランをかっ飛ばし、マウンドでは101.9マイル(約164キロ)を記録。3月21日に行なわれたサンディエゴ・パドレスとのオープン戦では「1番・投手」で先発出場するなど、二刀流への期待が膨らんでいる。
今季から再び二刀流を復活させる大谷翔平
「どちらかと言えば打つほうに注目が集まっていますが、投げるほうも覚醒気味です。個人的にはバッターをやめさせて、ピッチャーで1年間見てみたいくらい、すごい球を投げ出しました」
そう語るのは、自身もメジャーで7年間プレーし、現役引退後にパドレスでアドバイザーを務めた斎藤隆氏だ。
日本ハム時代から最速165キロのフォーシームや、鋭く変化するスライダー、フォークなどで打者を圧倒してきた大谷だが、斎藤氏は明らかな"変化"を感じるという。
「日本ハムのころもすごかったけど、まだ淡白さがありました。それが今年のオープン戦を見たら、フォームのなかでグッと"割り"ができるようになり、安定感がすごいです」
"割り"を簡単に説明すれば、下半身から生み出した力を上半身に効果的に伝えるための動作だ。前足を踏み込んでグラウンドに着く瞬間、上半身が開かずに軸足に体重が残って"割り"ができることで、より多くの力を伝達しやすいとされる。
この投球メカニクスについて、斎藤氏が解説する。
「無理矢理、割りの時間を長くすると、お尻が落ちたり、それを支えるために頭を前に出したりとなるんです。大谷の状態が悪い時には、投げにいった際に右ひざが下を向いて、上体を前に押すか、慌てて左足をかくか、みたいになる。今は右ひざがグッと割れているので、自分が投げたい時に一気に力を合わせられます。だから、ボールを自在に操れると思います」
大谷は日本ハム時代、豪快なフォームからうねりを上げるような速球を投げ込んだ。彼に限らず、プロに入りたての若手投手や10代の甲子園球児が、躍動感あふれるフォームから力強い球を投げ込むことは昨今決して珍しくない。
一方、注目ルーキーの早川隆久(楽天)や高卒2年目の奥川恭伸(ヤクルト)のように、力感ないフォームから150キロ近いボールを投じる投手もいる。
しかし、現在の大谷には次元の違うすごみを感じると斎藤氏は言う。
「早川や奥川のように、若さから来るよさとは違います。トレーニングをして鍛えて、ピッチャーがバッターをアウトに取るために必要な、バッていう前足の入り(=割り)はなかなかできないんですよ。あれができたら超一流。今の大谷はリラックスした感じで前足を踏み出し、投げにいく時にバチンときた時の破壊力というか、リリースポイントへの力の集まり加減がすごい」
大谷は高卒9年目を迎え、今年7月には27歳になる。一般的に、プロ野球選手がピークを迎えるとされる年齢に差しかかり、投手として熟練してきたのだろう。トレーニングを重ねた大谷の肉体的な進化は、斎藤氏の目にはテレビ画面越しにも顕著に見られるという。
「腰回りがしっかりしましたよね。肩周りは、あの大きな体にしては細いなとこれまで思っていたけど、大きくなっている印象を受けます。インナーのトレーニングもちゃんとやって今の体になっているとしたら、ヤバイですよ」
肉体面の進化は、投手が大きく羽ばたくうえで不可欠だ。斎藤氏はドジャース時代の2007年、37歳の時に最速99マイル(約159キロ)を記録したが、その裏には地道にトレーニングを重ねたことがある。
「2000年からトレーナーを個人でつけました。その時に右肩の手術をしたのですが、下半身や股関節周りのトレーニングもして自分の欠点を解消し、パワーアップしました。メジャーに行き、リリーバーになったのも自分には合っていたと思います」
斎藤氏がメジャーに行ってからスケールを増した理由は、環境の変化に適応したことも挙げられる。日本の"柔らかい"マウンドとメジャーの"固い"マウンドでは、投手は投球メカニクスを調整する必要があるという。
「伝統的に日本で"いい"とされるピッチャーは、重心が体のすごく下にありますよね。日本では決めにいけばいこうとするほど、重心を下げ、ボールを前で離したいというピッチャーが多くいました。
でも、メジャーのマウンドは固いので、その投げ方だとうまくいかないこともある。ボールを持ちすぎるとリリースのタイミングが合わなくて、いわゆる"吹ける"ボールになります。抜けないようにすると、今度は指にかかってワンバウンドになる」
斎藤氏の説明によると、日本のマウンドは柔らかいため、前足を踏み出してからリリースするまでに体がブレやすく、下半身を締めるような動作が必要になる。対してメジャーのマウンドは固く、前足を踏み込めば、そこから動かない。渡米した日本人投手はこうした違いに対応し、投げ方を調整していくことを求められる。
その副産物とも言えるのが、日米で異なるテイクバックの大きさだ。一般論として、アメリカ人投手のほうがテイクバックは小さい傾向にある。その理由について、斎藤氏はこう説明する。
「アジア系の選手は、欧米の人より体幹が長いですよね(=足が短く、上半身が長い)。日本のマウンドが柔らかいのは、日本人が体幹を使い、いわゆる"うねり"を使うために理想系だということです。
一方、メジャーの固いマウンドで、アメリカ人のように胴の短い人の投げ方を見ていると、単純に体をバタンと倒し込んでいるだけなんです。倒し込むためにはテイクバイクをコンパクトにして、パッとタイミングを合わせるのが一番合理的です」
アメリカ人投手のように小さいテイクバックで投げるメリットについて、斎藤氏が続ける。
「テイクバックを小さくすると、そのぶんバッターを見られるし、投球動作中にホーム方向へ体を横に移動する時間(=並進運動)もより長くとれます。一方、テイクバックを大きくして腕をひねっていると、リリースまでのどこかでタイミングが合わなかった場合、日本みたいにマウンドが柔らかくないので、ひざで体を送り込んだりして調整できない。
それでリリースが合わなくなります。アメリカのマウンドでは、パンって前足を踏み出したら、あとはもう投げるしかないので」
大谷やダルビッシュ有(パドレス)がメジャーに移籍して以降、テイクバックが小さくなったのは必然と言えるかもしれない。その裏には、アメリカの環境に対応することと、斎藤氏が説明したような理屈があると考えられる。
メジャーでもトップクラスの才能を秘める両右腕に加え、近年、日本人投手の投げ方には変化が見られ始めている。斎藤氏が説明する。
「昔の日本の球場はマウンドの傾斜が小さいから、ピッチャーのひざに泥がついていました。僕の現役時代は『泥がつかないピッチャーは二流だ』と言われました。傾斜がないほど平らなマウンドで、低めの打たれにくいところに投げようと思ったら、沈み込んで押し出すような投げ方になりますよね。
ただ、アメリカでは押し出して投げるようなピッチャーはほとんどいません。それは体幹の使い方と、マウンドの固さが関係していると思います。日米ではそうした"スタート"が違う一方、ようやく今、日本のピッチャーが変わってきた。球場のハード面が世界基準になるなかで、日本のピッチャーのレベルも上がっていると思います」
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日本のプロ野球では近年、メジャーのようにマウンドの土を固くする球場が増えてきた。環境が変わるなか、どんな投げ方にすれば質の高い球を投げられるのか。日本人投手たちがそう模索する一方、アメリカに渡ってプレーする者が増え、彼らを通じてもたらされる情報も多くなっている。そうして相対的に日本人投手のレベルが上がってきた。
その頂点にいるひとりが、大谷翔平だ。世界でも類まれな才能を誇る右腕は、メジャー4年目の今季どんな投球を見せるのか。注目のシーズンがいよいよ始まる。