BMWの完全な電気自動車(EV)は長らく新モデルが待ち望まれてきたが、ここに来て一気に複数のモデルが登場することになった。そのひとつが、電気SUV「iX3」だ。BMWは今夏、iX3のほかにもEVの「i4」、さらにはフラグシップモデルの電気EUV「iX」の発売を予定している。

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かつてBMWは、EVの「i3」を投入してスタイリングとテクノロジーの両面で革新を起こし、業界のパイオニアとして存在感を示した。それから約8年の時を経て、新たなラインナップがショールームに並ぶことになる。

当時のBMWはEV分野をリードする存在だった。電動スーパーカー「i8」(ただし純粋なEVではなくハイブリッドモデル)のほか、「ミニ」のEV版を試作して大規模な公開テストを実施していたのである。さらに特別受注モデルとして、EV版「ロールスロイス ファントム」まで製作された。

これらはすべてBMWグループのクルマである。そのあと、なぜかBMWは急ブレーキを踏み、ライヴァルたちに先を譲ったように思われた。

控えめな外観のEV

そしてBMWは今回、かつて支配しかけていたEVの分野への返り咲きを目指そうとしている。英国政府が環境目標を修正したことで、純粋なEVやゼロエミッション車以外を販売する道筋が絶たれたことも、この動きを後押しした。英国では2030年からガソリン車とディーゼル車の新車販売が禁止され、35年からハイブリッド車の新車販売が禁止される。

BMWはiX3に、価格60,000ポンド(約852万円)前後の「プレミア・エディション」と「プレミア・エディション・プロ」という高性能な2モデルを投入する。この市場には、テスラ「モデルX」やフォード「Mustang Mach-E(マスタング マッハE)」、フォルクスワーゲン「ID.4」、日産「アリア」、シュコダ「Enyaq」、アウディ「e-tron」、メルセデス・ベンツ「EQC」、ジャガー「I-PACE」といった競合がひしめいている。

こうしたなか、iX3はBMWが最初に投入したi3のように小型で革新的な見た目や、iXのように巨大かつコミカルなデザインで賛否を呼んだグリルとは対照的だ。iX3は極めて控えめな外観のEVになっている。

iX3はBMWとして初めて、EV、プラグインハイブリッド、ガソリン、ディーゼルという選択肢を用意している。これはプジョーが業界に先駆けて導入したもので、ユーザーが好みに合わせて動力源を選べるシステムだ。

映画音楽の巨匠が手がけたサウンド

iX3の見た目は、いかにも従来型のクルマらしくなっている。グリルがカヴァーで覆われていて排気ガスのマフラーがないこと、そして細かなデザイン変更を除けば、ガソリンやディーゼル、ハイブリッドのモデルと見分けるのは難しいだろう。だが、エコなクルマにのっていることをこれ見よがしに見せつけたいのでなければ、これは必ずしも悪いことではない。

また空気抵抗を減らすために、リアエンドの形状には変更が加えられている。さらに空力重視で設計された軽量合金製のホイールによって抗力係数が約5%減少し、これにより走行可能距離が10kmほど伸びている。

しかし、特にiX3で話題になっているのは、アカデミー賞を受賞した経験もある作曲家ハンス・ジマーが手がけた“音”だろう。この映画音楽の巨匠とBMWのサウンドデザイナーであるレンツォ・ヴィターレとのコラボレーションによってつくられたサウンドで、クルマのスタートボタンを押すと歓迎の意を示すチャイムが鳴り、スイッチを切ると別れの音色が流れるのだ。

走行中はほぼ無音になる車内では、速度が上がるにつれてサウンドが盛り上がりを見せる。これによりドライヴァーや同乗者たちは、まるで映画の世界にいるかのような体験ができるのだ。将来的には歩行者に接近を警告する音も追加されるという。

ちなみにiX3は、中国・瀋陽で生産される。BMWと華晨汽車集団(ブリリアンス)との合弁であるBMWブリリアンスの工場で生産され、BMW初の中国生産・輸出専用モデルとなる。

BMWらしい走り

この新しい“グリーン”なSUVの活発な走りは、まさしくBMWらしいものである。0-100km/hの加速は6.8秒で、最高速度は時速180kmに抑えられている。運転した感覚は快適で非常に魅力的だが、パフォーマンス重視のクルマを期待してはならないだろう。このクルマはアクティヴなオーナーや少人数の家族向けであって、レーサーきどりのドライヴァー向きではない。

空力を重視したブラックの20インチホイールを装備したiX3の航続距離は、最大449km(WLTP基準)となる。例えば、ロンドンからニューカッスルまでの482kmを移動するには33km分が足りないので、途中で充電が必要になる。

バッテリー容量は80kWhで、74kWhが利用可能になっている。188個のセルを内蔵したバッテリーは既存のものより20%ほど強化されており、最大150kWの高速充電器なら、34分間で最大80%まで充電可能だ。10分間の急速充電なら、約100kmを走行できる。

加速はスポーティーかつキビキビしていて魅力的だ。それを自分の運転スタイルに細かく合わせることもできる。例えば、シフトレヴァーを「D」に入れると、ドライヴァーは回生ブレーキの設定を3段階から選べるようになっている。アクセルペダルから足を離した際の抵抗を加減できる仕組みで、抵抗を高めるほど蓄えられるエネルギー量も増える。

シフトレヴァーを左に倒して「B」に入れると、アクセルの加減だけで走れる“ワンペダル”の走行が可能だ。アクセルペダルから足を離すと強いブレーキがかかり、回生エネルギーの量が増える。

回生ブレーキを「アダプティヴ」に設定すると、カーナビの走行ルートとクルマのセンサーから収集したデータに基づいて道路状況を判断し、状況に応じて回生ブレーキの強さが自動的に調整される。交差点や前の車に近づいている場合は回生ブレーキが最大になり、開けた道ではアクセルペダルから足を離すと惰性で走るといった仕組みだ。

SUVでも後輪駆動

またiX3は、第5世代となったBMWの「eDrive」テクノロジーを搭載する最初のモデルでもある。これはモーターと走行システム、トランスミッションをひとつのユニットに統合したもので、21年に発売予定のiXとi4にも搭載される。

ただし、iX3はそのSUVらしい外観にもかかわらず、四輪駆動ではなく後輪駆動である点は指摘しておくべきだろう。SUVならではのオフロード走行を多くのドライヴァーが体験しないとはいえ、この点は残念である。

次に車内に目を向けよう。ステアリングの背後には高解像度な12.3インチのディスプレイが配置され、完全デジタルになった計器類が表示される。中央にある10.25インチのディスプレイの操作は、画面のタッチやボタン、音声、ジェスチャーに対応している。

インフォテインメントシステムは、アップルの「CarPlay」やグーグルの「Android Auto」に対応している。「Google アシスタント」や「グーグル マップ」のほか、「Spotify」や「Amazon Music」といった音楽ストリーミング、「WhatsApp」などのメッセージ機能にも対応した。

カーナビはクラウドベースの「BMW Maps」で、到着時間や急速充電スタンドへの経路計算がより速く正確になっている。また制御システムは「BMW Operating System 7」を採用しており、ソフトウェアはワイヤレスで更新可能になっている。

PHOTOGRAPH BY BMW

“全部入り”の装備

多くのEVと同じように、標準装備のパッケージは“全部入り”になっている。自動テールゲートにアダプティヴ・サスペンション、パノラミックサンルーフ、電動シート、外部の視線もさえぎるサンプロテクションガラス、スマートフォンのワイヤレス充電、ヒーター付きフロントシート、そして駐車補助機能といった具合だ。

ども自動車メーカーも、消費者をEVへと引き込もうと努力を続けている。しかし、その必要がなくなったとき、こうした“大盤振る舞い”がどこまで続くのかは、また別問題といえるだろう。

なお、ボディカラーの選択肢は4色に限られている。ミネラルホワイト、カーボンブラック、フィトニックブルー、ソフィストグレーという4種類のメタリック系ボディカラーだ。これに加えてトリムカラーとして、ブラシアルミニウムとブラックハイグロスの2種類が選べる。

iX3は英国では今夏の出荷開始が予定されており、すでに予約受注が開始された。価格はプレミア・エディションが58,850ポンド(約835万円)から、プレミア・エディション・プロが61,850ポンド(約878万円)からとなっている。

なお、「X3」のガソリンまたはディーゼルエンジンのモデルは42,115ポンド(約598万円)、ハイブリッドタイプは49,250ポンド(約700万円)からとなっている。つまり、EV化によって約16,000ポンド(約227万円)または9,000ポンド(約127万円)が上乗せされたことになる。今後はほかのモデルのEV版が登場する可能性も高いだろう。

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