昨年11月のアメリカ大統領選挙でバイデン氏の当選が確実になった後も、日本の保守派とネット右翼は不正選挙を訴え、トランプ前大統領の再選を願った。なぜなのか。文筆家の古谷経衡氏は、「第2次安倍政権のイデオロギーを継承しない菅義偉政権に不満を溜めていた彼らにとって、トランプ前大統領は心のよりどころだったからだ」という――。
写真=AFP/時事通信フォト
トランプ氏(アメリカ・テキサス州アラモ=2021年1月12日) - 写真=AFP/時事通信フォト

■年が明けても不正選挙デモを開催

アメリカ以外で最もトランプの再選を熱望し、落選が確定となった後も「バイデンの不正選挙だ」「トランプ再選の目はまだある」などと口を大にして騒ぎ立てたのは、何を隠そう日本の保守派とそれに追従するネット右翼である。

2020年11月の米大統領本選挙では、コロナ禍で多くの有権者が郵便投票に切り替えたことから、開票序盤はトランプ堅調にみられたものの、中盤以降、ウィスコンシンやペンシルベニアなど東部重要州等でバイデン勝利が明確になった。これをして日本の保守派は選挙後に盛んに「バイデンの票がジャンプ(跳ね上がっている)ので不正である」と今でも言っているが、米大統領本選での票のゆくえは投票終了日に確定しており、これらの現象は単なる「票の数え方の違い」に他ならない。

日本でも大人口を抱える比例ブロックでは開票状況が郡部から先に届くため、はじめは保守票が多く出力し、後に都市部の進歩系の票が多く「見える」現象は常識だ。こんな万国共通ともいえる開票の常識も知らないで、自称保守系ジャーナリストが「バイデンの不正選挙」をまくし立てる国は、世界広しと言えども日本だけである。

アメリカの市民権を持っていない日本人が、アメリカの大統領の一方に異様な肩入れをして不正選挙をまくし立てる。その熱情をもっと自国の政治の批判・点検に使うべきだと思う。実際には誰にアピールしているのか不明な「バイデンは不正選挙! トランプは選挙で勝った」というデモが、年が明けて21年1月6日東京で開催され、約1000人の参加者があった。開催母体は新興宗教だが、参加者にはネットで呼応した非信者も多く含まれていると推定されており、ネット右翼を蝕(むしば)む「トランプ勝利・バイデン不正」の図式はとどまる処(ところ)を知らない。

そればかりではなく、保守界隈(かいわい)・ネット右翼界隈(かいわい)では「トランプが勝った・負けた」でネット上のレギュラーから敵対者(バイデン勝利是認派)が排除されるという、異常事態にまで陥っている。なぜこのような「異様」な状況が日本のこの界隈(かいわい)で出来(しゅったい)するに至ったのだろうか。

■4〜5年前はネット右翼ですら「トランプよりはヒラリー」だった

ネット右翼とは、ネット空間で右傾的な言説を述べるもの、と思われがちだが事実はそうではない。ネット右翼とは彼らの上位にいる所謂(いわゆる)「保守系言論人」の無批判なファン層である。ネット右翼には読書習慣が少なく、体系的な知識が乏しいため、上位に存在する保守系言論人の言説をコピー・ペーストしてネット上にそのままオウム返しのように展開する。これがネット右翼と保守の関係である。

この関係を踏まえたうえで、時間を16年にさかのぼってみよう。8年続いたオバマ政権の後継を争うこの時の米大統領選挙では、米民主党からヒラリー、共和党からトランプが出馬した。しかし、トランプは共和党予備選の段階から「在日米軍駐留経費の対日全額要求」や「日米貿易の不均衡是正」など、共和党候補にしては過酷な対日政策を公言したので、日本の保守層はトランプに戦々恐々とした。

写真=iStock.com/YayaErnst
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/YayaErnst

この時期「米大統領にはトランプよりもヒラリーを望む」と自著〔『凛たる国家へ 日本よ、決意せよ』(ダイヤモンド社)〕に公言したのが保守系言論人の重鎮である櫻井よし子氏である。おおむね保守系言論人がこのような調子だったから、それに追従するネット右翼も「トランプよりはヒラリーの方がまだマシ」という意見に寡占されていた。事程左様に、実は今からほんの4〜5年前まで、日本の保守層にもネット右翼にも、ほとんどと言ってよいほどトランプ支持者などいなかったのである。

しかし大方の予想を裏切ってトランプが大統領になると、当時の安倍政権はトランプに急接近した。フロリダの別荘でのゴルフ外交に始まり、矢継ぎ早の首脳会談で「シンゾー・トランプ」関係を築いた。欧州やカナダ等から嫌悪されるトランプに対し、ほぼ唯一追従したのが安倍外交であった。

■トランプの反中姿勢に歓喜した日本の保守派とネット右翼

このような中、2017〜18年頃から本格的に「米中対立」が始まると、トランプ政権は中国への有形無形の対立姿勢を明確にした。実際、こういったトランプの反中姿勢は、疲弊した米国中部・五大湖周辺の製造業地帯に住む白人有権者へのアピールだったわけだが、最も歓喜したのが日本の保守派とネット右翼である。

12年12月に内閣総理大臣に就任する安倍晋三は、その3カ月前の総裁選(VS石破茂)の際、極めてタカ派的な発言をして保守層の歓心を買った。曰(いわ)く韓国に対しては「“竹島の日”式典の政府主催」、中国に対しては「尖閣諸島に公務員常駐を検討」の2つである。この安倍の構想は、12年末の解散総選挙における自民党政策集にも明記されたが、いざ13年から第2次安倍内閣が本格的にスタートすると、総裁選時に公言されたこれらの激しい対韓・対中政策は無かったことにされ、いつの間にか自民党の政策集からも削除された。

しかし13年12月に安倍が靖国(やすくに)に参拝(在任中はこれ一度きりとなった)すると、いよいよ「(第1次安倍に次ぐ)本格保守政権の復活」と保守界隈(かいわい)は捉え、安倍支持を極めて盤石にし、対韓・対中政策で実際にはそこまで過激な措置を取らない理由を「現実主義」とか「公明党への配慮」とか「マス“ゴミ”のせい」と責任転嫁して、安倍翼賛で固めるに至った。

■「第2次安倍政権の上位互換」のように捉えられたトランプ政権

だが、現実の第2次安倍政権はどうであったのかというと、その後反故(ほご)にされたとはいえ朴槿恵政権(当時)との慰安婦合意を実行し、保守派が最も禁忌とする「慰安婦の存在そのもの」を認めるに至り(歴史的には当然の史実を認めたに過(す)ぎないが)、尖閣諸島が民主党政権時代の12年9月に国有化されて以来、なんら地上構造物を増設していないばかりか、中国公船の領海や接続水域への侵入は激増する事態となった。

このような保守派やネット右翼が「理想」とする第2次安倍政権と、「実際」の第2次安倍政権の間にはかなりの隔たりがあり、このギャップは、実に第2次安倍政権の7年8カ月間、保守派とネット右翼にとって地下に溜(た)まったマグマのようにフラストレーションとして蓄積されることになるのだった。

そこに彗星(すいせい)の如く登場してきたのが、17年から大統領に就任したトランプであった。当初、トランプの発言に戦々恐々としていた保守派は「米中対立」を鮮明化させたトランプをまるで「第2次安倍政権の上位互換」として捉えるようになった。

■コロナ禍がトランプ翼賛の決定打に

安倍政権は国内の左派マスコミや公明党への配慮により、内心思っていてもそこまで過激な反中政策を採れない。しかし安倍の本心に代わって堂々と世界に反中を代弁してくれるのがトランプである――という図式に当てはめ、トランプへの思慕ともいえる支持を確立させたのである。しかし実際には、この間、トランプ政権は予備選からの公約ともいえる「在日米軍駐留経費の日本側負担増(8400億円)」を日本政府に要求しているのだが、都合の悪い事実はすべて無視し、トランプ翼賛は急速に固まっていった。

決定打となったのは、20年初頭から世界に拡散したパンデミック・コロナ禍である。その震源地は中国・武漢とされるのが一般的(諸説あり)だが、安倍は対中防疫対策こそ後手ながら行ったものの、その疫病の諸因は中国にある、等の政治的批判は一切行っていない。しかしトランプ政権は、コロナ禍がすわパンデミックになるや、その発生源である中国を批判し、「武漢の研究所からコロナウイルスが流失した証拠をつかんでいる」などの陰謀論を公に発して、疫病という自然現象の責任を中国に擦(こす)り付ける見解を繰り返した。

■善悪二項対立はネット右翼にとって都合がよかった

自然災害は、とどのつまり人間の理が及ばない領域である。天変地異や疫病の発生源はどこであっても、その発生国に責任は無い。今から約100年前に世界で数億人、日本(朝鮮・台湾含む)に限定しても約45万人近くの命を奪った「スペイン風邪」も、その発生源はアメリカの陸軍兵営であるとされるが、アメリカがスペイン風邪に対して賠償責任を負うこともなければその義務もなかった。疫病はひとしく平等にすべての人類に降りかかる厄災であり、その犯人捜しは虚無である。しかしトランプ政権は、その犯人は中国であり、武漢の生物化学研究所(彼らはP4研究所と呼ぶ)である、と名指しした。これに飛びついたのが世界中の陰謀論者であり、日本の保守派とネット右翼である。

陰謀論は、極めて単純な勧善懲悪の構造を持つ。悪いのはA国(或(ある)いは特定の民族や組織)、善人たる被害者は我々(われわれ)である、と設定することによって、世界の構造を単純化させ、情報受容力や知識量の低いユーザーに世界構造の簡素的理解を促す。これを行ったのがトランプであり、それに乗せられたのが日本の保守派とネット右翼である。WHOが新型コロナウイルスを「COVID-19」と名付けても、「武漢肺炎」と現在まで呼称している人々のほとんどが日本の保守派とネット右翼である。

低リテラシーで情報受容能力が低く、知識量が脆弱(ぜいじゃく)なために知識体系の構築に慣れていない人々は、世界の複雑な構造をより単純化させ、善と悪の二項対立で理解することを好む。というか、仮に間違っていても世界を二項対立で理解する方が、低リテラシーの人々によってその受容は簡便であり、そして理解は容易なのである。

■安倍政権の継承を謳う菅新政権に期待が寄せられたが…

こうして20年から本格化するコロナ禍においても、煮え切らない第2次安倍政権への支持はまず概(おおむ)ね担保するものの、トランプの述べる中国悪玉論に絶賛魅了されたのが日本の保守派と、ネット右翼であった。尖閣諸島の領有権問題を奇貨として、元来中国への敵愾心(てきがいしん)を旺盛にする彼らは、トランプによるコロナ禍での「中国悪玉論」に至極簡単に便乗し、ネットという無料チケットを払って乗船したのである。

だが、こういった保守派、ネット右翼の状況に激甚な変化が起こったのが、20年8月である。以前から持病の潰瘍性大腸炎の増悪が懸念されていた安倍が、同年8月末、病状の悪化を理由に総理大臣の職を辞する旨を発表し、自民党総裁選を経て菅義偉が新総理になった。

すわ永遠に続くかの如き錯覚を与えていた安倍政権が、憲政史上最長とはいえ7年8カ月の長期政権に終止符を打ったことは、保守界隈(かいわい)やネット右翼にとっては衝撃であった。すぐさま自民党総裁選挙が行われ、派閥の横断的な支持を得た前官房長官の菅が首班指名された。菅は「安倍政権の継承」を謳(うた)ったので保守層は安堵(あんど)したが、しかしこれはひとえに体のいいスローガンの一つに過(す)ぎないと段々と判明するようになった。

■保守派の期待と裏腹にタカ派的発言を一切しなかった

安倍は、その自著『美しい国へ』(文春新書)で、保守層がいかにも好む憲法9条改正、歴史認識問題、靖国(やすくに)問題、慰安婦問題、拉致問題、等を滔々(とうとう)と力を込めて語っている。しかし菅が唯一の自著『政治家の覚悟』(文春新書)で語ったことの中でせいぜい保守層が好むものと言えば、「朝鮮総連への固定資産優遇の免除」などであり、他は平凡な新自由主義的な構造改革路線を語るに過ぎなかった。

菅首相の所信表明演説でも、保守派の「一丁目一番地」ともいえる憲法9条改正については一言一句語られることは無く、12年の総裁選で安倍が語ったような「竹島の日式典の政府主催」「尖閣諸島に公務員常駐を検討」などのタカ派的な発言は一切していない。無論、「安倍政権の継承」を謳(うた)っている以上、菅内閣とて安倍路線のイデオロギー部分をいくばくかでも踏襲するのが筋であるから、総理就任直後の20年10月17日、靖国(やすくに)神社の秋季例大祭に合わせて「内閣総理大臣 菅義偉」名で「真榊」と呼ばれる供物を奉納した。

■そこに起こったのが「バイデンVSトランプ」の大統領選挙

この行為は、当時日本共産党の「赤旗」等からも批判されたが、保守派、ネット右翼からは「真榊」の奉納ではなく、総理大臣としての靖国(やすくに)参拝が、「保守の政治家」としてのバロメーターになる。しかし菅は、総理主任から約5カ月を経た今も靖国(やすくに)参拝を行っていない。保守派にすれば、「安倍政権の継承」を謳(うた)いながらも、菅内閣はイデオロギー的には「無色透明」に近く、全然踏襲していないという不満ばかりが募ることになっている状況である。もちろんこれは、大きな声として保守界隈(かいわい)に共鳴している訳ではない。あくまでも、地下のマグマ溜(だ)まりの様に、フラストレーションとして内包しているということだ。

こうしてみると、第2次安倍政権の「突然」の崩壊があった20年8月末から9月初旬にかけてと、「安倍政権の継承」を謳(うた)って誕生した菅政権が、実際には第2次安倍政権のイデオロギー的な側面を全く継承していない、ということが自明のことになった20年末に、アメリカ大統領選挙が起こったことは幸か不幸か偶然であった。

保守派とそれに追従するネット右翼が、自らのタカ派的・反中的価値観を第2次安倍政権に仮託していた20年8月末までと、それを必ずしも継承していない菅政権誕生という激動の中で起こったのが、20年のバイデンVSトランプの大統領選挙であると言える。

■米大統領選挙は「安倍ロス」の補完行為であり求償作業だった

米大統領の本選の段階で菅政権は発足していたわけだが、これといったイデオロギーは無く、反中政策もない。保守層やネット右翼は、口だけでも反中を唱えた第2次安倍政権の初期を待望する――。その存在こそ、トランプ政権であった。第2次安倍政権の崩壊から約2カ月強をして起こった米大統領選挙は、いわば日本の保守層やネット右翼の中に厳然として存在する「安倍ロス」の補完行為であり、求償作業であった。

第2次安倍政権が去ってからの数カ月、保守派やネット右翼は、菅内閣に表面的な支持をよせながらも、内心では「安倍以上の反中・タカ派政策は無い」と見切りをつけていたように思う。そうした中で、彼らの唯一の灯は、世界の超大国として堂々と「反中」を公言するトランプであった。

日本の保守派、ネット右翼によるトランプ思慕は、明らかに第2次安倍政権が20年米大統領選挙の数カ月前に崩壊したことの「喪失感」をもとに形成された感情である。「安倍政権の継承」を謳(うた)う菅内閣を表面上支持しつつも、保守派の好むイデオロギーを発しない菅内閣では不満と考えた保守層やネット右翼が、全ての期待をトランプに仮託した結果ともいえる。保守派やネット右翼は、常に勧善懲悪の世界――、つまりは「○○が悪く、我々(われわれ)は純朴な被害者である」という図式を求める。それを具現化したのがトランプであり、トランプ政権であった。

「安倍ロス」に表象される「安倍」という最大の精神的支柱を失った今、日本の保守派やネット右翼は他国の国家元首であるにもかかわらずトランプに縋(すが)っている。なんという情けない事大主義だろうか。強き者に縋(すが)り、そして自分の求める疑問の回答に近い返答を返してくれる権力者としてのトランプへの思慕は、トランプが大統領職を失してもなお続くことであろう。

----------
古谷 経衡(ふるや・つねひら)
文筆家
1982年、札幌市生まれ。立命館大学文学部卒。保守派論客として各紙誌に寄稿するほか、テレビ・ラジオなどでもコメンテーターを務める。オタク文化にも精通する。著書に『「意識高い系」の研究』( 文春新書)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)など。
----------

(文筆家 古谷 経衡)