アフターコロナの経済で一番のキーワードは「デジタル」だ。25年前のWindowsの誕生から世界のデジタル化を進めたマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏と現社長が、コロナ後の世界的課題を語った。

■コロナ危機は戦争級のインパクト

世界がパンデミックに見舞われている今、私たちはさまざまな選択を迫られている。特に大きな選択は、誰もが真の意味でテクノロジーに手が届く未来にしたいかどうかだ。

マイクロソフトプレジデント兼最高遵法責任者(CLO)。ブラッド・スミス氏

日本でも米国でも欧州でも同じだが、今晩から電気や水道、電話が使えなくなると言われたらあわてふためくだろう。だが、今この瞬間も世界では多くの人々がインターネット、特にブロードバンドのインターネットにアクセスできない環境で暮らしている。ブロードバンドの設備が整っていても、それを使うためのコンピュータやスマートフォンを用意できない人々もいる。

今はテクノロジーの時代と言われるが、現実には基本的なデジタル技術の恩恵にあずかれない人々が少なくない。こういう技術を確実に利用できなければ、在宅勤務や在宅授業は成り立たないことがコロナ禍で嫌というほどわかった。こんな格差を打破しようと前に踏み出せるかどうか。その意味で2020年は時代の分水嶺となるはずだ。

また、世界の民主主義国にとって、根底には重大な問題がある。経済的格差の広がりだ。多くの国が内向きになり、隣国と距離を置く動きが見られる。民主主義の繁栄は、経済が繁栄していればこそだ。広範な経済成長があって、その果実を多くの人々が分け合えるほどに生産性が向上すれば、民主主義も強くなる。逆に、格差の拡大は民主主義を揺るがすことになる。テクノロジー企業としては、生産性向上を後押しし、中小の企業にも多くの機会がもたらされるように格差解消に努めたい。

その意味で、世界は大きな岐路に立たされている。これまでも重大な岐路はあった。例えば、旧ソ連が崩壊し、何十年も続いた冷戦に突然終止符が打たれ、新たな時代の到来に胸を躍らせるような明るい岐路もあった。

だが今、私たちが立たされている岐路ははるかに過酷だ。1930年代や50年代も、どのような世界を構築したいのか自ら答えを出さねばならなかったし、人類は実際にそのような困難に挑んできた。50年代の選択の結果、後の90年代に輝かしい時代を迎えることができた。一方、30年代は選択の誤りを繰り返し、続く40年代は世界が第二次世界大戦という戦禍に巻き込まれた。

世界がコロナ禍に直面している今、デジタル技術を駆使して、どのように大きな繁栄と成功へ導くのか。そしてもっと健全な民主主義へとつなげていくのか。同時に、選択に失敗した場合のリスクもしっかりと覚悟しておくべきだ。

■在宅勤務と引きこもりは違う

危機の真っ只中で、将来を見通し、危機が過ぎ去った後の時代を見極めることは簡単ではない。台風が襲いかかっている最中に、ビーチに遊びに行こうなどとは考えないものだ。しかし、ひとたび台風一過となれば、さあどうしようかと考え始める。

在宅勤務と引きこもりは違う。むしろ、在宅で仕事をする場合に生産性が上がるような未来を築きたいのだ。家で仕事をするもよし、出かけていくもよし。私たちの期待する未来は、そういう自由なものではないか。

コロナ後の時代は、働く場所の自由度が大きく高まる。この自由度ゆえに、新たなチャンスに恵まれる人々が多く出現する。仕事と生活の両立をめざしている人々、とりわけ子育てしながらキャリアを形成したい人々にとっては、大きなメリットになる。

ただし、リモートワーク一色になって人々を引き離すような未来になるわけではない。人々が集い、ともに過ごす場も必要だ。一緒に何かを考えたり、働いたりする機会は欠かせない。

パンデミック初期には、デジタル技術が生産性維持に役立つという声があちらこちらで聞かれたし、実際そのとおりだと思う。ビデオ会議はこの新しい時代を象徴する技術であり、今後も改良が続くはずだ。現時点の水準を見ても10年前とは隔世の感がある。10年後の2030年も同様に進化しているだろう。

だが、人生は「生産性」を上げることだけがすべてではない。「創造性」や「仲間づくり」も大切である。この3つの要素のバランスが取れた未来が必要だ。人々のつながりを促進し、創造性や仲間づくりを支援するテクノロジーが求められるはずだ。だが、テクノロジーにも限界があることも忘れてはならない。ポストコロナの変化は、1か0かというような極端な切り替わり方ではなく、これまで以上に多くの選択肢や自由度が生まれるのだ。

■日本も5年以内には顔認識の規制が必要

マイクロソフトをはじめ、テクノロジー業界では、すでに人工知能(AI)を活用して、人間の能力のサポートや、意思決定の支援、的確な判断を下すためのデータ提供などに取り組んでいる。こうした分野では、テクノロジーがますます重要な役割を果たす。

今後10年間に注目すべき技術は、量子コンピューティング技術だ。サステナビリティ、環境問題やがん治療法など、現代の難題に取り組むうえで、大きな追い風になる。言い換えれば、次の10年の大きなビジネスチャンスであり、優先して取り組むべき課題でもある。

また、AR(拡張現実)や、マイクロソフトのMR(複合現実)ヘッドセット「ホロレンズ」のような技術は、私たちの仕事を効果的にサポートするし、ゆくゆくは新たなコミュニケーションのあり方も提案できるはずだ。

ただし、テクノロジーの世界が良い方向に発展できるかどうは、2つの努力にかかっている。1つ目は、テクノロジー企業が自ら生み出した技術の影響力に対して、社会的に責任を負えるかどうかだ。世界はデジタル技術であふれているが、テクノロジー企業が主体的に大きな責任を負えなければ、良い方向に動くとは言い切れない。何よりも自らが生み出した技術の影響を深く考える責任があるのだ。

もう1つの努力は、政府にもっと迅速に動いてもらい、時代に即した法制度を整備しなければならない。例えば顔認識のような技術を考えた場合、利点だけでなく、リスクも伴う。だからこそ、顔認識技術を使ううえで安全策を講じる法律が欠かせないのだ。

現在、世界で顔認識の保護措置を講じた法律を整備しているのは、マイクロソフトの本拠地でもある米国ワシントン州だけである。せめて5年後には、日本などの国々でもこうした法律が整っていてほしい。法整備が遅れれば、せっかく機が熟したイノベーションのチャンスがしぼんでしまうのではないかと危惧している。

テクノロジー業界各社は、コロナ禍を受けて、まだまだ取り組むべき課題があると目を覚ましたのではないか。ほんの3年前、サイバー攻撃やフェイクニュースの問題がメディアを賑わせたが、テクノロジー企業は、その事実自体や責任を問う声に当惑したり、否定したりするありさまだった。20年はテクノロジー企業が新たな措置を講じたといった見出しが毎週のように紙面に躍るようになった。私は正しい方向に進んでいると確信している。

取り組みのペースにはまだ改善の余地があるが、問題解決の第一歩は問題の存在を認識することにある。そして時間をかけて問題点を理解する必要がある。この分野では先ほど述べたとおり実際に成果が出始めていて、これを足がかりに、さらに積極的な対策を講じていくことになるはずだ。

■ブロードバンドは21世紀の電力になる

今回のコロナ禍で、企業にせよ、個人にせよ、明らかに格差が広がってしまった。だが皮肉にも、このような格差にスポットライトが当たったからこそ、私たちはこの問題を深刻に受け止め、はっきりと理解できるようになったことも事実だ。

17年から私は世界各地で、ブロードバンドは“21世紀の電力”だと言い続けてきた。なかなか理解してもらえなかったが、20年になったとたん、「ブロードバンドは21世紀の電力だ」とみんなが言い出していた。

これからブロードバンドの普及に向けた取り組みは加速する。著書『TOOLs and WEAPONs』でも紹介したが、人類は過去にも電話網や電力網の普及をめぐり、こうした普及格差の壁を乗り越えてきた。今度はブロードバンドという壁を乗り越える番だ。

戦争があると、技術は格段に進歩する。新型コロナウイルスとの闘いもある種の戦争であって、これを機に技術の大幅な進歩はありうる。だが、どれほどの進歩につながるのか判断するのは時期尚早だ。ただ、デジタル技術の活用という意味では永続的に定着すると見ている。また、デジタル技術の進歩が加速することも確実だろう。

データ利用の広がりも一気に加速し、永続的な変化につながるだろう。そもそも、私たちは一日の始まりにデータを確認している。以前なら天気予報を見て、気温や雨・雪の可能性を確かめていた。最近は多種多様なデータを見て行動を決めている。例えば新規感染者数のデータに毎日着目して、「やはり今日は外食はやめておくか」などと判断している。これほどデータは私たちの生活行動に影響を与えている。

公衆衛生当局や政府、企業がもっときめ細かい良質なデータが入手できるようになれば、意思決定の精度も高まる。それほどデータは強力なツールになる。私たちが抱えているさまざまな問題を解決し、未来を切り開いていくために、データをどのように生かしていけばいいのか。まさに人類の叡智が試されているのだ。

■謙虚さで死んだ者はいない

テクノロジーの世界では、絶えずイノベーションを続けていかなければ生き残れない。10年にわたって活躍した企業でも、次の10年には新顔に取って代わられてしまうような業界なのだ。

ブラッド・スミス『TOOLs and WEAPONs』(プレジデント社)

興味深いデータがある。「世界の企業の時価総額ランキング」を見ると、1996年から2020年までの各時代のランキングトップ10すべてに名を連ねているのは、マイクロソフトだけなのだ。しかもそれが栄枯盛衰の激しいテクノロジー企業というのも、注目に値する。

各ランキングの発表時にマイクロソフトに在籍してきた身としては、時代ごとに当社がどれほど変化したかを考えると実に感慨深い。

いや、常に自分自身を貪欲に変えていかなければ、成果を上げ続けることは不可能なのだ。そのためには、自分を取り巻く世界の変化を絶えず把握し、そこに適応していかなければならない。

だが、もう正解にたどり着いたと思い込み、ここまで来れば十分と慢心した瞬間から衰退が始まる。これは、テクノロジーの世界では非常に重要な教訓だ。マイクロソフトでは、この教訓を日々心に留めて活動している。

私が好きな言葉に「謙虚さで死んだ者はいない」というものがある。これは、パンデミックの前だろうが後だろうが、業界や国境を超えて誰にとっても通じる真理ではないか。成功すればするほど、謙虚さが必要になるのだ。

「S&P500」という株価指数がアメリカにあるが、ここの500社全体の1%に相当するたった上位5社の企業で市場価値全体の25%を占めている。明らかに不自然で、異常な状況と捉えるべきだ。マイクロソフトもこの5社に含まれるのだが、こんな状況はいつまでも続かないと肝に銘じるべきだ。特に業績が好調なときほど、そう自分に言い聞かせる謙虚な姿勢が必要である。

成功してつけ上がり、運の良さに助けられたことも忘れて、今の状況が永遠に続くかのように思い込んでしまうと、いつかつまずく。歴史を見れば、そんな話はいくらでもある。

マイクロソフトもこれまでの成果は誇りに思っていいし、そうあってしかるべきだが、個人も企業も成功の陰には常に運もあったことを忘れてはいけない。もっとも、成功すれば自らの才能のおかげ、失敗すれば運が悪かったからと考えるのは、悲しいかな人間の性(さが)である。そこを乗り越えるためにも謙虚な姿勢が大切なのだ。

■ビル・ゲイツ「プライバシーは重要な課題だ」

1990年代後期、マイクロソフトが米国政府から独禁法違反の訴訟を起こされた際、わたしが最初に助言を求めたのがブラッド・スミスだった。

マイクロソフト共同創業者。ビル・ゲイツ氏(AFLO=写真)

人間としての魅力にあふれ、法律専門家としての判断にも信頼が置ける人物で、その後は企業文化や戦略の変革の旗振り役も担ってもらった。政府やパートナー、競合他社も含め、さまざまな方面との人脈づくりにもっと時間とエネルギーを費やすべきだと社内に訴えて回ったのも彼だ。

自社だけが儲かればいいという偏狭な考え方ではなく、問題に対して傍観者を決め込むことはマイクロソフトにとっても業界全体にとっても損失になるというのが彼の信条だ。

ブラッドの著書『TOOLs and WEAPONs』にあるように、テクノロジー企業は、世界のリーダーと真正面から深く関わり合うべきとブラッドは説く。世界中の政府が多くのテクノロジー企業に対して厳しい視線を向けているだけに、今の時代ほどブラッドが描くビジョンがしっくりくる時代はない。

たとえば顔認識技術については、ブラッドは、そのリスクを踏まえ、業界の自主規制と政府の規制を早くから訴え、常に先頭に立って行動している。このほか、著書ではプライバシー、サイバーセキュリティ、IT労働者の多様性、米中関係など幅広いテーマに切り込んでいる。

なかでも特に重要なテーマを挙げるとすれば、プライバシーである。膨大な量のデータの収集能力は諸刃の剣だ。著書では、プライバシーに関して、ナチスの情報収集を引き合いに出すことは想像に難くなかったが、ブラッドは米英戦争や刑事共助条約まで登場させている。これぞ、多方面に関心を持ち、深く斬り込む才能に恵まれたブラッドの真骨頂である。彼の経験と知性を踏まえれば、今、テクノロジー業界が抱えている問題を考える指南役としてこれ以上の適任者はいないだろう。

※ビル・ゲイツ氏の原稿は『TOOLs and WEAPONs』の序文を再編集した。

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ブラッド・スミスマイクロソフトプレジデント兼最高遵法責任者(CLO)
近著に『TOOLs and WEAPONs(ツール・アンド・ウェポン)テクノロジーの暴走を止めるのは誰か』(プレジデント社)。
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(マイクロソフトプレジデント兼最高遵法責任者(CLO) ブラッド・スミス、マイクロソフト共同創業者 ビル・ゲイツ 取材・翻訳・構成=斎藤栄一郎 写真=AFLO)