捕獲されたクマを放獣する兵庫県の森林動物研究センター職員(写真:同センター提供)

人間の生活圏へのクマの出没が後を絶たない。市街地で、大きな道路で、駅近くで、そしてショッピングセンターで……。環境省によると、2020年4〜9月の出没は全国で1万3670件に上り、過去5年で最多となっている。

10月に入ってからは、新潟県と秋田県でクマ被害による死者も出た。頻繁に出没する原因については、「エサとなるブナやナラの実が凶作だから」とよく指摘される。

「豊作4、並作2、凶作17」。クマが生息する都道府県が環境省に報告した、2020年度のブナの結実状況だ。報告した都道府県の7割超で、ブナは凶作となっている。コナラは6割の都道府県で、ミズナラは3割超の都道府県で凶作だ。

被害は東日本に集中

約20年間、クマの生態を研究し、『動物たちの反乱』(PHPサイエンス・ワールド新書)の執筆に携わった兵庫県立大学自然・環境科学研究所の横山真弓教授は、山の実とクマの出没の関係をこう解説する。


横山真弓(よこやま・まゆみ):兵庫県立大学自然・環境科学研究所教授。兵庫県環境審議会鳥獣部会委員などを務める。専門はニホンジカとイノシシ、ツキノワグマの行動特性など(撮影:当銘寿夫)

「豊凶の波は必ずあって、直接的な要因として『山に食べ物がない』というのは確かにあります。クマは常にエサを探しながら行動し、県境を超えたり、市町村を4つも5つも越えたりして移動している。その途中で標高の低い人里に柿がなっていると、喜んで出てきてしまう。

なお6、7月の出没はエサの状況とは別。繁殖行動が活発になって、繁殖活動の闘争に伴って追い散らされる若い個体がいて、人間の生活圏に出てくることがあります」

ただし、データをつぶさに見ると、全国まんべんなく出没しているわけではないことがわかる。環境省が取りまとめた4〜9月の速報値80件の人身事故のうち、関西以西で発生したのはわずか5件だ。

これをどう読み解けばいいのか。横山教授は次のように解説する。

「西日本の多くの府県は、2000年代に絶滅のおそれがあったクマの特定鳥獣保護管理計画を作りました。兵庫県の場合、イノシシ用の罠に間違ってかかったクマを殺さず、唐辛子スプレーなどをかけて人間や人里を嫌いにさせて放獣する『学習放獣』を導入し、できるだけ殺処分数を減らす取り組みを実施してきました。その中で『このクマは何歳なのか』『栄養状態はどうなのか』『繁殖状況はどうなのか』といったデータを取ることができました」


麻酔で眠っているクマ(写真:兵庫県森林動物研究センター提供)

「クマを保護・管理すべき対象として扱っていた西日本と違い、東日本ではクマの数がそれなりにたくさんいると言われてきたので、狩猟獣として扱われていました。たくさんいるから、たくさん獲る。

西日本と比べると、特別に施策を打つということがなかったので、増えているのか、増えていないのか精度の高いデータがない。データがないのでよくわからないまま、有害捕獲数だけが増えていきました」

全国のクマの捕獲数は2008〜2010年度の3カ年平均が2409件、2017〜2019年度の同平均が4607年と、10年で約2倍に増えた。特に増えているのが秋田県で、2008年度の46件に対し2019年度は10倍以上の533件に達している。

急増するクマの推定生息数

西日本と東日本の差について、横山教授は続ける

「秋田県は2016年度までクマの生息数に関し、1000頭前後の個体数であると推定していました。ところが2020年度の推定生息数は4400頭。わずかな間で急増しています。クマが増加したと捉えるより、生息数を長い間、過小評価してきたのではないかと捉えるべきだと思います。

これまで『人里に出てくるから獲る』という対応をずっとやってきたのですが、その対応では、クマの増加力に負けているのではないか。私はそう考えています」

「兵庫県の場合、学習放獣する前に取るデータや有害捕獲した際の解剖調査データの蓄積で、従来考えられていたよりもクマは繁殖力を持っているということがわかり、個体数が増加傾向にあることもつかめました。推定生息数800頭を超えたと判断し、2012年度からは学習放獣をやめて、人里に出てきたクマは捕殺するようにしています。2016年度には狩猟も一部解禁されました。

今年10月には、石川県のショッピングセンターにクマ1頭が搬入口から侵入する事態が起きた。人間の生活圏の中心部分に、野生動物が徐々に近づいているように映る。

「個体数が増え、分布が拡大してくると、『パイオニア(開拓者)』と呼ばれる、どんどん新天地を探し求めるタイプの個体が出てくるんです。普段は行かないような開けた土地に突発的に出て、クマもパニックになる。

クマは視力が非常に悪く、白黒にしか見えていないので、建物の入り口が暗く見えることがある。森の中の暗がりだと思いこんで、人家や納屋、倉庫に入ることはよくあるし、ショッピングセンターに入り込んだのもそういう理由だったからかもしれません」

日本人と野生動物の攻防の歴史は、最近に始まったことではない。江戸時代にはイノシシによる農作物の被害がひどく、人々は田畑のそばに建てた小屋の中で鉄砲を持って寝ずの番をしていた。

青森県八戸市では、1700年代に冷害とイノシシによる獣害が重なって起きた「イノシシケガジ(ケガジは飢饉の意)」という言葉が語り継がれている。長い年月をかけて田畑を守り抜き、人間の安全な生活圏を地道に拡大していく。それが日本の歴史でもあった。

日本人と野生動物の関係を横山教授は次のように説明する。

「野生動物は獣害を引き起こす一方で、貴重なタンパク源でした。毛皮もニーズが高かった。太平洋戦争直後ごろには一度、人間がほぼ獲り尽くしているんですね。そうした中で、戦後日本の経済活動はスタートしている。野生動物のことは考えなくてよかったわけです。


人家の前に現れたツキノワグマ(写真:兵庫県森林動物研究センター提供)

1960年代以降は工業化が進み、都市に人が集まっていきました。つまり、人が山に入らなくても生活できるようになった。動物たちの生息地域を奪っていたけど、人間がそこを使わなくなった。だから山の状態は非常に良くなり、逆に野生動物の生息域が拡大する状況になったわけです」

日本各地の里山では少子高齢化、過疎化が急速に進んでいる。住民が食べていた柿の木は実がついたまま放置され、畑を守る若い人材は急速に減っている。かつては、クマが人里に出るとその多くが殺されていたが、今では人間のほうが逃げていく。

横山教授によると、クマが「人間は怖い生き物ではない」と学習している可能性があるという。「人間と農地を奪う動物たちとの緊張関係を作り上げていかないと共存はできません。野生動物の個体数を低密度に抑えておかないと、なすすべがなくなるんです」と話す。

新しいポストや職業を創設すべき

ではどう対策すればよいのか。

「ハード面では、防護柵やクマ対策の電気柵で集落や田畑を囲う。設置に対しては公的な補助がありますが、維持・管理には補助制度がないところがほとんどです。設置から5年もすれば維持・管理しないと柵は傷んでいき、イノシシたちはその部分から突破してきます。

したがって、維持・管理についても公的に補助する必要。野生動物が出ることを前提にした地域運営の仕組みを作り上げていかないと農山村や農産物はもう守れません」(横山教授)

「ソフト面では、都道府県単位で動物のことをしっかり学んで対策を取ったり、地域の人たちに対策方法を教えたりできる『野生動物管理普及員』のようなポストを創設し、その下の市町村には地域住民と一緒に被害対策に組んでいく『鳥獣対策員』の職を創設する。そういう新たな職業人がいないと、動物に負け続けるでしょう」(同)

もし、現場でクマやイノシシに負け続けたら、日本社会、とりわけ都市圏はどんな状況に陥っていくのだろうか。横山教授は言う。

「人間が野生動物を押し返すパワーをつけないと、最終的には都市も守れなくなります。短期的には、クマが出没した地域を調査し、侵入経路になったと思われる藪や河川敷の雑草を刈り、動物が隠れる場所をなくす。

中長期的には個体数や分布域の調査を進めて『どこの地域に出やすいのか』『近隣の個体数の推移はどうなっているのか』というデータに基づき、出没頻度の多い地域の住民に柿や栗などクマを誘引する物を取り除いてもらうなどの策が必要。『動物の数を調べるのにそんなに予算は出せない』という自治体は多いですが、いまが正念場です」

人間への直接的な被害だけではない。野生動物による農作物の被害は2018年度で158億円に上る。農林水産省は「鳥獣被害は営農意欲の減退、耕作放棄・離農の増加(中略)ももたらしており、被害額として数字に表れる以上に農山漁村に深刻な影響を及ぼしている」(野生鳥獣のジビエ利用を巡る最近の状況)と危機感を募らせる。

「われわれの生活は都市だけでは成り立ちません。日本の人口を支えているのは、中山間地域で取れる農産物です。国内の農産物生産を維持していくために野生動物たちの被害から農家も農産物も守る体系を日本全体で作っていく。そのギリギリのタイミングだと思っています」(横山教授)

取材:当銘寿夫=フロントラインプレス(Frontline Press)所属