ねこねこ食パンはプレーンが1斤500円、ココアとチョコチップを練り込んだチョコが1斤680円。多いときは1日300斤が売れるという(撮影:尾形文繁)

猫の顔に成型した高級食パン、「ねこねこ食パン」の店が、全国各地に続々と誕生している。プレーン1斤500円(税抜き)のねこねこ食パンが誕生したのは、2019年7月。1年も経たないのに、青森から福岡まで、すでに38店(2020年6月現在)もある。しかも、新型コロナウイルスで外出自粛が要請されていた最中、4月から2カ月間で15店も出店している。

ねこねこシリーズでは、今年5月にねこねこチーズケーキも誕生。こちらの専門店も首都圏と東海エリアに、一挙に7店を出している。

出店者は、「マジカルチョコリング」で知られるベーカリーチェーン、アンティークを持つ名古屋の製パン・製菓会社、オールハーツ・カンパニー。5月22日には、創業の地である名古屋市郊外の東浦町で、ねこねこシリーズと、ほかのブランドのアウトレット品を集めた「ねこねこファクトリー」を開いた。

以前、アンティークとして営業していた場所だが、猫好きなどが集まる現在は、アンティークのときと比べて1.5〜2倍に売り上げがアップ。新店オープンの折は、1時間待ちの行列ができることもざら。また、岐阜オアシスパークに開いた折は、1日300斤以上売り上げる人気を得た。いったいなぜ、これほど勢いがあるのだろうか。

コロナ禍でもあえて出店を加速

同社の田島慎也社長は、「出店を加速させたのは、コロナ禍により全社で売り上げが半分近くに落ち込んだことが原因です。商業ビルが緊急事態宣言で休業して、テナントで入る店を開けられなくなり、従業員が自宅待機になりました。そこで、雇用を維持するために、新型コロナウイルスの感染者が少ない地方を中心に出店しました」と語る。


4月1日にオープンした表参道店(撮影:尾形文繁)

以前は売り上げ全体の1%もなかったインターネット通販にも力を入れ、10%規模に急拡大。こうした取り組みで、コロナで落ちた売り上げを夏までに戻そうと目標を立てている。

ねこねこチーズケーキも実は、ECで売れる商品は何か、と考え開発した商品。チーズケーキはここ数年人気のケーキで、冷凍輸送に向いているからだ。ねこねこチーズケーキは、475グラム直径11センチで税別1800円。「チーズの王様」と言われる「ブリー・ド・モー」を使用している。

店舗数を一気に増やせたのは、アンティーク内にねこねこ食パンの店を構えるなどしたから。既存の空間や設備を利用でき、すでにいるスタッフに対応してもらえるメリットがあるという。

近年、勢いを増す「高級食パン」だが、この猫の形の高級食パンは、どのように誕生したのか。

田島社長は、「商品開発をするときは、通常3、4個の流行のキーワードを掛け合わせて行っております。1つ目は、まず高級食パンのブームがこの5〜6年続いていること。2つ目は、ペットフード協会調査で、猫の飼育数が2017年以降犬を上回り、猫好きが多くなっていること。そして、スマートフォンの普及でSNS文化が定着して伸びているので、写真映えする仕掛けを、と意識して決めました」と話す。

狙いは当たった。しかも、既存ブランドと比べて、ツイッターやインスタグラムへの反応が大きいことから、愛着を持つ客の割合が非常に高いことがわかるという。


表参道店では、ねこねこ食パンのフレンチトースト(250円)も販売している(撮影:尾形文繁)

インスタでも、飼っている猫の柄をデコレーションする、キティちゃんや猫バスなどのキャラクターに模したデコレーションにする、イチゴなどフルーツを飾るなど、アレンジしたパンの画像が大量に投稿される。そのエンゲージメントの高さを根拠に、「ここ1〜2年でメインブランドのアンティークを超えるぐらいに成長させたい」と語る田島社長。 

高級食パンブームに乗るために

実はねこねこ食パンは、同社がこれまでに積み上げた経験を投入した渾身の新ブランドである。

その最大のポイントは、これがパンのプロとして、満を持して開発した高級食パンであることだ。高級食パンのブームは、2013年に東京・銀座に開いた食パン専門店の「セントル・ザ・ベーカリー」に連日行列ができ、大阪で「乃が美」が展開し始めてから続いている。


パンだけではなく、ねこねこ食パンに合わせるジャムや、ねこにイラストを描けるチョコペンも販売(撮影:尾形文繁)

その後、「銀座に志かわ」や「俺のベーカリー」ほか、さまざまなチェーンや個人店が誕生。異業種からの参入も目立つため、パンとしての品質にはばらつきがあった。

ブランドとして認知されたところはともかく、便乗商売が成功する保証はない。そして、ブームはいずれ終息する。新たに参入するなら、定着するのに必要なものは何か見定めること、あるいはブームに陰りが見えたときにすぐ撤退ができるかどうかが重要なポイントだ。

ブームを横目で見ながら、田島社長は本職をパン屋とする自社で何ができるか、ずっと考えていたという。

「いいアイデアが浮かばず数年経つうちに、アンティークで人気の1斤421円のあん食パンが少しずつ売れなくなってきました。今まで、あん食パンを手土産にされていた人が、ライバル店の高級食パンを買っているのではないか。何か対抗策を、と考えているうちに、パンの形を変えることを思いついた。アンティークブランドには猫のキャラクターがあることから、猫の形の食パンを作ろうと考えました」(田島社長)

差別化を図るため、濃厚感のある商品にした。材料に加える水分は牛乳100%にして、はちみつ、バター、そしてマスカルポーネチーズを加えた。小麦粉は国産小麦を使用。型作りから始め、オーブンの焼き方を調整するなど試作には3カ月を要した。

ブームが去ったときの撤退の方策は万全だ。表参道の旗艦店以外は基本的に、アンティーク内など既存店のスペースを利用し、単独で出店していないからだ。

ねこねこ食パンの特別さは、同社と田島社長の来歴をたどると見えてくる。

田島社長は、2002年に20歳でパン屋を始めて、今年で18年経つ。進学校に通った高校時代、勉強では周囲にかなわないが人生の回り道はしたくないと、パン屋開業を目指して専門学校へ進学し、修業期間を経て独立した。そして間もなくマジカルチョコリングが大ヒットする。

年間10億円の売り上げが5000万円に

しかし2010年、スポンジケーキにムースを載せた「とろなまドーナツ」が空前の大ヒットを飛ばしたことで、危機がやってきた。ドーナツブームと生キャラメルブームから発想した商品は、メディアが注目し、多いときには1時間待ちの行列ができる人気ぶりだった。

「最盛期には年間10億円近くの売り上げがありましたが、2年後には5000万円という急降下で本当に苦しくなりました。もともと僕はクリエーティブな仕事が好きだったのですが、一度クリエーティブを捨てても、ロジカルな思考で利益を意識する経営をやらなければと発想を切り替え、ホームラン狙いではなく着実なヒットを狙うようにしたら数年で業績は戻りました」(田島社長)


オールハーツ・カンパニーを率いる田島社長(編集部撮影)

続いて行ったのが、M&A。経営を学ぼうと、業績がいいところばかり、しかし後継者不足などの課題を抱えるパン屋や工場などを買った。吸収した会社から、ケーキ屋や工場などの仕組みを学んだのだ。

合併した会社の多くは、以前から付き合いがある地元の企業や店。2019年1月に民事再生法を申請したラスクのシベールの支援にも名乗りを上げて取りざたされた。

2018年に合併したパステルは、先方から合併の依頼が来た。パステルは東京に進出し、なめらかプリンのブームを作った人気ブランド。しかし、新機軸を打ち出せないまま、20年の間に徐々に売り上げが低下していた。

「パステルは3〜4年赤字が続いていました。赤字事業を吸収するからには、初月から黒字化しなければ、と半年から1年間じっくり考えました」と田島社長。

初月から黒字化できたのは、「コスト削減と売り上げアップのプランを大事にし、20〜30個の改善ポイントをやり切ったからと思います。例えば中間管理職をなるべく少なくしました。中間管理職が多いと意思決定のスピードも実行の質も落ち、現場のモチベーションも下がりがちです。

また、原材料費については入札を行いました。パステル事業を吸収することで、オールハーツ全体での使用量も増えるため、いいものをより安く、という形で仕入れることでコストを一気に下げました」と話す。

オールハーツ・カンパニーとしての目標は、「ネスレみたいな世界一の食の企業を作ること」と言う田島社長。店を始めたばかりの頃は、疲弊するほど労働時間が長く忙しかった。小さい店でその問題を解決するのは難しい。そのために規模拡大を目指した。


5月には東京・自由が丘に「ねこねこチーズケーキ」の店を出した。チーズケーキは1個1800円(写真:オールハーツ・カンパニー提供)

現在、8ブランドで社員は500人、パート・アルバイトを入れると3000人の企業に成長。

福利厚生を充実させ、安定的にボーナスを払えるようになった。有給消化率も、業界の中ではかなり良好と言えるほど伸びている。

ねこねこ食パンは、堅実経営を続けて合併先から経営ノウハウを学んだ同社が、久しぶりにゼロから立ち上げた商品なのである。

ロイヤルティー・加盟金負担少なく加盟できるように

そこへ始まったコロナ禍の危機は、むしろ出店を加速させることで乗り切ろうとしている。それだけでなく、飲食業の仲間が苦しんでいるのを見て、緊急対応としてロイヤルティーや加盟金負担が少なく加盟できる形を作り、ねこねこファクトリーへの業態チェンジを提案したところ、すでに数社から引き合いがあるという。

会社を大きくすることで、顧客や従業員とその家族、取引先の幸せを目指してきた同社は、飲食業の仲間も助けようとしている。

コロナ禍で、厳しい環境に置かれた企業は多い。そのために、就職内定が取り消された学生、首切りにあった非正規雇用の人や育休切りにあった人がたくさん出ている。しかし、新型コロナウイルスがいくら猛威を振るっても、永久に続くわけではない。遅かれ早かれワクチンや薬もできるし、過去の感染症でもそうだったように終息する時期は来る。

その遠くない将来のために、今は準備するときだ。経済を再生させるのは人である。今まで貢献してくれた人たち、技能がある人たち、やる気のある人たちを今、守る方策を講じる企業は、その後のポテンシャルが高いのではないだろうか。