「泣きたい私は猫をかぶる」W監督対談 「少し大げさに言うと、生きやすくなったりするきっかけに」

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自由奔放に見える言動から、学校で「ムゲ(無限大謎人間)」と呼ばれている中学2年生の笹木美代は、思いを寄せる日之出賢人に、毎日、積極的にアピール。しかし、日之出の反応は冷たく、親友の深瀬頼子からも呆れられていた。

ところが、ある夏祭りの夜、人の言葉を話す謎の巨大な猫(猫店主)から不思議なお面をもらったムゲは、お面の力で猫に変身。偶然、出会った日之出に拾われて「太郎」という名もつけてもらった。それ以来、ムゲは太郎として日之出の家へ通い、ムゲには見せてくれない優しい笑顔や悩みなどを知ることで、ますます惹かれていく。同時に、家や学校で周囲を意識しながら生きることの不自由さと、猫として過ごすことの心地良さを強く感じるようになっていき……。

第42回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞した『ペンギン・ハイウェイ』で一躍注目を集めた「スタジオコロリド」の長編アニメーション第2弾。90年代から数々の名作を生み出し続け、現在はスタジオコロリドのグループ会社「ツインエンジン」に所属すると、本作が長編監督デビュー作となるスタジオコロリド所属のがW監督として制作陣をリードした。


さらに、脚本を担当したのが「あの花(あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。)」などの大ヒット作で知られるということもあり、大きな注目を集めている作品だ。

エキレビ!では、6月18日(木)からのに先駆けて、佐藤順一監督と柴山智隆監督の監督対談を実施。この前編では、以上のネタバレは避けながら、本作が生まれた経緯などを語ってもらった。

最初は主人公的なキャラクターが3人の小学生だった


──本作は、佐藤監督と柴山監督のダブル監督体制で制作されていますが、それぞれ企画に参加されたタイミングや経緯などを教えてください。

佐藤 最初は、僕と岡田麿里さんとで映画を作ろうというところからスタートした企画なんです。まずは岡田さんに何をやりたいか提案してもらって、僕がそれを「さて、どう料理しようかな」と考えながら始まった感じですね。

ただ、当時、他の作品も動いていたし、僕はスタジオコロリドでの制作は初めてで完全にアウェイの現場だったから、現場をちゃんと仕切れて、次世代を担っていけるような人(演出)をサブで付けてほしいと、プロデューサーにお願いしたんです。それで加わってもらったのが柴山君なのですが、実際にはサブどころではなく、(監督として)もっと重い仕事をやってもらうことになりました(笑)。

──コンテも佐藤監督と柴山監督が分担して描かれたそうですね。では、柴山監督が参加されたタイミングでは、企画はどの程度固まっていて、どのような作業から始められたのでしょうか?

柴山 シナリオの初稿が上がったくらいのタイミングだったと思います。その後、内容はかなり変化していったのですが、その変化していくところの本読み(脚本打ち合わせ)にもずっと参加していました。


──でも、「初稿があがったのは2015年8月だったかな。その後もかなり稿を重ねました」とあったのですが、初稿から大きく変わったところ、逆に変わらなかったところなど教えてください。

佐藤 大きく変わったところとしては、最初は主人公的なキャラクターが3人の小学生だったんです。その中でも、ムゲに相当するちょっと言動の軌道が外れた女の子は、若干サブ的な立ち位置の子で。メインにいるニュートラルな感じの女の子が、そのムゲ的な子に振り回されたりしていくような構図のストーリーでした。ただ、それを踏まえた上で、子供たちの恋模様を猫に絡めて描くみたいなところは、最初から変わってないです。

──小学生の恋愛と中学生の恋愛では、描ける内容も少し違ってくると思うのですが、最初はもっと幼い恋愛を描く話だったのでしょうか?

佐藤 小学生だったときは、「3人で一緒に結婚式をやっちゃおうよ」みたいな可愛い恋という感じでした。でも、それだと映画にするには少し幼すぎて、深い話に踏み込みにくいところがあったのかもしれません。本読みを重ねる中で、岡田さんの方から「やっぱり中学生にしたいです」という提案があって変更になりました。

──本読みでは、柴山監督からもオーダーなどを出していたのでしょうか?

柴山 岡田さんと佐藤さんとの関係性がすでにあったので、段取りっぽい形ではなく、率直な意見を出し合いながらのやりとりで進んでいました。僕は、そんなお二人のやりとりを「面白いな」と思いながら見ていたような感じでしたね(笑)。そういったやりとりを受けて、絵的な面白さやドラマのきっかけになればと、イメージボードを描いたりしていました。

佐藤さんが描いた冒頭のコンテで、ムゲがすごく魅力的に描かれていた


──主人公は「無限大謎人間」だから「ムゲ」と呼ばれるくらい個性的な女の子です。キャッチーな反面、物語を引っ張る主人公としては描き方が難しいところもあったのでは、と想像しました。ムゲを描く際、特に意識したことなどはありますか?


柴山 僕も最初、同じような印象があって。「無限大謎人間」とあだ名も付くくらい謎なキャラクターがお客さんに感情移入してもらえるのだろうか、という心配は多少ありました。でも、最初に佐藤さんが描かれた冒頭(のシーン)のコンテで、ムゲがすごく魅力的に描かれていて。

それに、ムゲの謎な行動にも意味があることは、その後の猫(太郎)になった時のシーンでも見えてきたりするんです。コンテでそういうところもしっかりと示されていたので、そんな心配はいらないと思ったし、自分もそれに沿って演出したり、コンテを描いたりしていきました。

佐藤 (観ている人に)主人公を好きになってもらわないと物語には入り込んでもらえないわけですが、逆に言えば、ムゲを好きになるポイントをちゃんと見つけてもらえるようになっていれば大丈夫だろうと思っていました。

冒頭の(登校して教室に行く)シーンで言えば、ムゲはウザいと思われるような行動をしているのですが、あのシーンのムゲは、少し学校での自分を演じているようなところもあるんです。だから、「この子、本当に芯から何も考えてない子ではないんだな」と見えるくらいの塩梅は意識しました。

その後の学校帰りに親友の頼子とアイスクリームを食べるシーン。頼子と別れて一人で家に帰る時のちょっとトボトボした歩き方。家に近づいてきた時のまた別な顔。そういう風に段階を踏みながら、いろいろなムゲを見せていくことで、「あ、ムゲって心の中に何か解決できてない問題を抱えているんだな」ということを感じてもらえるように作っていきました。

──誰と一緒にいるのか、どこにいるのかで見せる顔が変わってくる子ですよね。

佐藤 その場その場での自分の在り方を本能的に感じて、それに合わせて演じていく。それが当たり前になっちゃっていて。そうすることで、(本当の)自分を隠していることにも気づいていない子かなと思います。

常滑市はフォトジェニックで、良いロケーションがたくさんあった


──本作の舞台になっている愛知県常滑市は、柴山監督の地元ということですが、どのような経緯で決まったのでしょうか?

柴山 最初は、本読み終わりに佐藤さんから「柴山君、どこ出身なの?」と聞いていただいて。「常滑市です」みたいな話をしていたら、その場にいたツインエンジンの(代表取締役の)が「俺も常滑市だよ」と。

──佐藤監督も愛知県のご出身ですし、愛知県率が高いですね。

柴山 すごい偶然ですよね。それで、これも何かの縁だから1回行ってみようという話になりました。「やきもの散歩道」などに行ったのですが、そこは異世界にも繋がりそうな独特な雰囲気の場所だったりもするので、「ここだったらいけるかもね」ということになり、常滑市が舞台になりました。


──長編監督デビュー作の舞台が、地元になったことについて感想を教えてください。

柴山 たぶん、佐藤さんの掌の上で……という感じだったのだろうなと思いつつ(笑)。不思議な感慨や特別な思い入れもあります。(作品を)パーソナルなものにしないことは意識していましたが、「あの時、ああだったなあ」みたいな子供の頃の思い出を重ねながら作っていたところもありました。それに、実際にあるものや空気感を生かしたからこその説得力みたいなものも出せていると思います。

──佐藤監督は、柴山監督に出身地を聞いた時から、こういった狙いがあったのですか? それとも単なる世間話的に聞いたことが作品にも繋がっていったのでしょうか?

佐藤 聞いたのは、舞台に関して、モデルの土地を設定するかどうかを考え始めた頃だったと思います。もし柴山君の出身地が良いところであれば、そこをモデルにするのは我々のアドバンテージにもなるし良いかも、というつもりで聞いたのでしょうね。そこで生活していた人がいるわけですから、取材は半分終わったようなものじゃないですか(笑)。

僕は、ロケハンに行くまで常滑にはほぼ行ったことなかったのですが、実際に行ってみると、とてもフォトジェニックな土地で、路地とか坂道とか映画で使うのにすごく良いロケーションがたくさんあって。焼き物の町であることも含めて、ここはいいなと思いました。

個性的な猫もたくさん出てくるので、猫好きな方にも楽しんでいただける作品


──『泣きたい私は猫をかぶる』という作品は、お二人にとって、どんな作品になりましたか? また、これから観てくれる人たちにとって、どのような作品になればいいなと思っていますか?

柴山 僕にとっては初めての長編監督作品なので、今まで積み重ねてきたものを全部出し切ってやろうという、とてもチャレンジングなことをさせていただいた作品ですし、かなりやりきれたとも思っています。皆さんにどのように受け取ってもらえるのかは楽しみですね。

タイトルにもあるのですが、猫をかぶっている瞬間って、皆さんもあると思うんです。今、コロナ禍で、人との距離とかを改めて考えざるをえなかったりするのですが。その中で自分も猫をかぶっていたりして本当の自分を出せていない人たちが、ちょっと自分を見つめ直せるような作品になっていればいいなと思っています。

あと、ムゲや日之出を始めとした個性的な人物だけでなく、個性的な猫たちもたくさん出てきますので、猫好きな方にも楽しんでいただける作品だと思います。


──たしかに、猫たちも非常に魅力的で、特に太郎が本当に可愛いかったです! 最後のスタッフロールの中に「猫モーションデザイン 横田匡史」という役職もあったのですが、横田匡史さん(作画監督も兼任)は具体的にどのような作業を担当しているのですか?

柴山 それぞれの猫によって、歩きや走りといった動きのパターンが全然違うんです。横田さんには、それを設定にしていただきました。

──猫ごとに、歩き方や走り方の参考設定的なものが作られているということですか?

柴山 はい、そうですね。

──猫の一匹一匹の動きにも注目して観直したいと思います。では、佐藤監督もお願いします。

佐藤 このシナリオを最初に読んだ時くらいから感じていたことなのですが、最近の若い人たちは仮面をつけることに慣れているというか。ムゲもそうなのですが、それぞれの場所でそれぞれの自分を演じる事をけっこう上手にやっていて。それこそ、自分がどう演じているかを自覚していないくらいに上手にやっているなと思っていたんです。そのこと自体は悪いことでは無いのですが、何かちょっとした食い違いがあった時には、どうしたらいいか自分でもわからなくなる気がして。

そういったことを映画の中で描き込めるといいかなと考えていました。それに、最近はコロナ禍の影響で、身近な人との距離感が変わったりして、以前は当たり前にそばにいた人が少し面倒くさく感じたりすることもあると思うんです。

──身近な人との距離が離れることは寂しいことではありますが、場合によっては、気楽になる面もあるのはわかる気がします。

佐藤 そんな時、ちょっとだけ見方を変えたりすることによって、自分のことをどう思ってくれているのかとか、その相手のことを大切に思う感じ方の塩梅などが違って見えてくるかもしれない。それが、この映画の中でムゲが体験することなんです。

そんなムゲを観てもらうことで、何か大きく人生が変わっていったりはしないかもしれないけれど。日々の中で少しだけ過ごしやすくなったり、少し大げさに言うと、生きやすくなったりするきっかけになると良いなと思っています。
(丸本大輔)