日本国内における新型コロナウイルスの流行を受け、「病院船」の保有についての議論が再燃しています。単純に考えてあったほうがよいであろう病院船ですが、もちろんデメリットもあり、これまで自衛隊は保有するに至っていません。

新型コロナウイルスでにわかに注目を集める病院船

 2020年1月に初めての感染者が確認されて以来、日本国内における新型コロナウイルスの感染者数は徐々に増加しつつあります。そのようななかでにわかに注目を集め始めているのが、病院機能を持った大型船である災害時多目的船、いわゆる「病院船」です。

 その理由は、もし病院船があれば、ウイルスに感染した人々を洋上で隔離したまま治療することができるというものですが、もし実際に日本が病院船を持とうとした場合、ほかには一体どのようなメリットがあるのでしょうか。


アメリカ海軍の病院船「マーシー」。患者用の病床数は1000床以上という(画像:アメリカ海軍)。

病院船の運用とその効果とは

 例年発生する地震や台風などに代表されるように、日本はこれまで数多くの災害に見舞われてきましたが、そのたびに問題となってきたのが被災地での医療の提供です。

 災害が起きれば被災地の病院は被害を免れませんし、近隣都道府県の病院へ負傷者を搬送しようにも、道路が寸断されている可能性もあります。そこで注目されるのが病院船です。被災地の近くの海上に病院船を派遣し、そこに負傷者を搬送して緊急治療を施す、あるいは病院船でとりあえずの応急処置を施したうえで被災を免れた近隣の病院へと負傷者を搬送すれば、被災地の病院が機能していなくても、多くの人命を救うことができます。

 一方で、災害時に病院を必要とするのは、けがを負った人たちだけではありません。慢性的な疾患により長期の入院が必要とされる患者をどうするか、という問題も発生します。そうした患者を被災地の病院から受け入れることができるというのも、病院船の大きなメリットです。

これまでなぜ病院船は整備されてこなかった? 病院船の問題とは

 それでは、こうしたメリットがあるにも関わらず、これまで病院船が整備されてこなかったのは一体なぜでしょうか。


アメリカ海軍の病院船「マーシー」にて、各種課題の意見交換などに参加する海上自衛隊の医療スタッフ(画像:アメリカ海軍)。

 まず考えられるのは、その高額な建造費と維持費です。たとえば、2013(平成25)年に内閣府が作成した病院船に関する調査資料によれば、負傷者への治療から長期の入院まで対応できる本格的な病院機能を持つ総合型病院船を運用しようとする場合、まず建造費が1隻300億円から350億円、さらに維持費が年間25億円かかります。

 しかも、病院船は1隻だけでは不十分で、定期的にドックで点検を受けたり、あるいは日本のどこで災害が起ころうとも即応したりすることを考えれば、最低でも2隻は必要になります。

 また、災害が起きていない平時に病院船をどう運用するのかという問題や、災害時にはただでさえ不足する医療スタッフをどうやって病院船に回すのかという問題、さらに津波被害にあった被災地の海上は漂流物が多く浮遊していたり、あるいは港湾が使用不能になっていたりするため、病院船が被災地に近づけないという問題もあります。

病院船を外交のツールに 災害対応に縛られないそのメリットとは

 こうした問題点を踏まえ、なおかつたとえば海上自衛隊が保有している艦艇のなかで手術設備や病床を備える「いずも」型護衛艦や「おおすみ」型輸送艦などを被災地に派遣して医療支援を提供すればいいのではないか、という意見もあって、病院船の整備は先送りされてきました。


海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」。艦内に手術施設や病床を備える(画像:海上自衛隊)。

 それでも病院船には、ほかの艦艇には代替できない大きなメリットがあります。それが、外交のツールとしての活用です。

 近年、自衛隊は災害を想定した海外での訓練へ積極的に参加しています。たとえばハワイ近海で行われる「リムパック」や、アメリカとフィリピンの共同演習「カマンダグ」などです。そこで、病院船をこうした訓練に参加させたり、あるいは病院船を中心とした日本主導の多国間共同訓練を提唱したりすれば、日本の海外におけるプレゼンス(存在感)を大きく高めることにつながります。

 さらに、こうした活動を自衛隊の護衛艦や輸送艦ではなく病院船が行うことによって、たとえば南シナ海などで活動しても中国の反発を招きにくくする効果も考えられます。

 新型コロナウイルス対策で再び注目されはじめた病院船ですが、災害対応に縛られないメリットも踏まえつつ、議論が進められることになるかもしれません。