作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回つづってくれたのは、東日本大震災や西日本大豪雨という災害を受けて始めたこと、考えたことです。

第14回「自然に生きること」





●東日本大震災をきっかけにスタートした新春みかんの会

毎年1月に、「新春みかんの会」という食や暮らしを考えるイベントを開催してかれこれもう8年になる。
これまでも何度か書いたけれど、私の家は、ミカンや米を中心にした愛媛の小さな農家で、何から何までほとんど自給自足、食べることや暮らしが生活の真ん中にあった。バンドでデビューし上京したのは2005年のこと。20代はほぼ音楽が生きるすべてだった私にとって暮らしはないに等しかった。そんな中にも母から届く野菜やみそが地元の土や風を運んでくれた。

2011年、東日本大震災が起こって自分のスタンダードがいっぺんにひっくり返った。それはもう日本中そうだったと思うんだけれど、なにがしたいか、どう生きたいか、生きるべきかみたいなことをもう一度考え直すことになった年でもあった。ふるさとでの18年の生活にもう一度手を伸ばしたい気持ちになったのを今もよく覚えている。一日の大半を畑や暮らしのことに費やすということ、手を動かすというのが生きる根源だと気づいたのだと思う。


2020年の新春みかんの会の様子

翌年、おやつ屋「dans la nature」の千葉奈津絵さんと出会った。暮らしの延長に自作のお菓子がある感じが私の考えにも近くていいなと思った。千葉さんは、香川の豊島のイチジクや、福島のあんざい果樹園のリンゴなど、思いが通じ合った生産者さんの果実や卵を使って焼き菓子をつくる。派手じゃない、日常に寄り添うとても自然なおいしさ。技術はもとより勘や繋がりを大事にされているところにもシンパシーを感じる。千葉さんとすぐに意気投合して、「よし、久美子ちゃんちのミカンを使ってお菓子を焼こう!」と新春みかんの会がスタートする。

●作物を「おいしいです」と言ってもらえるのが農家のやりがいに

これまで、こだわりをもってミカンをつくっても、そのほとんどがほかの人のミカンと一緒に大きな集荷場のコンテナに詰められジュースにされていた。どこのだれに届くのか分からず、もちろん私たちがつくった痕跡もない。むしろ私たちでなくてもいい、だれがつくっても一緒という虚しさ。うちのミカンが初めて千葉さんの手で焼き菓子になった。輪切りになって、見たこともないかわいい顔してケーキの上に乗っかってる。うれしそうだなあ、ミカンたち。会場に来てくれたお客さんに配られ「おいしいねえ」と言ってもらった。


みかんを使った新作のお菓子。2018年のときのもの

千葉さんは愛媛の父母のもとにもそのお菓子を送ってくれた。二人とも「ええ! こんなにかわいらしく変身したん?」「このミカンは幸せものじゃねえ」と本当に喜んだ。
作物をつくる人の気持ちが私には痛いほどわかる。今でこそインターネットなどで消費者から直接感想をもらうこともあるかもしれないが、それまでは、「おいしいです」という一言を聞くことができなかった。一言の「おいしい」が、どれほど農家さんのやりがいに変わるか。会では、お菓子とお茶と一緒に高橋農園のミカンもついてくるのだが、それを食べた人も「濃厚でおいしい!」とびっくりしている。私としては毎年食べているので当たり前に思っていたが、皆は本当においしいミカンの味を初めて味わったようだ。

そして、翌年、第二回新春みかんの会では、会場の巣巣さんの提案で皆から生産者に向けて手紙を書こうということになり、製本して父母に送られたのだ!
この子たちの口に入るのだという実感があれば、なるべく農薬や除草剤を使わないでおこうという気持ちにもつながるだろう。5回するところを3回に、3回するところを2回にというように。農家さんの中には娘や孫に食べさせるための無農薬の畑をあえてつくっていたりする。実際に散布しているのが本人だからこそ体によくないと気づいている人は多いのだろうと思う。

●自然に生きるとは、今の自分らしく生きること


宇和島吉田町にて、千葉奈津絵さんと息子さんと

2018年、西日本豪雨で愛媛のミカン農家も大打撃を受けた。私の家のエリアは比較的大丈夫だったが、長雨により約半数のミカンの木が枯れた。被害の酷かった宇和島のミカンの農家の友人のところへも何度かお手伝いに行った。そうそう千葉さんと息子さんも一緒に行ったのだ。約200箇所の土砂崩れに言葉を失う。立て直すためのクラウドファンディングやボランティア、いろんなところで皆必至に頑張っている。

でもやっぱり温暖化を食い止めないと、きっとまたどこかで災害は繰り返される。少しでも使い捨てをなくす、ものを大事に使う、電気や水に感謝する、とりあえずペットボトルのお茶はやめよう、面倒でもお茶を沸かそう、水筒を持とう。急須で入れたお茶と一緒に時も味わっていると感じる。新春みかんの会では、ここ数年は皆自分で持ってきた思い思いのマイカップに私の妹が沸かした野草茶を注ぐ。焼き菓子のお皿は愛媛からちぎってきたビワの葉っぱ。少しの工夫で時は贅沢に味わえる。

第8回目に向けて千葉さんと打ち合わせをしたのは昨年末のことだった。「最近は子育てに手一杯であまり攻めのモードでないの」と、ちょっと自信なさそうだった千葉さん。
「いいやない。それこそ自然の姿なんだから、そこでできること、感じたこと伝えたらいいと思うなあ」

自然に生きるって、自然とともに生きること、そして今の自分らしくいることだ。変わっていくことは少し恐いことでもあるけれど、今の自分を受け入れて一生懸命生きていけたら素敵なことだなあと思う。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラムを経て作家・作詞家として活動する。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」
(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。新刊の詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)が発売中。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどさまざまなアーティストへの歌詞提供も多数。NHKラジオ第一放送「うたことば」のMCも。サイン入り詩画集の予約やトークイベントなどの情報は公式HP:んふふのふ