ロッテ・柿沼友哉【写真:佐藤直子】

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育成から支配下を掴んだ柿沼友哉、監督に感謝するプロ初アーチ

 2019年6月22日。この日の試合は、ロッテ4年目捕手・柿沼友哉にとって思い出深い一戦となった。交流戦で訪れた神宮球場でのヤクルト戦。6-4と2点リードで迎えた8回表、先頭で柿沼に打順が回ってきた。

「いつもだったら、この回の裏から細川(亨)さんに交代するから代打を出されちゃうところなんです」

 だが、井口資仁監督から告げられた言葉は、予想外のものだった。

「よし、しっかり打ってこい」

 少し驚きながらも、送り出してくれた監督の言葉がうれしかった。気合を入れて向かった打席。1ストライクからの2球目を思い切り振り抜くと、打球は左翼スタンドへ飛び込むプロ初ホームランとなった。「いやぁ、うれしかったですね?」と振り返る顔には、満面の笑みが浮かぶ。

 プロ初アーチが出たこと以上に、監督の気持ちに応えられたことがうれしかった。今季は1軍に定着しながら、先発出場しても「最後までマスクを被らせてもらった試合が少なかったんです」と話す。勝っていればベテラン捕手の細川と途中交代、負けていれば代打を送られる。そんな歯がゆさを感じる中で、突如与えられたチャンスには感謝の気持ちしかなかったという。

 2015年育成ドラフト2位で入団すると、ルーキーシーズン中に支配下選手登録され、シーズン終了後には侍ジャパンU-23代表として第1回U-23ワールドカップで金メダルを獲得した。翌2017年に1軍へ初昇格したが、主に2軍で技術を磨き、プロ4年目の今季、ついに1軍に定着。「順調に来られている、ちゃんと一段ずつ上がれているのかなと思います」と穏やかな表情を浮かべる。

 見る人に幸せが伝播するような笑顔を持つ柿沼だが、昨年まで自分と周囲を比較して心乱れることも多かったという。ロッテの捕手陣は39歳ベテランの細川の下には、25歳の田村龍弘、28歳の吉田裕太、25歳の宗接唯人、27歳の江村直也、そして26歳の柿沼と、ほぼ同年代が並ぶ。それだけに「ちょっと意識してしまって、他のキャッチャーが打ったり、盗塁刺したりが気になってしまった」という。

目標は「勝てるキャッチャー」、そのために必要だと考えるものは…

 だが、今季は開幕2軍でもモチベーションを下げずに集中力をキープできた。その理由について「もちろん悔しいです。でも、今年は始まる前に、1年しっかり自分のやるべきことをやろうって決めていたので、いい形でメンタルコントロールに繋がりました」と明かす。周りに気を取られずに、自分ができることに集中しよう。そう考え方が切り替わったのは、今岡真訪2軍監督の存在が大きかった。

「去年から今岡監督が『自分でコントロールできないことは気にしても仕方ない。自分がやるべきことをしっかりしろ』って、常に仰有っているんです。これが結構難しくて……(苦笑)。でも去年、1軍で2試合出させていただいた時、スタメンで使っていただいたのに、僕自身が力が入り過ぎちゃって何もできなかったんです。その時、他人を意識する前に自分はどうなんだ?って思ってから、だいぶ変わりました」

 1つの変化が別の変化を呼び込んだ。5月25日に1軍昇格すると、9月1日に受けた死球で左腕を骨折するまで一度も2軍に戻らず。2軍本拠地の浦和で共に研鑽を積んだ種市篤暉、岩下大輝ら若手投手陣の台頭もあり、34試合でマスクを被った。特に、種市との相性抜群コンビは「柿の種バッテリー」として人気上昇。「種市におんぶに抱っこです……」と照れくさそうに笑うが、井口監督は「キャッチャーらしいキャッチャー。今年一番伸びたんじゃないかな、柿沼が」と高く評価している。

 柿沼が目指すのは、ずばり「勝てるキャッチャー」だ。

「勝てばチームにもピッチャーにも勝ち星がつくし、ファンの方も喜んで下さる。僕もミスしたり打てなかったりしても、勝ったらうれしいし報われた気がする。もちろん、ミスは悔しいし反省もします。でも、勝てば全員がいい思いをするわけじゃないですか」

 ニコニコと笑顔を浮かべる柿沼に、勝てるキャッチャーになるためには何が必要か、と聞くと、「当然、技術的なところは必要ですけど……」と言葉を繋いだ。

「当然、技術的なところは必要ですけど、まずは人間として自分を磨かないといけないのかなと思っています。高校の時の監督が仰有っていたことがあるんです。サッカーやバスケはボールがゴールに入ることで得点になるけど、野球は人間がベースを踏むことで得点になるスポーツだから、人間が重要。だから、まずは人間を磨きなさい、と。ホームランを打っても人間がベースを踏まなかったら得点にはならないじゃないですか。そう考えると、野球って人間臭いスポーツだなって思ったんです」

井口監督は高評価「投手の良さを引き出せるキャッチャー」

 座右の銘は「人間的成長なくして、技術的進歩なし」という元ヤクルト監督・野村克也氏の名言。自身の人間力を上げることが、選手としてのレベルアップに繋がると考えている。

 目標とする選手も側にいる。昨オフ、楽天から移籍してきた細川だ。「ベンチにいるだけで監督やコーチの安心感が伝わってきました。移籍1年目なのに、これまでの実績で信頼感を得ている。逆に僕は実績がなくて代えられてしまっている。1年や2年でできるものではないですが、ああいう選手になれたらいいな、と思います」と、立場を変える意気込みだ。

 井口監督は柿沼を「投手の良さを引き出せるキャッチャー」と評するが、自身も「僕はピッチャーあってのキャッチャーだと思うので、ついてこい!というよりは、ピッチャーのやりたいことやいいもの引き出すようにしています」という。普段から「全然ガツガツいかないです、僕」と穏やかに目を細めながら、「逆に田村とか前に出ていく感じで、それはそれで良さがある。いろいろなスタイルがあっていい。僕はピッチャーの良さを引き出したいです」と語った。

 2020年の目標は2つある。まずは「最後まで試合に出続けること。勝った時にマウンドでハイタッチしたいです」。そして「やっぱり出場100試合を目指していきたいですね」。チーム内の競争は決して容易くないが、互いを高め合いながら1つでも多くの勝利に貢献する意気込みだ。

 今年は打席へ向かう登場曲「翼の折れたエンジェル」と語感が同じ「柿沼友哉エンジェル」というフレーズがロッテファンに浸透した。「柿の種も合わせて、ちょっと話題が先行しちゃって……」とバツが悪そうだが、11月のファン感謝デーではちびっ子ファンから「エンジェル」と声を掛けられたという。「かわいいなって思いますし、うれしいです」。そうニッコリ微笑む柿沼がファンにとって本当のエンジェルとなるのは、2020年、勝てる捕手になってチームを優勝に導く時かもしれない。(佐藤直子 / Naoko Sato)