2019年10月の消費増税後、小売り現場では売り上げが大きく落ち込んでいる。写真は本文と直接関係ありません(撮影:今井康一)

米中対立激化の懸念が遠のき、上昇に転じた日米の株価とは対照的に、2019年10月の消費増税後に公表された日本の経済指標が冴えない。

中でも目立つのは消費関連指標の不振だ。12月6日に発表された家計調査によると、2018年12月以降、プラスを続けていた実質消費支出(2人以上の世帯)は、10月に前年同月比で5.1%の減少に転じた。


続く13日に公表された商業動態統計(確報)では、10月の小売業の販売額は前年同月比で7.0%落ち込んだ。

消費不振は前回の消費増税と同じ

商品や販売チャネルごとに細かくみても、新車販売台数(登録車と軽自動車の合計)は、9月に駆け込みで前年比12.9%増となったが、10月は同24.9%の減少、11月も同12.7%減と2カ月連続で2桁減となった。百貨店売上高も駆け込み効果があり、9月に23.1%増となった後、10月は17.5%の減、11月も6.0%減少となった。

速報性があり、「GDP統計の月次版」とされる消費活動指数や、消費者のセンチメントを示す景気ウォッチャー調査はともに、消費増税を境に大きく落ち込んでいる。10月分までしか公表されていない経済指標もあり、消費増税の影響を見極めるにはまだ時間がかかる。しかし、現時点までの経済統計をみる限り、税率が8%へ引き上げられた2014年4月の消費増税の時とあまり変わらない動きをしているように見える。


政府は消費増税と併せて、需要平準化対策としてキャッシュレス・ポイント還元制度を導入し、食品の一部などには軽減税率を導入した。消費増税の影響をできるだけ軽減すべく、こうした対策を打ったのにもかかわらず、前回2014年に消費税率を8%に引き上げたときと同じような影響が出ている。いったい何が起きているのだろうか。

モルガン・スタンレーMUFG証券の山口毅・日本チーフエコノミストは「増税前の景気のトレンドに勢いがなくなっており、増税の抵抗力があるのか、やや心配していた。さらに、日本はアメリカと比べて、賃金は増加しているが、税金や社会保険料を除いた後の可処分所得がほとんど伸びておらず、これが個人消費が弱い原因になっている」と指摘する。

雇用者報酬と可処分所得の推移を四半期ごとにみると、両者ともに確かに右肩上がりに増えているが、両者の乖離幅が広がっていることがわかる(いずれも名目値)。


雇用者報酬とは給料やボーナス、企業が負担する社会保険料負担を合計したもので、可処分所得は雇用者報酬に年金給付や財産所得を加え、税金や社会保険料負担などを除いたものだ。両者に乖離があるということは、働く人たちの給料などが増えても、税や社会保険料の負担が重く、家計の手取りがさほど増えていないことを意味している。

実際、2010年以降の税と社会保険料の動きをみると、税金の負担よりも社会保険料の負担のほうが重くなっていることがわかる。

トリクルダウン効果は起きなかった

ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎・経済調査部長は「10月は台風の影響という特殊要因がある。消費増税の影響は11月以降の数字を何カ月分かみないと判断できないが、11月の自動車や百貨店の数字が悪いのは、増税前から悪かった消費の弱さを示すものかもしれない。アベノミクスの元々のシナリオは、企業が元気になれば、いずれ家計に恩恵をもたらすメカニズムを想定していたはずだが、いつまで経ってもうまくいかない。それは法人減税で企業負担を小さくして、消費増税で家計を痛めつけているからだ」と話す。

企業業績は依然として好調だというのに、それが家計の所得にまで波及せず、しずくがぽとぽと垂れ落ちるような「トリクルダウン効果」は起きていない。家計消費の伸び率は、2014年から5年連続でGDPの伸びを下回っている(いずれも実質)。

そんな中、12月5日に総合経済対策が閣議決定された。事業規模で総額26兆円、財政支出規模で13.2兆円にのぼり、政府試算によれば、GDPをおよそ1.4%押し上げる効果があるという。その経済対策の冒頭、アベノミクスの7年間の「成果」が次のように強調されている。

「デフレではない状況を作り出す中で、GDPは名目・実質ともに過去最大規模に達しており、我が国の景気は内需を中心に緩やかな回復基調にある。(中略)賃金は、6年連続で今世紀最高水準の賃上げが実現している」

しかし、GDPは成長率がプラスになれば、当然過去最大規模になる。2000年以降で名目、実質のGDPがマイナス成長になったのは、リーマンショックのあった2008年とその翌年の2009年、東日本大震災のあった2011年だけだ。

もはや毎年の恒例行事と化している経済対策の中身も、相変わらずバラマキだ。新味を打ち出そうとしたのか、今年は「Society 5.0時代を担う人材投資」という名目で、2023年度までに義務教育(小中学校、国公私立全校)の児童生徒一人ひとりにパソコンを配備することを決めた。「GIGAスクール構想」と名づけられたこの政策により、2019年度の補正予算で2318億円を計上した。

経済対策と連動した2020年度予算案も12月20日に決まった。3つある柱の1つが「東京オリンピック・パラリンピック後も見据えて、個人消費や投資を切れ目なく下支え」すること。具体的には、キャッシュレス・ポイント還元事業に2703億円、マイナンバーカードを活用した消費活性化策に2478億円を投じる。

遠いエビデンスに基づいた政策形成

こうした一種のバラマキもさることながら、問題なのは、政府が最近盛んに喧伝するEBPM、すなわち「エビデンスに基づいた政策形成」とは程遠い政策の決め方をしていることだ。

総合経済対策を決めたのは12月5日。ところが、冒頭に触れたように、10月の経済指標は12月6日公表の家計調査を皮切りに、経済対策の決定以降に公表されている。つまり、経済統計によって10月以降の日本経済の姿を確認する前に、対策を決めてしまっている。

5日決定の総合経済対策は、消費増税の影響について「一部では台風の影響等もあって販売減がみられるが、現時点では全体として前回(2014年)ほどではないと見られる」と判断しているが、当然ながら10月以降の経済指標は出そろっておらず、どうやらデータをみて経済対策を決めているわけではないようだ。

もちろん、経済対策には予防的な意味はある。だが、消費増税の影響を気にかけるのであれば、状況をもう少し見極めた後に政策を打ってもよかったのではなかろうか。

エビデンスに基づく政策形成を唱道しながら、一方で行政文書を平気で廃棄し、「桜を見る会」の招待者名簿すらまともに保存できない。そういうチグハグサを恬(てん)として恥じない安倍政権らしい、経済対策の決め方である。