加藤迪 撮影/齋藤周造

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 一歩劇場に入れば、そこは都会の片隅で生き抜く猫たちの世界。ミュージカル『キャッツ』の世界観は独特にして唯一無二だ。

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一度で見きれない、24匹分のストーリー

 劇団四季による上演で実に36年もの間愛されてきたこの作品で、現在、リーダー的存在の猫、マンカストラップを演じているキャストのひとりが加藤迪(すすむ)さん。この作品の魅力を、加藤さんは「猫たち1匹1匹の生きざま」だと語る。

「T・S・エリオットの詩集がもとになっていますから、筋もテーマもわかりやすいものではありません。でも、それぞれ必死に生きている猫たち1匹1匹の生きざまが色濃く描かれている。その猫たちを見て、人間が“こういうのはある、わかる!”ということがたくさんあると思います。

 誰ひとり主役はいないし、誰もが主役。24匹分のストーリーがあるんですよ。こういう作品はほかにはないと思います。しかも猫の目線で空間を作るなんて発想、なかなかないですよ! それも、舞台上だけじゃなくて客席までですからね」

 リピーターが多いことでも有名な作品。何度も見たいと思わせるのにも理由がある。

「この作品は見る環境やその人の経験、どの猫を見るかという視点によっても全然違う感覚が生まれます。きっと経験を重ねると共感する部分も増えて、作品の奥にあるものが深く味わえる。そこも大きな魅力だと思いますね」

 加藤さん扮するマンカストラップは、ひときわ目立つカッコよさが印象的だ。

「でも作品中で名前を呼ばれないんですよ! “あの黒と白のグレーっぽい猫は誰?”なんて言われてます(笑)。いちばん初めに歌う猫と言うとわかってもらえますが。この役はリーダーの役割を担うので、周りとの関係性は特に大事にしますね。自分の中で、それぞれの猫とどういった関わり方をしてきたのか、自分の中で作っていないとできないと思うんです」

少年時代に舞台に感動、そのまま俳優の道へ

 さまざまな解釈ができる深さがあるからこそ、演じる側にも葛藤がある。

「例えば“猫ってどういうふうに笑うんだろう?”とかね。あのメイクをして衣裳を着れば、一応、猫には見えます。でも、どこまで細部にこだわれるか。また、僕はリーダーという部分を必要以上に意識してしまっていた時期があり、“みんなを引っ張らなきゃ”と、よけいなものを背負い込んでいた。

 そういったとき周囲に助けてもらえたし、高めてもらえたんです。おかげで“よしっ、僕もそこまでいかなきゃ”と向上心を持つことができました。僕はつくづく人に恵まれていると思います」

 こうした俳優たちのストイックな努力や苦労があるからこそ、観客の演劇体験として深く残るのだろう。加藤さん自身も、北海道に住む野球少年だったころ、忘れられない体験をした。

「高校3年生のとき両親からチケットをもらって、地元に来ていた劇団四季の『クレイジー・フォー・ユー』を見に行ったんです。1度で魅せられて“何この世界!? これやりたい!”と思ったんです。

 自分の実力も考えずに。いまならどんなにムチャかわかりますけど、そのときはただ、舞台を見ていた3時間の感動が忘れられなくて。“こんなに人の心を変えられるものがあるんだ!”と初めて知った田舎の少年は、大学よりどうしてもこっちの道にチャレンジしたかった(笑)。

 オーディションのときは“場違いなところに来ちゃったな”と思いました。上手に踊れる受験生の中で、ひとり何もできない。たまたま拾っていただきましたが、劇団に入ってからは苦労しました」

 そんな加藤さんもいまや、劇団で後輩たちを引っ張るリーダー的存在に。

「僕はもともと、俯瞰的に物事を見て“いまはこうしたほうがいいな”と場を推し量るタイプで、その点ではマンカストラップに通じる部分があるかもしれません。後輩たちの相談に乗るようなポジションにもなってきました。でも、あまりアドバイスをしすぎてもダメだと思っています。本人がちゃんと考えて導き出した答えって絶対、強いから。

 失敗するのはいいことだと思いますが、なぜ失敗したのかを分析する、その過程が大事。あのイチローさんだって“いっぱい失敗したことがいまに生きている”というようなことをおっしゃっているんですよ!」

 後輩を思うこの考え方は、さすが兄貴分だ。

子どもたちへ感動の舞台を届けたい

「僕もかつて、演出家から“理解が足りない”と言われたことがあって。最初は“何が足りないのか?”と思いましたが、否応なく考えるうちにいろいろなことに思い至り、“結局、必要なのは自分と向き合うことだったんだ”と気づいたんです。

 “ゴールばかり見るな”ということでしょうね。“考えるのをやめたら終わり。答えがないからこそ探し続けろ”と。この作品と出会ったおかげで、すごく考えるようになりました」

 加藤さんがいま、抱いている夢は?

「全国を巡演して各地にいる方々、特に子どもたちが舞台に触れる機会をつくっていることは、僕が劇団四季を好きな理由のひとつ。僕もその恩恵を受けましたからね。だから四季の俳優として、今度は僕がその機会をもっとつくり続けていきたいと思っています」

『キャッツ』
T.S.エリオットの詩集を、アンドリュー・ロイド=ウェバーがミュージカル化。都会のゴミ捨て場で、人間に飼い慣らされることなく懸命に生きる24匹の猫たちが、年に1度の舞踏会のために集まってくる。劇団四季による日本版は1983年に開幕。以来、通算公演回数は10000回を超えている。現在、大井町キャッツ・シアターにて上演中。この劇場での公演は、2021年夏に千秋楽を迎える予定。インターネット予約は(http://489444)へ。

かとう・すすむ◎10月11日、北海道釧路市生まれ。2008年に劇団四季の研究所に入所。『ライオンキング』のアンサンブルとして四季での初舞台を踏む。以後、『春のめざめ』オットー、『ガンバの大冒険』ガンバ、ヨイショ、『人間になりたがった猫』スワガード、『キャッツ』マンカストラップ、『はだかの王様』運動大臣アロハ、『パリのアメリカ人』アンリなどを演じ、実力を発揮している。